8-12:”絆”
”東国”の療養施設。
その1室に眠る女性――ユズカは、かすかに目を開け、微睡の中、小さな声でささやく。
「――負ける、な…」
自分に言ったのか、それともどこかにいる誰かに語り掛ける言葉か。
祈りにも似たそれは、静かな力を持つ。
●
エクスは、暗がりの中で目を醒ました。
死んだのか、生きているのか。
曖昧な感覚は、徐々に強まる痛みによって現実に引き戻される。
……生きて、いるな…。
エクスの意識が戻ると共に、”ソウルロウガ・R”が再起動する。
だが、
……無理か…。
機体の状態を瞬時に理解する。
原型はとどめている。
だが脚部の損傷により、この場からは動けない。
武装は、花翼は、ほとんど機能不全に近い。
プラズマの放出はできるが、刃型に固定することはできない。
機体の状態も、内側が悲鳴を上げている。
……どこだ、ここは…。
周囲を確認する。
位置は、先に戦っていた場所よりも、だいぶ下層だ。
意識を失った後、床が崩壊して落ちたようだった。
身体の状態もひどかった。
コックピットシートを濡らしているのは、生温かい血液。
激痛の中で、眠気があるのは、すでに相当量の出血をしているせいだと感じる。
……すまない…。
意識を取り戻したところで、もうエクスにできることは何もない。
後は、緩やかにやってくる死を迎えるしかなかった。
機体に残っていたわずかなエネルギーも尽きていく。
無数にあった情報の表示も、徐々に消えていく。
……死ぬ、とはこういうことなのか…。
恐怖。
耐えがたい、孤独。
人が死ぬときとはこういうものなのか、とエクスは受け入れかけていた。
その中でふと気づく。
……なんだ…。
最後に残った表示があった。
”メール”と書かれた便箋の表示。
誰から受けた覚えもない。
そう思いながらも、開き、内容を見る。
『--エクス君、元気ー?』
……ライネ…。
それは、未来での別れ際に渡されたデータ。
ライネのメッセージ映像だった。
”ソウルロウガ・R”の基礎フレームは、”ソウルロウガ”をそのまま使用しているため、内部のデータはそのまま残っていたのだ。
”――後で読むように――”
そう言われて送られてきたものだった。
”ソウルロウガ”が停止していて、ずっと見れなかったそれを、エクスは閉じ行く意識の中で見つめる。
『なんて言おうかな。こういう映像残すなんて初めてだから何を言えばいいのやら…、ま、とにかく、生還おめでとう! 無事、過去に辿りついたんだよね!』
ああ、とエクスは微笑浮かべながら思考で応じる。
『本当は1人にしたくなかったんだよ。だって、君、すぐに他人と喧嘩するでしょ? もう、ライネさんは心配で心配で、昼寝しかできません』
いつもそうだろ。
研究者というのは、普通の人間と生活サイクルが違う生き物だからな。
『いい? 他人と話す時は笑顔だよ? そうしないと、無表情で、無愛想で、不作法な君を、みんなこわがちゃうからね』
そうでもない。
”カナリス”も”西国”も”東国”も、皆、普通に自分と話していた。
『ま、その教育は再会してからにしようか。では本題です。君は、過去の世界に辿りつきました。どう? 君の見るその景色は? 人はいる? 自然はある? お日様は見える? 星空がどんなものかもう見た? どうどう?』
俺達の”未来”にはどれもなかったな。
空も、大地も灰色で、人と会えば憎みあっていた。
だが、
……ああ、全部ある…。
様々な人々。
緑茂る大地。
地上を照らす日の光。
空を染める星の輝き。
そして、
……俺達の、娘に会った…。
エクスは、自分の生きてきた時間に思いを馳せる。
けっして良いことばかりではなかった。
だが、それ以上に、
……得られたものがあった…。
言葉で語るには、あまり大きく、曖昧なものだ。
『お楽しみはたくさんあるね。はやく合流して手伝ってね。もしかしたら、というかパワーダウンしてるだろうし、秘密の機能を搭載してあるから』
なに、とエクスは目を開く。
”紅”によって表示されたのは、”ソウルロウガ・R”の基礎フレーム内にある未確認領域。
搭乗者のエクスも見つけていなかった箇所。
『――予備のエネルギー供給システムと、試作の応急処置プログラムだよ。”絶対強者”の修復機能を真似て作ってみたの。君に教えてたら、後先考えず使っちゃうから、とりあえず隠しときます。……あくまで予備だからね。戦闘に使ったら、15分で切れる程度だから、過信しないように』
エクスは、ああ、と頷き、
「――15分…。充分だ」
アクセスし、機体各部に接続。
”ソウルロウガ・R”の深部から、機体全体へと力が供給されていく。
展開されたナノマシンが1度限りの応急修復で、脚部関節を再構築。
機体の四肢に力が入り、”ソウルロウガ・R”は、瓦礫を押しのけ、再び立ち上がっていく。
『――ああ、もうこういうときに限って、言葉出て来ないんだから…。じゃあ、とりあえず、これだけは言っとく』
映像の中のライネは、顔を赤くしながら、数秒置いて、言葉を紡ぐ。
『--エクス・シグザール、君が大好きだよ。人として、男性として。やさしい君が、とっても大好き。君に会えて、私は本当に嬉しいよ。だから――』
ライネは、笑みを浮かべた、
エクスが、最も欲し、求めてやまなかった最高の笑顔を。
『負けるな! 突き進め!』
「ああ、任せろ…」
エクスは、”ソウルロウガ・R”と共に、再び動きだす。
最後の戦いへと。
●
ウィルは、冷たい床の上で目をかすかに開いた。
……俺、生きてる、のか…。
固まりかけた血液の上から身を剥がすように起こしていく。
胸には、穴が空いていた。
鼓動を感じない。
まるで、死人のように。
……ああ、やっぱり、死んでるのか…。
妙に思考は冷静だった。
”――貴様ハ、ナンダ…?”
声が聞こえた。
焦点の定まらない目で、声の相手を捉える、
自分にとどめをさしたはずの、黒い機械兵だ。
それはまるで、理解不能なものを見る人間のようだった。
だが、ウィルの意識はすでに、別のものへと向いている。
巨大な光の柱。
アウニールの眠る場所へ。
「――行かなきゃ…」
ウィルは、ふらつきながら歩を進め始める。
”近ヅクナ…!”
機械兵が、ブレードで斬りかかってくる。
ウィルは避けなかった。
敵の斬撃が、右肩から斜めに入る。
だが、
”ナ、ニ…?”
止めていた。
ウィルが、右手だけで止めた。
「俺は…、行く…」
血を失い、命を失いながらも、身体は動く。
不思議な気持ちだった。
ああ、そうだ。
……死ぬって、怖い、な…。
意思が身体を動かしていた。
ウィルを包むかすかな金色の粒子が、彼の魂をこの場に繋ぎ止めているのだ。
……また、助けられた…。
アウニールからもらったもの。
それは、”命”だった。
他人を助け、無意識に死を選ぼうとする自分を、アウニールは救ってくれた。
死ぬな、とそう言ってくれているように思えた。
……やっぱり、生きてるって、大事だ…。
金色の粒子が、黒い機械兵へと伝わっていく。
”ヤメロ…!”
機械兵は離れようとするが、ウィルは掴んでいる腕を放そうとはしない。
不可解な力に対して、機械兵は反対側の腕からブレードを伸ばし、斬りかかろうとする。
だが、
「――もう、目を醒ますんスよ」
機械兵は吹き飛んでいた。
斬撃より先に、ウィルの放った拳が敵を横面から殴り飛ばしていた。
「いつまでも、夢の中にはいたらいけない――」
機械兵が吹き飛んだ先で、何かに突き刺さる。
「立って、自分達で歩かないと…、生きていかないといけない、から…」
それは、”ブレイハイド”の残骸。
溶け落ち、崩れ、無数の鉄片となった場所は、無数の鉄の針がある場所となっていた。
黒い躯体は、叩きつけられ、無数の鉄片によって串刺しになり、機能を停止する。
……アウニール…、今、行く…から――
ウィルは、歩を進めた。
1歩、1歩。
そして、再びたどり着く。
今度見上げるのは、光の柱。
もう、恐れはない。
手をかざし、触れる。
”待ってたよ”
その声を聴いた後、ウィルの意識は静かに、光の中へと誘われた。
●
……消エテイナイ…。
”ソウルロウガ・R”との戦闘を終え、下層に降りてきた”絶対強者”は、自分の分体である小型の躯体の機能停止を感知する。
危険だった。
やはりあの不確定要素を消し去らなければならない。
かつて自分がそうしたように。
……今度ハ、欠片ノ意識モ残サン…。
そう思い、”絶対強者”は、踏み出そうとする。
その時、
『――行かせるか…!』
真横の隔壁を突き破り、先に倒したはずの青い機体が現れる。
……マダ、消エテイナカッタカ…。
動けたことは多少の予測外ではあったが、それでもすでに勝敗は決していた。
青い機体には、こちらの攻撃を受けられる武装が存在しない。
エネルギー反応も、先と比べて圧倒的に低い。
まともな武装が使えるはずもない。
『鬱陶シイ…。消エロ!』
白いプラズマソードを出力し、斬りかかる。
ほんの数秒の囮になるために、現れた敵に苛立ちを感じながら排除しようとする。
だが、敵の手元にエネルギー武装の反応を検知する。
……!?…。
受けられた。
超出力のプラズマソードの一閃を。
ほとばしるスパーク。
それは、プラズマ武装の衝突を示している。
青い機体が手にしている武装はたった1つ。
『貴様は、――俺が、叩き潰す…!』
白い輝きを放つプラズマの”刀”だ。