8-11:”選択”
『――13機目…!』
巨大要塞”インフェリアル”。
それを背後に、4機の戦闘は継続している。
アインとカイの”アキュリス”が連携で敵を撃ち落としにかかる。
マイクロミサイルの面制圧で数機の動きをいぶらせた直後に、正確な射撃が敵の急所を撃ち抜く。
『ミサイル残弾ゼロ! 切り離すぞ!』
コンテナを捨てた2機は、散開し新たな攻撃に備える。
『リヒル、無事か…!』
『はい、大丈夫…!』
赤い砲撃が、空を奔った。
だが、1本の射線に対して、敵は10近い砲撃を撃ち返してくる。
敵の数は増える一方だった。
最初は指で数えられる数も、今ではどこを見てもいた。
補充され続ける敵はすでに2桁に達する。
『隊長、もうブレードしかねぇぞ』
『こちらも最後のカートリッジだ』
『マジで退かねぇのか…!』
『節約して戦え』
『ブレードでも投げろってのかよ!?』
『援護する、行けっ』
言う間にも、敵が来る。
カイの”アキュリス”が、突進してくる敵にブレードを投擲する。
想定外の行動だったのか、敵の反応が一瞬鈍り、その内1機の胸部ど真ん中にブレードが突き刺さる。
怯んだ両サイドの敵3機には、アインの”アキュリス”がレールガン”レーゲン・ボーゲン”を叩き込む。
『隊長! あっちがやべぇ!』
カイの声に、アインは視線を変える。
リヒルがいつの間にか孤立している。
主武装を失い、近接型の敵に間合いを詰められていた。
『リヒルッ!』
●
まずい…、とリヒルは感じていた。
敵の攻撃から逃れながら動いていたら、いつの間にかアイン達の援護が難しい位置に誘い込まれていた。
「数で押しつぶすだけではないということですか…!」
”ヘヴンライクス”の持つプラズマ砲は、すでに”熱量過多”の領域に入っていた。
さすが未来の兵器であるため、無理が利くがやはり限界がきていた。
撃たれ、撃ち返し、落とし続けてもなお敵の攻勢は強まるばかりで終わりがない。
機体を衝撃が襲う。
背後から被弾したのだ。
「この…――ッ!」
撃ってきた敵に向けて照準し、トリガーを引く。
だが、――とうとう砲身がスパークを起こして停止する。
「くッ…!」
プラズマ砲を肩のエネルギーユニットごと切り離して捨てる。
同時に近接型の敵が3機、ブレードを掲げて襲ってくる。
副武装のマシンガンを腰部後ろから抜き、後退しながら発砲する。
だが、敵の大型ブレードを盾にした突進を前に弾かれる。
機動性では敵が上である以上、振り切ることはできない。
敵の間合いに入ってしまった。
斬撃に対して回避をとる。
だが、マシンガンを持っていた左腕ごと、断ち切られる。
『――リヒル…!』
アインの声が聞こえた気がした。
そして、”ヘヴンライクス”は3方向から、大型ブレードによって串刺しにされた。
●
「リヒルーッ!」
串刺しにされた”ヘヴンライクス”を目の当たりにし、アインは絶叫する。
だが、
『――大、丈夫です…』
通信が来た。
リヒルの声だ。
どこか負傷しているのか、呼吸が荒い。
「リヒル、今行く!」
アインが加速のためフットペダルを一気に踏み込む。
だが、
『ダメです、離れて、ください…!』
「リヒル!?」
『巻き込まれます…から』
”ヘヴンライクス”の熱反応が増加していく。
これだと数秒で臨界になる。
機体がもたない。
「何をしているんだ!」
『このまま、敵を落とします…、行ってくだ、さい…!』
自爆だ。
リヒルは自分ごと敵を落とすつもりだ。
『この機械達は、人の反応がある限り、攻撃をやめません…だから、このまま――』
「よせ、リヒル!」
アインは、加速をやめない。
間に合えとそれだけを思い、機体を飛ばす。
その時、
『――そのまま、リヒルのところへ行って…!』
シャッテンから通信が来た。
●
リヒルは、右腕と両足に刺さった大小の金属片を見ていた。
かなり出血している。
特に足に突き刺さった金属片が、彼女を操縦席に縫い付けている状態だった。
脱出機構もめった刺しにされている現状では機能するはずもない。
「ごめんなさい…、アイン…」
助けにきてくれたのに、こんな結果になってしまった。
……悲しむ、かな…。
機体のエネルギー数値が臨界を迎えた。
覚悟を決め、静かに目を閉じる。
だが、
『――リヒル、できるだけ…身体を引っ込めて!』
シャッテンの声がした。
ハッと目を見開くと、”ヘルライクス”が、長刀を振りかぶっていた。
逃げて、という暇もなく、斬撃が来た。
その一閃は、コックピットハッチを真横から断ち切る。
空が見えた。
そして、
『リヒル…! 跳べぇッ!!』
視線の先には、背面のブースターを光らせてこちらへと飛んでくる”アキュリス”の姿がある。
……アイン…!
リヒルは、最後の力で身体をコックピットから剥がしにかかる。
気圧の低下で外に吸い出される力が加わる。
「く、あ…、ああああッ!」
声をあげ、足を縫い付けていた金属片を抜いた。
出血を感じる間もなく、リヒルの身体は空中へと投げ出された。
「ぁ…」
自由落下に入ろうとした時、
「――こっちだ!」
機体に急停止をかけたアインの”アキュリス”がコックピットを開け放っていた。
アインによる、瞬間的な数十のスラスター操作が、機体の安定を保つ。
リヒルは、そこへ吸い寄せられるように落ち、
「――ぐ、――つかまえた…ぞ!」
アインにしっかりと抱きとめられる。
人1人落下した衝撃に、一瞬アインの呼吸が詰まるが、それでもリヒルは確かに彼の呼吸を感じる。
「アイン…!」
「つかまってるんだ…!」
”アキュリス”のコックピットハッチが閉じると同時に、”ヘヴンライクス”が敵3機を道連れに爆散する。
出血で意識が落ちそうになる。
だが、それでも、リヒルは力の限りアインに抱き付く。
「シャッテン、助かっ――」
アインが礼を言おうとして、言葉が詰まる。
リヒルもなんとか、目を開きそれを見た。
「テン、ちゃん……!」
敵の砲撃にさらされ、”ヘルライクス”が墜ちていく姿を。
『隊長! 俺が行く!』
自分たちの横をカイの”アキュリス”が飛んでいく。
●
避けたつもりだったが、背面に被弾していたとシャッテンは思った。
……リヒルは助かった…。
それを確認し、なんとか機体を立て直そうとするが、やはり、
「……ダメ」
”ヘルライクス”は完全に飛行能力を失っていた。
もう飛べない。
脱出機構も、砲撃を受けたせいで機能不全になっていた。
落ちるしかない。
助からない。
……でも、リヒル…、良かった…。
ずっとリヒルと一緒だった。
ずっと一緒に育った、初めての大切な家族だった。
ずっとベッタリ過ぎて、迷惑かけてばっかりだったけど、いつも笑顔でそばにいてくれた。
アインがいれば、きっと幸せになれる。
だから、
「……生きてね、リヒル…」
『――お前もな!』
シャッテンがその声に反応する。
もう1機の”アキュリス”が落下する自分に追い縋ってくる。
『機体を捨てろ! 諦めてんじゃねぇぞ!』
「……うん…!」
シャッテンは頷き、コックピットハッチを開く。
気圧低下による強風がシャッテンの髪をなびかせる。
身軽さを活かし、操縦席を蹴って跳ぶ。
身体を小さく丸め、回収しやすいようにする。
『そのままだ!』
カイがシャッテンの落下速度に”アキュリス”を合わせて降下させる。
●
「よし…!」
開いた手(マミュピレーター〉の上に、シャッテンが乗っかるのを確認する。
「ジッとして――」
ろ、と言おうとした瞬間、左から衝撃が来た。
なに、とそちらへと瞬時に視線を移す。
ブレードを失いながらも、敵機が組み付いてきていた。
「この野郎…!」
背面のユニットを稼働させ、携行しているブレードを振り、無理やりな斬撃を入れる。
片腕を斬りおとされ拘束力を弱めた敵に、蹴りを入れ叩き落した。
「しまった…!、くそ、”両翼”のチビは!?」
気づいた時には、右手上にいたはずのシャッテンの姿がない。
先の衝撃で振り落とされたのだと気づく。
どこだ、と探すも反応がない。
落下中の人間を探すなど至難の業だ。
「くそ、どこだよ!」
焦り、周囲を見回す。
見つからない。
「くそ、ったれ…!」
カイが操縦席のアームレストに拳を打ち付けた。
その数秒後、正面モニターに何かが張り付いてきた。
「うおっ!? お前!」
シャッテンだった。
正面ということは、頭部センサーの前にいることになる。
ほっぺをカメラに張り付けたシャッテンが、必死になってしがみつき、機体に蹴りを入れている。
「あ、開けろってことかよ!」
意図を察し、カイがコックピットハッチを開放すると、小柄な人影が瞬時に飛び込んでくる。
だが、バランスを崩し、
「ぐえっ!」
「……あ、」
カイの顔面に蹴りが入った。
「つ、つかまってろよ…!」
コックピットハッチが閉じられ、シャッテンの身体はカイの膝上に乗っかってくる。
「……ありがと」
「身軽なもんだな。落っこちたと思ったじゃねぇか」
「……ワイヤー使って、しがみついてた」
振り落とされたのは事実だった。
だが、シャッテンの暗器の1つであるワイヤーアンカー。
そして彼女自身の身軽さが功を奏した。
「隊長、回収完了した。さすがにもう退こうぜ! これ以上の継戦は無理だ」
”西”と”東”の本隊はすでに戦闘の影響が及ばない地点まで移動を完了していた。
時間稼ぎには成功している。
『――よし、撤退する。続け!』
「了解!」
2機の”アキュリス”が転身する。
予想通り、背後から砲撃を初めとした追撃が来る。
だが、世界最速の機体に追いつける道理はない。
回避運動をとりながら加速し、みるみる敵勢との相対距離が離れていく。
空は、再び黒い霧によって埋められていく。
それは”機蟲竜”が完全に復活したことを示していた。
「もう、誰も近づけねぇぞ…」
カイはそんなことを呟いた。
もう、空は増え続ける敵しかいない。
だが、膝上のシャッテンが首を横に振った。
「……大丈夫」
「なんでだよ」
「……戦ってくれてる人達がいるから」
●
「リヒル、しっかりしろ」
アインは、フットペダルを操作しながら、顔色の優れないリヒルを抱いている。
「アイ…ン…、私は…戦わないと…」
「君がいますべき戦いは、しっかりと私につかまっていることだ。大丈夫。もう、帰れる」
リヒルの出血は少なくはない。
だが、”アキュリス”の速度をもってすれば、治療が充分間に合う時間で帰還できる。
「まだ、戦っている人が、いるんです…」
「あの中に、いるのか…?」
あの巨大な白亜の帆船。
あそこに多少の損傷があったことは確認していた。
何かが衝突した形跡。
あれは、
……誰かが、突入したのか…?
この状況を解決できる者がまだ残っているとすれば、
「――信じよう、リヒル。君が信じる者達を」
「はい…」
世界が黒く染まるまで、あと――8分。