8-7:”絶対強者” ●
空間が震える感覚を得て、ウィルは振り返る。
「始まったか……」
「……エクスなら、大丈夫ッスね」
「進むぞ」
頷きあい、再び駆け出す。
突入で来たのはサーヴェイションのある部屋に近い区画だった。
数分もあれば目的の場所に着くはずだ。
だが、
「く…」
不意にリバーセルの膝が崩れた。
動きが止まる。
「リバーセルさん、大丈夫ッスか…」
「ああ…少し、待て…」
リバーセルの呼吸は荒い。
胸をわし掴みにし、自身を内側から叩く痛みを抑え込もうとする。
ナノマシンによる影響だった。
ファナクティが消え、最後の調整からすでに何時間が経っていただろうか。
リバーセルの能力の源が、徐々にその身体を蝕み始めていた。
……く、おさまらない、か…。
また空間が震える。
戦いの激化が加速している。
「リバーセルさんは、ここで休んでいてほしいッス。後は俺だけで――」
そう言いかけた時、その背後に音もなく巨大な影が出現する。
「ウィルッ!!」
「…!?」
巨大な影は、金属の腕を横薙ぎにした。
狙ったのは、ウィルの首。
だが、
「う、おッ!?」
ウィルは視線でその一撃を捉え、ギリギリで屈んで回避する。
同時に、
「おおぉッ…!」
リバーセルが痛みを押し殺し、脚部の瞬発をもって跳ぶ。
抜刀したブレードを勢いのまま敵の胸部へと突きこんだ。
刀身が敵の動体を貫通し、背へと抜ける。
突如現れた影の正体は――機械兵だ。
それも、
「新型、か…!」
よりスマートな体躯。
形状からして運動性重視の型。
腕部に仕込まれた、展開型の小型ブレード。
人1人殺すことに特化した暗殺仕様。
リバーセルとウィルは、知らない。
未来からの刺客は、バイザーの赤光を薄暗い中に光らせる
●
”絶対強者”の初撃は、両肩のプラズマ砲だった。
赤い閃光が数秒のチャージを経て、放たれる。
だが、すでに”ソウルロウガ・R”は、動いていた。
敵の射線の計算は瞬時に終了している。
……遅いぞ…!
赤い閃光が消し飛ばしたのは、”ナスタチウム”の残骸。
”絶対強者”はそのまま、プラズマ砲を横へと薙ぎ払う。
”ソウルロウガ・R”の動きを追っての行動だが、前より速度を増した青い機影の速度ははるかに速く、狙いを振り切っていく。
「……はぁっ!」
懐に入った。
右腕のユニットからブレードを展開し、斬りかかる。
赤いエネルギーソードと高密度のプラズマコーティングが施された銀のブレードが激突する。
激しい火花が散る。
”絶対強者”が黒鉄の尾を頭上から叩きつけてくる。
だが、その動きを捉える。
”ソウルロウガ・R”の花翼が展開する。
瞬間で形成された光刃が、鉄の尾と衝突し、たやすく両断する。
だが、潰したのはその一撃だけではなかった。
光の刃は枝分かれし、プラズマ砲の発射口にも同時に突き刺さっている。
……吹き飛べ…!
内部のエネルギーを暴発させられ、”絶対強者”の両肩で爆発が起こる。
わずかによろめいた黒い機体に、青い機体が連撃を叩き込む。
切り結んでいた右のソードを弾き、下からのコーティングに強化を帯びた左拳を打ち上げる。
元々、エネルギー伝達のみに特化した”絶対強者”の腕は細く、脆い。
あっさりと千切れとぶ。
「このまま、沈め…!」
追撃は止まらない。
再生する間を与えない。
”絶対強者”は、残った左腕のプラズマソードを振る。
だが、”ソウルロウガ・R”は、右腕のブレードでそれを弾きながら、左拳と花翼の攻撃を浴びせていく。
手数で圧倒する。
戦術級の兵装も、インファイトの間合いでは機能しない。
……何も変わっていない…!
このまま押し切る。
そう思った瞬間だった、
衝撃が来た。
真横からだ。
すぐに体勢を立て直し、自分を打ったものを視界にとらえる。
「な、に…?」
腕だった。
”絶対強者”のものではない、浮遊する腕。
3本のクロ―を開いた、鉄塊。
腕というには無骨な形状のそれが、襲ってくる。
「ちぃ…!」
両断しようと花翼の(ブルーメブラット)で薙ぐ。
だが、
……なに…?!
掴まれた。
プラズマの光刃を、まるで実体のそれのように。
『――変ワラナイ、ト、思ッタ、ナ…』
……っ!?
浮遊する腕を弾き、”絶対強者”を見る。
機械に表情はない、はずだ。
だが、黒い機体の半壊した頭部は、笑っているように見えた。
……今の声は…。
周囲の壁が砕ける。
浮遊する腕は1つではなかった。
形状にわずかな差はあれど、近い形状のそれがさらに1つ追加される。
黒鉄の尾と右腕の修復を終えた”絶対強者”は、5手を広げる悪神のごとく直立する。
『――オマエハ、邪魔、ダ…』
無機質だというのに、どこか感情のある奇妙な”声”だった。
……怒り、か…?
エクスは、その感情を理解する。
自分が、初めて得たものと同種。
だが、
……怒り。それだけで戦うのか…お前は…。
思い、より黒く、自らを再構築していく悪神を見る。
両肩の装甲を脱落させた黒い機体の形状が変化していく。
まるで生物のように。
細く、強靭な体躯へと。
『――消エロ…!』
肩のプラズマ砲から赤い閃光が撃たれる。
先の3分の1ぐらいに細い。
回避するにはたやすい――そう錯覚した。
「なに…!?」
射線からは充分に離れていたはずだった。
なのに、右肩装甲の先端が断ち切られ、吹き飛んだ。
同時、着弾した背後の瓦礫を見る。
熱による破壊ではない。
切断だ。
レーザーの熱で焼き切られたのだ。
……こいつ、どこまで出力を上げる…!?
”絶対強者”を見ると、展開していたプラズマソードの色も、より白くなっている。
それを壁に突き立てる。
いや、刺さらなかった。
接触する直前に、壁が融解した。
まるで氷を解かすように、一瞬で。
……プラズマコーティングの内壁を…!?
敗北する度に、自らを再構築する。
”絶対強者”
それが黒い機体につけられた名。
「――行くぞ…!」
”ソウルロウガ・R”が突進する。
”絶対強者”が、両肩のPRSで薙ぎ払いにかかる。
激突は加速する。