8-13:”未来”【Ⅱ】 ●
ウィルがその手に掴んだのは、”赤”でも”灰”でもない――”白”の光。
それが現れたのは、ウィル自身の胸の内。
空洞であったはずの胸の中央からだった。
「”ライネ”さん。俺は、あなたのくれた選択のどちらも選ばない」
ウィルが手に取った”白”。
それはまだ、決まっていない未来の姿。
これから、様々な色に染まる可能性を秘めた未知。
「選択とは、誰かに与えられるものじゃない。自分で決めるもの。だから、選んだ。世界も、アウニールも全てがそこに有れる”未来”を、選ぶ」
ウィルに迷いはない。
それは確かな決意と選択だった。
「それは、もしかすれば何も残らない未来かもしれないよ? 世界も、彼女も結局はどちらもなくなってしまう世界かもしれない。それでもいいんだね」
”ライネ”の手から2つの選択が、空気に溶けるように消失する。
ウィルが選んだ以上、もはや必要のないものだからだ。
「そこは、その時生きている人がなんとかしてくれるッスよ」
ウィルは笑みを見せた。
全てを信じ、託す強さ。
そこへ繋げるために、今自分がすべきことを果たそうとする意思。
「俺に、未来のことなんかわからない。でも……、今ここにいるアウニールが好きで、彼女の生きていく世界がなくなるのもいやだった。どっちが欠けても、きっと後悔する」
「苦しくて、終わりのない世界だとしても?」
「でも、楽しいことだって同じくらいたくさんある」
ウィルは、選んだのだ。
全てを。
例え、苦しく、終わりがないとしても、その中で生き、大切な何かを見つけていける。
それが”生きる”ということなのだと。
「……そうか」
”ライネ”は、目を閉じ笑みを浮かべた。
「ありがとう。君らしい答えだね」
白い世界にヒビが入る。
「行くといい。君が選んだ”未来”へ」
空間が砕け、”ライネ”は消えていく。
新たに広がるのは、灰と赤の世界。
そして、そこにたたずむ黒い皮膚の崩れた焼死体。
「……”イヴ”さん、ッスよね」
ウィルが語り掛けると、”イヴ”はこちらに振り向き、空洞になった目の穴をこちらに向けてきた。
言葉はない。
ゆっくりと彼女は歩いてくる。
ふらつく足で、1歩1歩と。
ウィルもまた歩を進める。
”イヴ”の元へ。
そして、彼女を抱きしめた。
「……苦しかったッスよね。ずっと――」
”イヴ”は言葉を発しない。
彼女の身体から、炎のような高熱がウィルに伝わる。
それは、彼女の体感し続けた地獄。
繰り返す”死”の感覚。
「帰ろう。もう、ここに閉じこもる必要なんてない」
ウィルは、2度死んだ。
その恐怖を知っている。
耐えがたいそれを、繰り返す必要はもうないことを、伝えた。
「―――――」
”イヴ”が、何かを言った気がした。
そして、彼女はウィルから離れていく。
その眼には、涙があった。
確かな感情だった。
世界が再び、ひび割れる。
砕け、世界は再び白に戻る。
そこに、彼女はいた。
「アウニール…!」
白い世界の中央に、彼女はいた。
完全な金色に染まった髪を風のない空間になびかせている。
うずくまり、膝を抱え、――泣いていた。
「いやだ…、いやだ…」
弱弱しい声。
それが、本来の彼女だ。
ウィルは、歩み寄り、膝を落とし、言葉をかける。
「ああ、とても怖い。きっと、俺を救ってくれたときもそうだったと思う…」
その言葉に、アウニールは顔をあげてくれた。
「ウィル…ここにいて…、怖いの…、死ぬのが怖い…。1人で、何もかも失ってしまうのが怖い…の」
孤独。
自分しか知れない恐怖。
彼女はこの場所を望んでいる。
だが、ウィルは首を横に振った。
「ここには、何もない。失われていくものだけを見続けないといけない。何もない世界で、人は生きているっていえない。自分で”道”を閉ざしてしまうのは、死んでいるのと何も変わらない…」
「どうすれば…いいの」
「ここから出よう。そしてたくさんの人に、生きている人達と出会いに行くんだ。彼らがどんな風に生きているのかをアウニールの目で見なきゃいけない。そして、見つけるんだ。アウニール自身の”未来”を」
「私の”未来”…?」
「こんな所じゃない。もっと先の、どこかは分からないけど…君だけの道を……」
その言葉と共に、ウィルはアウニールの手をとった。
強く、温かいその手に引かれ、アウニールは立ち上がる。
「死ぬのが怖いなら、それ以上に楽しい記憶をつくりに行って振りはらえばいい。その中で、辛いことも苦しいこともたくさんあるかもしれない。それでも、アウニールの傍を離れたりしないから」
そして、ウィルは抱きしめた。
華奢な彼女の身体を。
確かな体温と鼓動を感じる。
「ウィル…」
「帰ろう、みんなのいる……”未来”に」
アウニールの瞳に光が戻る。
頬をつたい、涙が落ちる。
白い世界に、光の粒子が舞い上がる