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8-12:”絆”

 ”東国”の療養施設。

 その1室に眠る女性――ユズカは、かすかに目を開け、微睡まどろみの中、小さな声でささやく。 

 

「――負ける、な…」 


 自分に言ったのか、それともどこかにいる誰かに語り掛ける言葉か。

 祈りにも似たそれは、静かな力を持つ。



 エクスは、暗がりの中で目を醒ました。

 死んだのか、生きているのか。

 曖昧な感覚は、徐々に強まる痛みによって現実に引き戻される。


 ……生きて、いるな…。


 エクスの意識が戻ると共に、”ソウルロウガ・R”が再起動する。

 だが、


 ……無理か…。


 機体の状態を瞬時に理解する。

 原型はとどめている。

 だが脚部の損傷により、この場からは動けない。

 武装は、花翼ブルーメ・ブラットは、ほとんど機能不全に近い。

 プラズマの放出はできるが、刃型に固定することはできない。

 機体の状態も、内側が悲鳴を上げている。

 

 ……どこだ、ここは…。 


 周囲を確認する。

 位置は、先に戦っていた場所よりも、だいぶ下層だ。

 意識を失った後、床が崩壊して落ちたようだった。

 身体の状態もひどかった。

 コックピットシートを濡らしているのは、生温かい血液。

 激痛の中で、眠気があるのは、すでに相当量の出血をしているせいだと感じる。

 

 ……すまない…。


 意識を取り戻したところで、もうエクスにできることは何もない。

 後は、緩やかにやってくる死を迎えるしかなかった。

 機体に残っていたわずかなエネルギーも尽きていく。

 無数にあった情報データの表示も、徐々に消えていく。


 ……死ぬ、とはこういうことなのか…。


 恐怖。

 耐えがたい、孤独。

 人が死ぬときとはこういうものなのか、とエクスは受け入れかけていた。

 その中でふと気づく。


 ……なんだ…。


 最後に残った表示があった。

 ”メール”と書かれた便箋の表示。

 誰から受けた覚えもない。

 そう思いながらも、開き、内容を見る。


『--エクス君、元気ー?』


 ……ライネ…。


 それは、未来での別れ際に渡されたデータ。

 ライネのメッセージ映像だった。

 ”ソウルロウガ・R”の基礎フレームは、”ソウルロウガ”をそのまま使用しているため、内部のデータはそのまま残っていたのだ。

 

 ”――後で読むように――”


 そう言われて送られてきたものだった。

 ”ソウルロウガ”が停止していて、ずっと見れなかったそれを、エクスは閉じ行く意識の中で見つめる。

 

『なんて言おうかな。こういう映像残すなんて初めてだから何を言えばいいのやら…、ま、とにかく、生還おめでとう! 無事、過去に辿りついたんだよね!』


 ああ、とエクスは微笑浮かべながら思考で応じる。


『本当は1人にしたくなかったんだよ。だって、君、すぐに他人と喧嘩するでしょ? もう、ライネさんは心配で心配で、昼寝しかできません』


 いつもそうだろ。

 研究者というのは、普通の人間と生活サイクルが違う生き物だからな。

 

『いい? 他人と話す時は笑顔だよ? そうしないと、無表情で、無愛想で、不作法な君を、みんなこわがちゃうからね』


 そうでもない。

 ”カナリス”も”西国”も”東国”も、皆、普通に自分と話していた。


『ま、その教育は再会してからにしようか。では本題です。君は、過去の世界に辿りつきました。どう? 君の見るその景色は? 人はいる? 自然はある? お日様は見える? 星空がどんなものかもう見た? どうどう?』


 俺達の”未来せかい”にはどれもなかったな。

 空も、大地も灰色で、人と会えば憎みあっていた。

 だが、


 ……ああ、全部ある…。


 様々な人々。

 緑茂る大地。

 地上を照らす日の光。

 空を染める星の輝き。

 そして、

 

 ……俺達の、ユズカに会った…。


 エクスは、自分の生きてきた時間せかいに思いを馳せる。

 けっして良いことばかりではなかった。

 だが、それ以上に、


 ……得られたものがあった…。


 言葉で語るには、あまり大きく、曖昧なものだ。


『お楽しみはたくさんあるね。はやく合流して手伝ってね。もしかしたら、というかパワーダウンしてるだろうし、秘密の機能を搭載してあるから』


 なに、とエクスは目を開く。

 ”紅”によって表示されたのは、”ソウルロウガ・R”の基礎フレーム内にある未確認領域。

 搭乗者のエクスも見つけていなかった箇所。

 

『――予備のエネルギー供給システムと、試作の応急処置プログラムだよ。”絶対強者”の修復機能を真似て作ってみたの。君に教えてたら、後先考えず使っちゃうから、とりあえず隠しときます。……あくまで予備だからね。戦闘に使ったら、15分で切れる程度だから、過信しないように』


 エクスは、ああ、と頷き、


「――15分…。充分だ」


 アクセスし、機体各部に接続。

 ”ソウルロウガ・R”の深部から、機体全体へと力が供給されていく。

 展開されたナノマシンが1度限りの応急修復で、脚部関節を再構築。

 機体の四肢に力が入り、”ソウルロウガ・R”は、瓦礫を押しのけ、再び立ち上がっていく。


『――ああ、もうこういうときに限って、言葉出て来ないんだから…。じゃあ、とりあえず、これだけは言っとく』


 映像の中のライネは、顔を赤くしながら、数秒置いて、言葉を紡ぐ。

『--エクス・シグザール、君が大好きだよ。人として、男性として。やさしい君が、とっても大好き。君に会えて、私は本当に嬉しいよ。だから――』


 ライネは、笑みを浮かべた、

 エクスが、最も欲し、求めてやまなかった最高の笑顔を。


『負けるな! 突き進め!』

「ああ、任せろ…」


 エクスは、”ソウルロウガ・R”と共に、再び動きだす。

 最後の戦いへと。



 ウィルは、冷たい床の上で目をかすかに開いた。

 

 ……俺、生きてる、のか…。


 固まりかけた血液の上から身を剥がすように起こしていく。

 胸には、穴が空いていた。

 鼓動を感じない。

 まるで、死人のように。

 

 ……ああ、やっぱり、死んでるのか…。


 妙に思考は冷静だった。

 

 ”――貴様ハ、ナンダ…?”


 声が聞こえた。

 焦点の定まらない目で、声の相手を捉える、

 自分にとどめをさしたはずの、黒い機械兵だ。

 それはまるで、理解不能なものを見る人間のようだった。

 だが、ウィルの意識はすでに、別のものへと向いている。

 巨大な光の柱。

 アウニールの眠る場所へ。 


「――行かなきゃ…」


 ウィルは、ふらつきながら歩を進め始める。


 ”近ヅクナ…!”


 機械兵が、ブレードで斬りかかってくる。

 ウィルは避けなかった。

 敵の斬撃が、右肩から斜めに入る。

 だが、


 ”ナ、ニ…?”


 止めていた。

 ウィルが、右手だけで止めた。

 

「俺は…、行く…」


 血を失い、命を失いながらも、身体は動く。

 不思議な気持ちだった。

 ああ、そうだ。


 ……死ぬって、怖い、な…。

 

 意思が身体を動かしていた。

 ウィルを包むかすかな金色の粒子が、彼の魂をこの場に繋ぎ止めているのだ。

 

 ……また、助けられた…。


 アウニールからもらったもの。

 それは、”命”だった。

 他人を助け、無意識に死を選ぼうとする自分を、アウニールは救ってくれた。

 死ぬな、とそう言ってくれているように思えた。


 ……やっぱり、生きてるって、大事だ…。


 金色の粒子が、黒い機械兵へと伝わっていく。

 

 ”ヤメロ…!”


 機械兵は離れようとするが、ウィルは掴んでいる腕を放そうとはしない。

 不可解な力に対して、機械兵は反対側の腕からブレードを伸ばし、斬りかかろうとする。

 だが、


「――もう、目を醒ますんスよ」


 機械兵は吹き飛んでいた。

 斬撃より先に、ウィルの放った拳が敵を横面から殴り飛ばしていた。

 

「いつまでも、夢の中にはいたらいけない――」


 機械兵が吹き飛んだ先で、何かに突き刺さる。 


「立って、自分達で歩かないと…、生きていかないといけない、から…」


 それは、”ブレイハイド”の残骸。

 溶け落ち、崩れ、無数の鉄片となった場所は、無数の鉄の針がある場所となっていた。

 黒い躯体は、叩きつけられ、無数の鉄片によって串刺しになり、機能を停止する。

 

 ……アウニール…、今、行く…から――


 ウィルは、歩を進めた。

 1歩、1歩。

 そして、再びたどり着く。

 今度見上げるのは、光の柱。

 もう、恐れはない。

 手をかざし、触れる。


 ”待ってたよ”


 その声を聴いた後、ウィルの意識は静かに、光の中へと誘われた。

 


 ……消エテイナイ…。


 ”ソウルロウガ・R”との戦闘を終え、下層に降りてきた”絶対強者”は、自分の分体である小型の躯体の機能停止を感知する。

 危険だった。

 やはりあの不確定要素ウィルを消し去らなければならない。

 かつて自分がそうしたように。

 

 ……今度ハ、欠片ノ意識モ残サン…。


 そう思い、”絶対強者”は、踏み出そうとする。

 その時、


『――行かせるか…!』


 真横の隔壁を突き破り、先に倒したはずの青い機体が現れる。


 ……マダ、消エテイナカッタカ…。


 動けたことは多少の予測外ではあったが、それでもすでに勝敗は決していた。

 青い機体には、こちらの攻撃を受けられる武装が存在しない。

 エネルギー反応も、先と比べて圧倒的に低い。

 まともな武装が使えるはずもない。


『鬱陶シイ…。消エロ!』


 白いプラズマソードを出力し、斬りかかる。

 ほんの数秒の囮になるために、現れた敵に苛立ちを感じながら排除しようとする。

 だが、敵の手元にエネルギー武装の反応を検知する。


 ……!?…。


 受けられた。

 超出力のプラズマソードの一閃を。

 ほとばしるスパーク。

 それは、プラズマ武装の衝突を示している。

 青い機体が手にしている武装はたった1つ。


『貴様は、――俺が、叩き潰す…!』


 白い輝きを放つプラズマの”刀”だ。

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