8-13:”未来” ●
……行けるぞ…。
”絶対強者”の斬撃を止めた時、エクスは確信する。
一度限りの応急修復によって、”ソウルロウガ・R”はまだ動けるが、修復できたのは、全体のわずか12%程度にすぎない。
ナノマシン修復を集中して回したのは脚部、右腕の武装、右の花翼。
だが、それでも修復は完全とはいかなかった。
限界ギリギリまで、修復を限定し、戦闘が可能な状態まで持ってきたのだ。
……あと、10分…!
”ソウルロウガ・R”の稼動限界までの時間だ。
”絶対強者”に対抗するために、とっさの発想で作り出したプラズマブレード。
しかし、エネルギーを湯水のごとく放出するこの武装は、半ば無茶を通り越したものだ。
だが、それでも、
……このプラズマブレードなら、勝負ができる…。
花翼の放出するエネルギーを、右腕のユニットに残された機能で制御し、刀の形状に固定している。
これにより、相手の一方的な攻撃に対して、攻撃も防御も可能になった。
それだけで充分だ。
「俺と、ここで消えろ…! ”絶対強者”ッ!」
『何処マデモ、鬱陶シイ…!』
光とスパークをまき散らし、白いプラズマの刃が激突を繰り返す。
”絶対強者”が、回転するようにブレードを振ってくる。
長い腕部による遠心力を活かした斬撃だ。
ついさっきならば、避けるしかなかったが、今の”ソウルロウガ・R”なら、受けることもはじき返すことも可能だ。
弾いてそこからの回避運動から、敵の攻撃が空を切るタイミングを見計らい、
「ッ!!」
斬り飛ばした。
”絶対強者”の左腕を。
だが、
『…ッ!!』
損傷にひるまず、”絶対強者”が2撃目を振りぬく。
「く…!」
エクスが、反応するが避けきれない。
左の拳撃を咄嗟に放つ。
斬撃と打撃が衝突し、――しかし、出力が低下している拳は打ち負ける。
”ソウルロウガ・R”の左腕が、縦に切り裂かれ、機能を停止。
損傷のフィードバックが、エクスに激痛を奔らせる。
『消エロ、消エロ、消エロ…ッ!』
「世界が、貴様だけのために思い通りになると思っているのか…!」
『消エロ、ト言ッテイルッ…!』
”絶対強者”の周囲にある装甲腕が、飛来してくる。
だが、”ソウルロウガ・R”が瞬時に放った2本の斬撃が、それを容易く斬り落とす。
「これからの未来に俺達は、必要ない…!」
『認メルカ…!』
エクスは気づくのが遅れた。
”絶対強者”の両肩の装甲が展開し、すでにプラズマの集束が完了している。
『消エロ…!』
赤黒い閃光が放たれ、空間を破壊しながら突き進んでくる。
こちらへの到達までは一瞬。
回避する余裕などなかった。
だが、
「おおおおおッ!」
”ソウルロウガ・R”は、受け止めた。
手にしているプラズマブレードの超出力に任せ、敵の照射を真っ向から切り裂き、偏向させているのだ。
『ナ、ニ…?』
防御不能とされた、”絶対強者”の砲撃。
エクスは、それを止めて見せたのだ。
……できる、今なら、何もかも恐れなくていい…!
砲撃照射を切り裂く荒業から、”ソウルロウガ・R”は、前進していく。
余波にさらされ、融解した左腕が千切れ飛ぶ。
それでも、進んでいく。
『……ナンダ、貴様ハ…』
砲撃照射の中を突き進んでくる”ソウルロウガ・R”の異常な姿に、”絶対強者”が戦慄する。
「言っただろう、貴様の思い通りにはならんと!」
『フザケルナ…!』
”絶対強者”が砲撃照射の出力を徐々に絞っていく。
砲線が細くなっていく。
……斬撃照射か…!
全てを切り裂いて見せた、あの攻撃が来る。
間もなく、決着がつく。
全てを決する瞬間が。
●
白い世界の中にウィルは立っていた。
また、この場所に来たのだ。
「――いるんスよね、”ライネ”さん」
ウィルはどこにでもなく問いかける。
前にこの場所で会った、女性の姿をした存在。
自分に”選択”を迫った彼女に。
「――うん、いるよ。お帰り」
気が付くと、目の前に彼女は立っていた。
微笑を浮かべながら。
「どう、決めてきた? どちらを選ぶのか」
早速の問いだった。
前に提示された選択は2つ。
「”アウニールを1人生かす”か…それとも”アウニール以外の世界全てを生かす”か…、だったッスね」
「そうだよ」
”ライネ”は、両手を出し光球を作り出す。
片や”赤”、片や”灰”。
アウニールを燃やすのか。
世界を灰にするのか。
それを暗示しているように思えた。
「今度は時間が多少あるね。外では”創造者”を”破壊者”が食い止めているようだし。じっくりと考えるといいよ」
言っていることはよくわからないが、とりあえず時間はある。
でも、と”ライネ”は言った。
「気づいているかもしれないけど、どちらを選んでも、君はもうここから帰れないよ?」
「……わかってるッス」
ウィルは気づいていた。
自分の意識がここに飛び込む瞬間、まるで落ちていくように感じたのを。
あれは、
「俺、もう死んでるってことッスか」
「まー、そうとしか言えないね。ここに来る直前に君を動かしていたのは、アウニールによって繋ぎとめられていた”魂”みたいなものだ。”身体”の方はとっくに死んでたよ。心臓動いてなかったでしょ?」
「なんか、軽く言われてるけど、とんでもないことだったんじゃ…?」
「そう、君は彼女から”命”をもらったんだ。それを返す時が来たんだよ」
”命”を返す。
それは当然のこと。
「君は彼女に救われた。君1人の命が世界よりも軽いというなら、アウニールの命だって同等だ。逆にこうとも言える。君とアウニールの命は世界より重い」
命の重さが自分に決められるのだろうか。
ウィルは、自分が生まれてきてこれまでの時間を垣間見る。
親も思い出せない。
路上で盗みを働きながら暮らし、痛めつけられる日々。
カナリスに拾われて出会った多くの人々。
”中立地帯”の人達。
”東国”の人達。
”西国”の人達。
世界は広く、様々な思いに満ちている。
それのどれもが大切で、失われてはならない。
そして、アウニールのことを思う。
死にたくない、と恐怖し、ここに閉じこもっている。
死を再び迎えることに、恐怖している。
彼女を救ってあげたいと思う。
かつて救われたものとして。
彼女を大切に想う者として。
何もかもが大切で、失くしては前には進めない。
「……さぁ、選択を」
ウィルは選択のため、前に出た。
”ライネ”の眼前に立ち、2つの”選択”を交互に見つめる。
そして、
「決めた」
ウィルは、
「答えは、――ここにある!」
”選択”する。
●
時が、世界が動いた。
”鍵”が、未来を決める。
決して戻れない、全てが。
そして――、