8-5:”突破”Ⅱ
”ヘヴンライクス”は、自身の固定を解除し、艦の速度から振り落とされる形で、斬撃を回避した。
空を切った敵機”イシュテル”は、可動式の単眼を”ヘヴンライクス”に向けながら、その場から一時的に飛び去っていく。
『リヒル! 無事か…!』
『平気です。なんとか避けました。ですけど――』
リヒルが見る先、先に撃ったプラズマ砲弾は、白い箱舟の表面装甲を穿つには至らなかった。
損傷というにも弱い程度の傷だ。
考える間に、背面の機動翼を広げた”イシュテル”がこちらに旋回してくるのが見える。
『――このまま、あの機体を止めます。これ以上突入に手を回せないようです…』
プラズマカノンの砲身を稼働させて短くし、速射形態にする。
対して敵機は、ブレードを2振り持ちまっすぐに向かってくる。
”ヘヴンライクス”が、照準、連射する。
だが、”イシュテル”はブレードの刀身を盾にでプラズマの弾丸を弾きながら突っ込んでくる。
『テンちゃん! エクスさん達の援護をおねが――』
言おうとして、
『――無理。もう近くにいる』
”ヘヴンライクス”の後方から、別の機影が飛び出してきたのを見る。
”ヘルライクス”だった。
リヒルの襲撃された後、すぐに”ナスタチウム”から飛び出してきていたのだ。
『テンちゃんッ!?』
リヒルが声を上げている間に、”イシュテル”と”ヘル・ライクス”が激突した。
正面からブレードと長刀の斬撃が衝突。
”ヘルライクス”が相手の勢いを受け流し、上に弾くと同時に脚部のブレードを展開し斬りあげる。
だが、”ヘルライクス”の攻撃は、”イシュテル”の単眼に捉えられていた。
”イシュテル”は機体を横に回転させ、ほんの数ミリ単位での回避を見せた。
『ッ…!』
人間相手なら完全に視覚外からの攻撃として決まるが、今回は相手が違う。
機械の精密さをシャッテンは侮っていた。
回転の勢いで今度は”ヘルライクス”に斬撃が返されようとして、
『弾いて!』
声が来た。
”ヘルライクス”は動く。
長刀を逆手に持ち、敵の斬撃の軌道に割り込ませる。
弾かれたが、相手の攻撃タイミングがずれ、僅かに距離を放し、なおかつ思考の時間も得る。
『リヒル…!』
シャッテンの声に応じるように赤い閃光が奔った。
”ヘヴンライクス”のプラズマ砲撃。
”ヘルライクス”の戦闘の間に、再び砲撃形態としたプラズマカノンが発砲されたのだ。
狙いは、”イシュテル”。
閃光が直撃する。
回避は間に合わない。
タイミングも完璧だった。
だが、
『うそ…ですよね』 『…ちッ』
”イシュテル”は弾いていた。
単眼を動かし、対プラズマコーティングを施された刀身を正確に砲撃に向けて盾とした。
無論、完全に防ぎきれるはずもなく、盾にしたブレードは融解し破壊される。
だが……それだけだった。
”イシュテル”は、使い物にならなくなったブレードを捨てると機動翼を広げ再び上昇する。
今度は、腰部と肩上部の短砲身が展開する。
『回避を!』 『く…!』
プラズマ砲が襲ってきた。
4本の砲身から、集束され1本となった赤い閃光が、大気を薙ぎ払う。
”ヘヴン”と”ヘル”は散開し、回避する。
その後に襲ってくるのは連射だ。
集束から連射へと切り替えてきた。
『テンちゃん!』 『リヒル…!』
声をかけあい、2人は敵を落とすべく飛翔する。
●
「ナスタチウム。状況を教えろ」
”ソウルロウガ・R”のコックピット内で、エクスが声を飛ばす。
来たのは通信ではなくデータの送信。
1度目の突入に失敗し、現在”箱舟”の周辺を旋回している状態だった。
「ナスタチウム。”ヘヴンライクス”の砲撃はもうできない。それ以外の突入法は…!」
”ヘヴンライクス”の砲撃による突入口確保に失敗した以上、違う手を考えなければならない。
時間を置けば、一時的に動きを止めている”機蟲竜”も再構成されこちらを襲ってくる。
だとすれば終わりだ。
突入できず、そのまま墜とされ地上に這っているおびただしい数の刃機の餌食になる。
撤退など論外だ。
このチャンスを逃せば、もう機会はない。
だが、
『――不可能です』
無慈悲な計算が告げられた。
『”ナスタチウム”は、高速強襲艦です。砲撃能力はありません。よって、――あの”箱舟”の外壁を破壊する手段はありません』
「”ソウルロウガ”のプラズマ砲撃を使う。上部に出せ」
『先ほどの敵機の奇襲を”ヘヴンライクス”が回避した際、パーツが破損しています。使用不可能です』
「手詰まりだと……どうにかならないのか!」
リバーセルが叫ぶが、”ナスタチウム”の応答はない。
代わりに来た報告は、敵の勢いが戻りつつあることを告げる。
『”対空焼夷弾、効果低下。”機蟲竜”再構築開始を確認』
何か手はないのか、と皆が頭をひねる。
浮かばない。
何も、出てこない。
時間ばかりが流れる。
1秒すら惜しいというのに。
すると、
「――”ナスタチウム”ッスよね。名前…」
口を開いたのは、ウィルだった。
『はい。”ナスタチウム”です。覚えていただき、光栄でっす』
「俺、今からすごくひどいこと言うかもしれないけど、許してほしッス」
『なんでしょう?』
何か手があるのか、とエクスとリバーセルが視線をウィルに向ける。
「……外壁、破るのに身体はれないかなって」
『残念ながら、”ソウルロウガ・R”を直接張り付かせることはできません。加速中ですので――』
「いや……そうじゃなくて…」
言いよどむウィルの様子に、エクスとリバーセルが察する。
そして、それを告げたのは、
「”ナスタチウム”。この艦の装甲で外壁を破れるか計算しろ」
ウィルの案とは、ナスタチウム自身の質量を利用した突貫だった。
”ヘヴンライクス”の砲撃以外で、外壁を破るとすれば、それが一番現実的だった。
だが、
『推奨しません。それを行った場合、あなた方は脱出の手段を失います』
そうだ。
この作戦には、脱出までが含まれている。
”箱舟”に突入した後、離脱する手段は、”ナスタチウム”しかない。
だからこそ、この艦は航行可能な状態で保持しておかなければならないからだ。
……無理か。
エクスはそう考えた。
ウィルとリバーセルの2人の命を失わせるわけには――
「かまわないッス」「それでいい」
声があった。
ウィルとリバーセルは、迷いなくそう言った。
「何を考えている…! お前たちの脱出は――」
「飛び込めなければ意味がないッス!」
「どう意見だ。それにあのサイズの船なら、何か救命ポッドでも積んでいる可能性もある」
2人は、覚悟を決めていたのだ。
もう立ち止まらないと。
「……ありがとう、ナスタチウム、さん?」
『さん、は、いりません。親しみやすくばモットーですので』
「あ、どうも。……俺達の心配して、方法から外してたんスよね」
『それが私の使命です。”あなた方の未来を創る手助けをするように”と、生まれた時に言われたのです』
生まれる、という言葉をAIが使うのは、本来奇妙なものだが、ナスタチウムが言うと自然に聞こえるから不思議だった。
『ゆえに、使命を果たします』
艦の軌道が再設定される。
大きく旋回し、直線加速へと入る。
艦内には、もうエクス達以外の人員はいない。
発艦前に、”知の猟犬”の部隊員は”西”の艦に載せたからだ。
「……ごめんなさい。本当に……」
『謝らないでください。私に、”死”は理解できません。ですが、使命を果たせるという”喜び”はわかります』
加速によるGがかかる。
行く先にあるのは、”箱舟”の上部外壁。
”サーヴェイション”――アウニールの眠る場所の近くだ。
『突入まであと10秒。対ショック体勢』
”ソウルロウガ・R”の周囲に隔壁が展開する。
整備時に使用する衝撃吸収壁。
できるだけ、エクス達を守ろうとしてのことだ。
『カウント開始――9、―8、―7』
『ナスタチウム! 何を!?』
リヒルの声が来る。
『――ありがとう。リヒル』
”ナスタチウム”は、それだけを告げた。
人であれば、優しい笑顔を見せれたかもしれない。
『2、―1―――』
すさまじい破砕音が響き渡った。
質量弾による突貫。
ナスタチウムの艦首がひしゃげる。
装甲が破断し、潰れ、砕け散っていく。
”箱舟”の装甲強度は想定以上だった。
皆、潰れてしまう。
「――お前の戦いに。感謝する…!」
しかし、一瞬の中に動きがある。
”ソウルロウガ・R”だった。
衝撃吸収壁の内側から、光が溢れる。
右腕に巨大な光の杭を展開している。
「突破する…!」
雷撃杭の一撃。
強力無比なエネルギーが叩きつけられる。
突貫によって損傷した白亜の外壁を穿ち、――突入口はこじ開けられた。
●
”おはよう、かな?”
優しい声だった。
”もう話せるはずだよ”
母、という概念を知ったのは後からだ。
”名前、プログラミングしておいてもよかったけど、あえて言うことにしたのです”
母は、初め、データではなく言葉で全てを教えてくれた。
”ナスタチウムに決定します”
あとで知った。
花の名前だった。
困難に打ち勝つ、という花言葉を持っていると。
”では、ユズカちゃんと仲良くするように。あなたの最初の友達で、姉弟かな”
緑髪のクセ毛の女の子が、母の後ろにはいた。
結構目つきが悪かったのが第一印象だ。
”ほら、隠れてないで――ユズカちゃん挨拶は?”
それが自分の始まり。
楽しくもあり、どこかおかしくあり――
……これが、思い出、というものですね。――ライネ…
今、自分は見送る、
母の愛した人を。
父、とも言えるだろうか?
あれ、養育されてないような。
いや、そうだ。
もっとシンプルでいいのだ。
父とは…強いもの。
ならば、彼はまさにそうだろう。
”――お前の戦いに、感謝する…”
そんな言葉をもらえたのだ。
充分だった。
もう、伝わらないかも、しれない。
でも、最後に一言だけ、
――幸運を、……――