8-8:”翼”Ⅱ
撤退が開始された直後から、旗艦”シナイデル”の格納庫で問答が起こっていた。
「――ダメです! 許可できません…!」
「これは人員の救出作戦だ。キアラ主任…!」
西国の”Sコード小隊”の隊長と、”アキュリス”の開発者が言い争っている。
周囲が騒がしい中でも、その光景は周囲の目を引いていた。
「”アキュリス”は応急手当しかできていません! こんな状態であの軍勢の真ん中に飛び込むなんて無謀です!」
「戦闘は可能な限り避ける。”アキュリス”も最小限の消耗に抑える」
「そういうことじゃありません!」
普段は、控えめな彼女が声をあげた。
「私は、人より機体が大事なんて思ったことは、一度だってありません!」
起動コードの端末を胸の内に抱きしめ、キアラは目に涙を浮かべていた。
「私は、戦えません…。だから、せめて、私の手の届く範囲の人は、――”Sコード小隊”のみなさんだけは守ります。何がなんでも…!」
曲がらない意思だった。
彼女の根底にある強い決意だ。
「……わかりました。」
”アキュリス”の起動コードの優先権は、開発者主任のキアラ・アルティザンにある。
彼女が許可しない限り、”アキュリス”は指1本だろうと動かすことはできない。
「他の機体を探します」
”S1”は、そう言って歩き出そうとする。
だが、その前に別の影が立った。
「まぁ、待てって隊長」
カイだった。
”S3”のコードネームを持つ男は、いつもの軽いノリで頭をかきながらアインの前に立った。
「こっちは撤退開始してんだ。今出ていったら置いてかれるぜ」
「それでも、私は行く。彼女たちを置き去りにはできない」
「”両翼”をか?」
「いや、リヒルとシャッテンという、……家族を、だ」
カイがため息をついて、うなだれる。
「隊長よぉ…分かってんのか? 今、あんたは私情で動いてる」
「わかっている」
「どうわかってるってんだ?」
「この任務が終わったら、”S1”の位を降りる覚悟がある。罰せられても構わない」
「リファルドさんにも、同じこと言えるのかよ。あの人がいない状況であんたまでいなくなったらどうするんだよ」
「その時は――カイ、お前が隊長になれ」
”Sコード小隊”としてではない。
アインは、自分の意思で大切な人達を救いに行こうとしている。
全てを投げ打ってでも。
「カイ、私は、私を生んでくれた親の顔を知らない。1人だった。だが、救われた。リヒル、シャッテンという家族ができて、私は守るという強い意思を持てたんだ。彼女たちを見捨てれば、私の命にもう価値などない」
「簡単に言うんじゃねぇよ!」
カイが叫び、近くにいたキアラが肩をビクリと震わせる。
「命の価値なんざ、あんたが思ってるほど軽くねぇんだ! 自分を無価値に見るような奴を俺は隊長と認めた覚えはねぇ!」
そう言って、カイは歩き出す。
アインの脇を早足で過ぎ、キアラの前に立ち、
「キアラ――頼む」
膝をつき、頭を床まで落とした。
土下座だった。
「カイ、なに、を……」
「頼む…、1度でいい。”アキュリス”の起動を許可してくれ…。隊長を死なすわけにはいかねぇんだ」
”アキュリス”が使えなくても、アインは死地に向かう。
可能性がある限り無理をする男だとわかっていたのだ。
「カイ……。だめ、です。許可は、できません…」
キアラもまた譲らなかった。
相反する意思がぶつかりあう。
カイにもわかっていた。
この2人は曲がらない。
「だよな…、お前はそういう奴だ。自分のできることに一生懸命で、俺達のことをよく考えてくれてる…」
カイは、頭を上げ、立ち上がる。
「だが、俺も譲れないんだよ。だからよ――」
アインとカイの目が合う。
「――行こうぜ、隊長。まずは機体探しだ。探せばある程度消耗の少ない奴でも見つかるだろ」
「カイ、これは――」
「悪いがよ、俺は勝手についていかせてもらうぜ。任務じゃねぇんだろ? 俺がどう動こうと勝手だ」
「ま、待ってください!」
キアラが慌てて駆け寄ってくる。
「キアラ、お前はここで待って――」
「死ぬ気なんですか…」
「いや、別に。そんなつもりはねぇだろ。俺も、隊長も」
「でも…!」
「ま、多少死ぬ確率が上がるか、下がるかの問題だって」
「カイ……」
キアラが、額をカイの背に押し付ける。
「行かないで…、お願い…だから」
「無理だ。もう決めた。俺は、隊長に拾われなかったらここまで来れなかった。お前とも会えなかった。だから、この人を見捨てねぇ」
彼女は、泣いていた。
自分がどうすればよいかわからないのだ。
カイは、振り返りキアラの肩に手を置いた。
「心配すんなよ。帰ってくるって」
そう言って浮かべたのは笑顔たった。
いつもキアラを安心させてくれる、優しいほほ笑みだ。
キアラは、顔を伏せたまま胸に抱えた端末を握る力を強める。
そして、
「……ッ!!」
「ごっ!?」
カイが、横っ面を吹っ飛ばされて転がっていった。
周囲が、!?、と目を丸くした。
もちろん、アインも。
皆が見つめる先には、うつむいたまま動こうとしないキアラの姿がある。
その彼女の手にあったのは、腕くらいの長さがある大型のレンチだった。
……どこから出したんだ。
誰もが思う疑問をよそに、キアラは動かない。
いってぇ…、とカイが起き上がり、自分の首の骨がまたつながっているか確かめている。
「おい、出る前に行動不能になっちゃ意味が――」
言いかけて、カイは気づく。
キアラが膝を落として、声をひくつかせているのに。
「お、おい…!?」
待て、と言う前に、
「う、ぅあぁあああああぁあっ!!」
キアラが思いきり泣き出してしまった。
まるで子供のように。
同時に、その背後で”アキュリス”が、駆動音を立てはじめる。
起動したのだ。
見ると、キアラの手元から端末が落ちている。
そこにある表示が”停止”から”起動”に変わっていた。
彼女が、許可を与えたのだ。
2機の翼をもった人型に火が入った。
「キアラよ…、悪いな…。帰ってきたらいくらでも殴られてやるから、許せよ」
泣きじゃくる彼女の前に片膝を落とし、そう静かに告げる。
「カイ…、行かないで…、お願いだから……」
「それはできねぇ。だがよ――」
カイの手が、キアラの頭に置かれる。
「帰ってくることはできるって。そしたら、いろいろ話そうぜ。お前の夢の話とか、俺好きなんだよ」
その言葉に、キアラは数秒の沈黙の後、
「……うん」
小さくうなずいた。
●
アイン達は戦場の空を飛んでいる。
『――来るぞ!』
アインが声を飛ばすと同時に、様子をうかがっていた敵が一斉に動き出す。
砲撃型の”イシュテル”が並び、プラズマ砲を斉射してくる。
”アキュリス”2機、”ヘヴンライクス”、”ヘルライクス”が四方に散開して回避する。
『リヒル! 右だ!』
『はい!』
アインの声に応じ、”ヘヴンライクス”がプラズマ砲を撃つ。
赤い閃光がこちらに接近しようとしてきた近接型の”イシュテル”を迎撃する。
敵は2振りの大型のコーティングブレードを盾にして、接近しようとしてくるが、
『――隙だらけだ!』
”アキュリス”が構えたレールガンを発砲する。
一閃。レールガンの残光が奔った。
弾丸は正確に敵の胴体を射抜いている。
それも、大型ブレードの盾の間にあるわずかな隙間を突いていた。
『すごい…』
敵1機がスパークを起こした数秒後に爆散する。
『リヒル、気を抜くな! 次が来る!』
味方機の撃墜にも構わず、機械の軍勢は突進してくる。
『やるな、隊長! こっちも…!』
カイの”アキュリス”が、ブレードを腰部から抜き放つ。
同時に、砲撃型の”イシュテル”が再び3機でプラズマ砲を斉射する。
『遅ぇっ!』
カイの”アキュリス”が残像を残した。
砲撃の余波まで計算し、影響しないギリギリの位置をすり抜けるように前へと飛ぶ。
敵は砲撃照射をつづけたまま、射線を振り回しにかかる。
それは巨大なプラズマのサーベルに近い。
それでも、
『見え見えだってんだ!』
”アキュリス”は、回転と旋回を駆使し、それらを回避しながらなおも突進する。
敵が砲撃から連射による迎撃切り替えようとして、照射が止まる。
『今だ!』
カイの一声の後、上空から斬撃が落ちてきた。
”ヘルライクス”だ。
縦に両断された敵機が、爆散する。
斬り抜けた”ヘルライクス”を敵2機が照準する。
しかし、
『余所見してんじゃねぇよ! らぁッ!』
”アキュリス”が、残りの2機を時間差で両断する。
胴体から一文字の断ち切られた敵が、機能を停止して地上へと墜ちていった。
『そいつに乗ってんのは、”両翼”のチビかよ』
『……わかるの?』
『動きでな。お前の動きに追従するぐらいだ。いい機体だぜ、そいつは。俺と互角くらいかもな』
『……試す?』
『帰ったらな。いい手合わせできそうな気がするからよ』
言う間に、向こうではアインとリヒルの機体が残りの2機を墜としてるのが見えた。
『……まだ来る』
『マジかよ』
見ると、空の向こうに今相手にした2倍の戦力が向かってくるのが見えた。
『隊長! 敵の増援が止まらねぇ。蟲のトカゲも動き出しそうだ。早いとこ退こうぜ!』
『ダメです。私達は囮も兼ねてるんです! ここで退いたら…!』
『標的を失ったこの軍勢が、撤退中の両軍に襲い掛かるぞ』
『軽い仕事じゃないつもりだったが、こいつは半端じゃねぇか』
『……根性!』
4機が武装を構える。
リヒルは、アインに問いかけた。
『アイン、どうして来てくれたんですか…?』
『待つというのは性に合わなかった。だから、迎えに来た。一緒に帰ろう。私達の家に…!』
『はい!』
翼達の戦場は、加速する。