8-9:”声”
リバーセルと黒い人型が切り結ぶ。
赤い単眼の残光と、リバーセルの持つ剣の軌跡が光り、奔り、幾重にもぶつかる。
「リバーセルさん!」
ウィルも何かできないかと考えるが無理だった。
戦闘のレベルが違いすぎる。
機体ではないその戦闘では、一瞬の判断ミスで命を落とす。
「来るな、ウィル!! コイツの狙いは、お前だ!」
見れば、常にリバーセルの背を見ていることに気付く。
こちらに襲い掛かろうとしている黒い人型を抑えているのだ。
「先に行け、ここは、俺が止める…!」
そう言って、リバーセルは押し合いになっていた刃を強引に押し返す。
黒い人型の躯体が弾き飛ばされる。
軽そうに見えたが、リバーセルもナノマシンの能力をフル稼働させているのだ。
出なければ自分より一回りも大きい金属の人型を押し返せるはずがない。
「でも、1人じゃ…!」
「お前がいると気が散る。それに、お前の役目は、戦うことじゃない!」
リバーセルは黒い人型から目を離さず、剣先だけを背後に向けた。
その切っ先が示す先には、暗い通路がある。
先の見えない闇。
これから行く道を暗示するかのような暗がりだ。
「俺が、あいつにやれなかったものを、お前なら示せるはずだ…!」
救ってくれ。
そう言われていた。
「目を醒まさしてやってくれ。また、会いたいんだ、俺も…!」
黒い人型が斬りかかってくる。
リバーセルが刃をぶつけ、踏みとどまる。
数秒の間に何度も金属がぶつかり、火花が散る。
「だから、行け! 早くッ!」
ウィルは一瞬迷った。
だが、最後は頷く。
リバーセルを見捨てるような選択にも感じたが、それを振り払う。
「すみません…! お任せッス!」
ウィルは走り出した。
その場に背を向ける。
リバーセルの姿がどんどん離れていく。
……アウニール…!
●
ウィルの気配が離れたのを確認し、リバーセルは少し肩の荷が下りた思いだった。
これで気を回すことはない。
敵を後ろに通さなければいいだけだと。
改めて目の前の敵に意識を向ける。
”邪魔ヲ、スルノカ”
さっきから聞こえる声。
どこからなのか。
「わかっている…、お前だろ」
黒い人型の単眼の光がわずかに光を増した。
”オ前ハ、オレダ”
無機質だが、それはリバーセル自身の声だった。
”絶対強者”とされる存在。
遭遇と共に感じた既視感。
リバーセルは感覚だけで理解できた。
「お前は、俺か…!」
ファナクティが自分の人格をコピーした何かを作ったのか、とも思った。
今となってはわからない。
”排除スル。必要ノナイモノヲ”
ただ、今、感じていることがある。
目の前の敵は、自分の可能性の1つなのではないのか。
アウニールという存在を受け入れず、ウィルという存在を排除し、世界すら拒絶した自分の姿ではないのか。
感じる。
滑稽だ。
「俺は、こんなものになろうとしていたのか…」
拒絶しようと決めた。
変わろうと。
……ウィル、お前のおかげだ…。
リバーセルの銀色の髪が、ふわりと浮く。
その毛先が僅かながら金色の粒子を帯びていく。
「出し惜しみはなしだ…!」
刃を返す。
力を増したリバーセルは、反撃を開始する。
●
隔壁が切り裂かれ、爆散する。
吹き飛び、舞い上がった黒い煙を抜けて、”ソウルロウガ・R”が飛び出してくる。
「ちぃ…!」
舌打ちし、黒い煙の向こうにある熱源に向けて、花翼からプラズマの刃を連射する。
姿が視認できなくとも、エクスには視えている。
着弾を確認する。
だが、同時に敵が熱を圧縮するのを察知した。
「ッ!」
回避が間に合わないと判断し、プラズマの障壁を展開する。
その直後、4本のレーザーが撃たれる。
防ぎきれないのは経験済みだ。
障壁の展開角度を調整し、反らすことを狙う。
だが、
「な…!」
貫通した。
障壁による偏向すら受け付けない光の線が、”ソウルロウガ・R”の右肩と、右側頭部の装甲を吹き飛ばした。
「がっ…!」
機体の損傷が痛みとなってエクスの痛覚を殴りつける。
痛みに朦朧とした一瞬の隙をついて、”絶対強者”が加速してくるのが見えた。
……くそ…
身体の反射が鈍くなり、瞬間的な回避判断に遅れが出た。
2本の白いプラズマブレードによる斬撃が来る。
半分、勘にまかせ左の花翼から、巨大なプラズマのブレードを伸ばし、一文字に一閃する。
敵の攻撃が届く前に、こちらの斬撃を届かせるのだ。
プラズマの刃が衝突し、激しいスパークが起きるが、
「ッ!」
こちらが打ち負けた。
出力を最大まで上げた花翼ですら、数秒と耐えることはできなかった。
状態表示が”熱量過多”の後、ノイズにまみれて”機能停止”へと変わる。
左側の花翼が停止した。
”絶対強者”が追撃をかけようと、踏み込んでくる。
とっさに右側の花翼を、敵の足元に撃ちこんだ。
すると、踏む先の床が砕かれ、”絶対強者”は体勢を崩す。
……そこだ…!
”ソウルロウガ・R”が、右花翼から散弾のごとく、光刃を連射する。
だが、
『無駄ダ』
声と同時に、”絶対強者”の両肩装甲が展開し、金色の粒子を膜のように散布する。
すると、着弾するはずだったプラズマの刃が全て霧散し、散った。
「拡散…!」
”絶対強者”の新たな戦闘形態は、単体戦闘に特化していた。
対多数戦闘を想定した前形態では、厚い装甲とプラズマ砲撃による殲滅が主であったが、今度のはそれとまるきり逆だ。
運動性を重視し、閉鎖空間の可動を容易にする細身の躯体。
プラズマ兵器を拡散、無効化する防御兵装。
近接戦闘で敵を圧倒する超出力のプラズマソード。
死角からの攻撃に対応する浮遊する2本の装甲腕。
『オ前ヲ、排除スル』
”絶対強者”は、再び進化した。
エクスという、自らに対抗する脅威に打ち勝つために。
『邪魔ダ。オ前ハ――』
「――ッ!?」
”絶対強者”だけに注意を向けていたエクスが、その背後から飛来した装甲腕に反応できなかった。
胴体と脚部に殴打をうけ、押される勢いのまま背後の壁面にたたきつけられる。
また襲ってきた反動に息を吐き出す。
『今度ハ、確実ニ――消ス』
”絶対強者”が両肩の装甲を展開し、白いプラズマを集束させる。
「くそ…!」
エクスが機体の出力を臨界まで跳ね上げた。
機体を押さえつけている装甲腕を力任せに弾き飛ばし、地に足をつける。
だが、ついに右膝部分の関節が限界を迎えた。
機能が落ち、体勢が崩れ、片膝をついてしまった。
……耐てよ、ソウルロウガ…!
”ソウルロウガ・R”が、花翼の出力を最大まで上げる。
右腕のブレードを展開し、プラズマの刃で射線リングを形成する。
エクスはすでに、敵の防御の欠点を見抜いていた。
プラズマを無効化する兵装は、おそらく”絶対強者”自身にも影響を与えている。
だから、防御を展開しながら、攻撃を同時にしかけてこない。
だとすれば、敵の最大の攻撃の瞬間こそ、防御が最も薄い瞬間にもなる
だが、
……集束が、間に合わない…か!
”ソウルロウガ・R”の損傷が激しい。
機体の各部に赤い警告が表示されている。
プラズマ兵装の制御機構である花翼も左側が機能を停止していて雷撃光杭の集束が遅い。
思考はほんの数秒。
強力なプラズマにより発生した異常な磁界の影響で、周囲の瓦礫が浮かび上がる。
『消エロ』
「く!」
両者のプラズマ砲撃は同時だった。
白と青の閃光が、激突する。
発生した衝撃は、空間を崩壊させる。