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8-4:”決戦前夜” ●

 ”東”と”西”の結論は、各々の国への帰還。

 そして、必ず再会する約束。

 それに伴い、周囲の動きが活発になっていた。

 戦艦の数が減少した状況で、全ての機体を搭載することはできず比較的損傷の少ない機体を選別。

 残った機体がその場に廃棄されていく光景があった。

 空に浮かぶ巨大要塞は、未だに沈黙を保っていた。

 内部熱量が高まりつつあり、間もなく動き出す。

 その前に撤退の準備を完了させようとあらゆる人員がせわしなく動き回っている。

 だが、この状況で撤退とは真逆の準備を始めている者達もいた。

 エクス達だった。

 彼らは退くわけにはいかなかった。

 ここで滅亡の始まりを止める。

 そのために――



 ――お前たちはここまででいい。後は俺達でやる。自分の場所に帰れ。


 リヒルは、格納庫の機体の最終チェックをしながらエクスの言葉を思い出していた。

 自分は当然ながら拒否した。

 ここまで来たのだから最後まで付き合うと。

 それに対してエクスは、


 ――いつでもいい。無理だと思ったら、そこまででいい。…感謝する。


 そう言われた。

 今、エクスはここにいない。

 出撃前にやっておくことがあると言って、どこかに行ってしまった。


「……良く考えて返事すればよかったかな~」


 つい勢いで言ってしまったが、この先は孤立無援の戦闘になる。

 自分達だけで”インフェリアル”の戦力を突破しなければならないのだ。

 どう考えても不可能だ。

 特攻とも言えるバカげた状況にため息が出てしまうのも無理なかった。

 

「あ、いや、ダメですのね…。やる前からこんな気持ちじゃ」


 はは、と笑いながら、ふと視界がぼやけるのに気付く。

 

 ……あ、れ?


 自分の目尻に指をやると、涙がついてきた。

 どうして、と自問する。

 だが、それは誤魔化しに過ぎなかった。

 自分をなんとか騙そうとして、手も震えだす。


「ダメ…、止まって…止まって……!」


 恐怖。

 本能的に感じるそれをリヒルは必死に抑えつけようとした。

 わかっているのだ。

 この先の戦いへ足を踏み入れれば、もう帰れない。

 敵は、エクスのいた未来で人類を滅ぼした機械の群れ。

 そこに支援もなく飛び込むなど、自殺でしかない。

 エクスの狙いが成功したとしても、その時自分達が生きている保証などない。


「うぅ…、あぁ…」


 意識した恐怖は簡単には振り払えない。

 目の前にある自分の機体”ヘヴン・ライクス”。

 ユズカから託された灰色の機体は、今、リヒルを戦場に連れていく死神に見えた。

 約束したはずだ。ユズカの願いを果たすと。

 誓ったはずだ。ユズカに恩を返すと。

 なのに、


「アイン……」


 肩を抱いて、その場にうずくまってしまう。

 足までが震えだす。

 ここには自分1人だ。

 

 ――君は、また帰ってきてくれるだろうか?


「ごめんなさい…」


 リヒルは、小さく呟く。

 ここにいない人への言葉を。

 だが、


「――リヒル…!」


 その声は聞こえた。

 驚きに目を見開き、声のした方へと顔を向ける。

 

 ……どうし、て…?


 格納庫の作業用の出入り口。

 そこにその人物は立っていた。

 

「アイン…?」

「リヒル…」


 アイン=ヴェルフェクトがそこに立っていた。

 わからない。

 どうして彼がここにいるのか。

 どうして自分がここにいるとわかったのか。

 どうして、


 ――今、来たんですか…。


 安堵している。

 リヒルは、すぐにでも走り寄りたい気持ちだった。

 だが、何かが彼女を引き留める。

 

「リヒル、無事だったんだな…!」


 そう言ってアインは、歩み寄ってくるが、


「だめ、こないで、ください…」


 顔を伏せたリヒルは、震える声でそれを止めた。

 まるでアインから逃げるように身を引いている。

 彼に触れたら、もう離れたくなくなる。

 だから、

 

「今は、ダメです…」

「どうしたんだリヒル…」

「ダメです。今、すごく、いけないんです…。お願いです、どうか帰って…。私は平気だか――」


 ら、と言おうとして、いきなり腕を掴まれ、身体を引っ張られた。

 

「あ…」


 気づくとアインの胸の内に抱き寄せられていた。

 

「だめ、だめ…、やめて…」


 拒否しようとして、だがリヒルは腕に力を込めることができなかった。

 弱弱しくされるがままに、声だけで抵抗しようとする。

 だが、無理だった。

 ずっと我慢していたのに。


「もう、いいんだリヒル…。一緒に帰ろう。つらい嘘はつかなくていい…」


 帰ろう。

 今のリヒルには抗いがたい言葉だった。

 あの場所に、子供たちに囲まれた温かい家に帰ろうとそう言ってくれている。

 そうしたい。

 そうしてしまえばいい。

 エクスも、自分たちに戦わなくていいと言ってくれた。

 だから、


 ――リヒル、無理しなくていいのよ。


「…ッ!」


 リヒルは、アインの身体を突き飛ばしていた。

 目を伏せながら、その手は震えていた。


「リヒル…君は、戦うつもりなのか…」


 アインの問いに対して、リヒルはしばらく何も言おうとはしなかった。

 いや言えなかった。

 今、自分を救おうとしてくれた温もりを自ら手放すことを選択した。

 後悔している。

 悔やみきれない。

 彼にすがればどれだけ楽になるだろう。

 それでも、選んだのだ。


「ユズカさん、ずっと1人で戦ってたんです…。私達の世界ために…」


 リヒルは思い出した。

 ユズカがどれほど孤独な立場だったのか。

 自分とシャッテンを最初に救ってくれた人が、どれだけ重いものを抱え続けていたのか。

 

「私は、アインの生きる世界を守りたい。笑ってられる私達の場所を、守りたいだけなんです…」

「あの要塞に挑むつもりか。正気とは思えない…」

「わかっています。バカですよね、本当に。でも、今しかないんです。そうでないと――間に合わなくなる」


 エクスもウィルもリバーセルも覚悟を決めている。

 彼らはわかっているのだ。

 今、この時を逃せば何も手に入らないことを。 


「よせ、リヒル。 私は、君を――死なせたくない」

「待っていてください。あの場所で、私達の家で…」

「リヒル……」


 アインがこちらの手を取ろうとまた歩を進めてきた。

 だが、その間に降ってきた人影が割り込む。

 シャッテンだ。

 どれほど高い場所から降りてきたのかもわからないというのにしなやかな着地だった。

 屈んだ状態から、ゆっくりと顔を上げた彼女は長すぎる左袖から、鉤爪を3本伸ばしアインに向けた。


挿絵(By みてみん)


「シャッテン…」「テンちゃん…」


 シャッテンは無表情だった。

 帰れ、と言わんばかりの空気を纏っている。


「シャッテン、君は怖くないのか…」

「…怖いよ」

「ならどうして戦おうというんだ…」

「…怖いから、戦う。アインは違うの?」


 怖いから。

 戦わなくては失ってしまう。

 だから戦う。

 シャッテンは知っているのだ。

 そうしないと守れないものがあると。


「……私もそうだ」

「……なら、リヒルの帰る場所を守って。アイン」


 アインは、一度目を閉じ思考する。

 数秒ではあったが、目を開き、言葉を告げる。


「いや、それだけではダメだ。君も帰ってくるんだシャッテン。私達の”家”だ。それが約束できるなら私は引き下がる」

「……できないって言ったら」

「2人とも今、連れて帰る」


 アインの目が鋭さを増す。

 その気になればシャッテンと一戦交える覚悟はあるだろう。

 それを感じたのか、シャッテンは鉤爪を袖の中に引っ込めた。


「……わかった。約束する」

「本当だな。信じていいのか」


 シャッテンは頷いた。そして、


「……信じて、アイン…兄さん」


 兄さん。

 かつて孤児院で過ごしていた時の呼び名。

 シャッテンはアインを信頼していた。

 ずっと。


「――わかった」


 信じてくれたのだとリヒルは感じた。

 自分達の意思の強さを。


「待っている。帰ってきてくれ…必ず」

 


 エクスは、扉の前に立っていた。

 扉には”社長室”の文字。

 ヴァールハイトの書斎の扉だった。


「――入りたまえ。鍵は開けたままだ」


 室内からの声があった。

 こちらの気配を感じたのだろう。

 エクスは、特に声も出さず扉のノブを回し、室内へと足を踏み入れる。

 ヴァールハイトは、椅子に背を預けていた。


「ずいぶん余裕があるな…」

「こう見えて考えが追いつかないことばかりだよ」


 そう言いつつ、ヴァールハイトの表情に変化はない。

 結局この男の表情が変わるところは、出会ってから一度も見れなかったなとも思う。


「どうした。世間話をしにきたわけではないだろう?」

「ああ…、頼みたいことがある」

「依頼か? 今はそう時間がないが…」

「大丈夫だ。ほんの数秒で済む」


 エクスは、手に持っていた物をヴァールハイトの前に差し出す。

 1つの封筒だった。

 データではなく、文字の書かれた紙面の封書。


「これは?」

「渡してほしい。ある人に。大事なのはタイミングだけだ」

「君の手で渡してはどうかね?」

「その時は、また返してもらう」

「わかった。だが、依頼には相応の対価が必要だ」

「わかっている。この依頼が達成されるときは、お前への不利益は消える。それと労働力ウィルも返す」


 その言葉に対して、ヴァールハイトは特に返すことはない。

 封書とエクスを交互に見て、


「――わかった。受けよう」


 そう言い、封書を自分の机の引き出しにしまった。


「感謝する…」

「相応の対価を払うのだ。礼を言われる理由はないな。ただ、――後払いはこれきりだ」

「ああ、最後にする…」


 少しの間を置き、エクスが口を開く。


「お前は、これからどうする?」

「どうするとは?」


 世界が滅ぶかもしれない。

 そう言ったとき、この男はどう思うのだろうか。


「生きるだけだ。私として、必要な生き方をする。それだけだ」

「そうか…」


 ヴァールハイトは決めているのだ。

 ただ漫然と、滅びを待つ男ではない。

 最後まで生き続けるだろう。


「……時間をとらせたな。すまない」

「謝る必要もない。行くといい」


 エクスは、ヴァールハイトに背を向けて歩き出す。

 だが、ふと足を止めた。


「言い忘れていた」

「なにかね?」

「ユズカを、…家族を助けてくれたこと、感謝している」


 それだけを告げ、エクスは部屋を出た。



 ウィルとリバーセルは”ナスタチウム”の1室で、準備を整えている。

 ウィルの身体中に火傷の痕が残り古傷のようになっている。

 ナノマシンによる治癒が追いつかなくなってきている証拠だった。


「準備はいいか?」

 

 リバーセルが黒い戦闘服に着替え終えて立っている。

 ウィルも同じ服を着ていた。

 刃を通さず、柔軟性を持ったもの。

 わずかでも生存率を上げるために。


「よし、身体も動くっッス。問題なし…!」

「いいか。ウィル、突入したら俺から離れるな。アウニールの前までお前をなんとしても連れていく。そのあとはお前に任せるしかないが」

「リバーセルさん。この作戦が終わったら、どうするんスか?」

「どういう意味だ?」

「いや、ほら、働き口とか…」


 リバーセルは、呆れそうでしかし不意も突かれた。

 言われてみる特に考えてもいなかったのだ。

 戦いが終わった時、自分が何をしたいのか。

 

「俺は、それほど長くは生きられない。体内のナノマシンの再調整をしてくれる奴はもういない」

「それでも、生きてるなら先のことを考えるべきッス」


 ウィルの表情には慰めや同情などなかった。

 ただそうするべきだという自分の考えだけを伝えているのだ。

 命に限りがあるからということと、諦めることは別の話だと。


「……どうしろと言うんだ」

「えっと…、そうだ。カナリスに就職はどうッスか?」

「なに?」

「いや、俺だけだとやばいくらいきついんで、助っ人が欲しいんス。リバーセルさん力あるし頭よさそうだし、来てくれたら助かるけど…、どうスか?」

「…考えておく」

「前向きにお願いしまス!」

 

 能天気なのか、器が大きいのか、それともただのバカなのか。

 だが思うことは1つ。


 ――悪くない、か。


 そう思い、口の端にわずかに笑みを浮かべていた。 


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