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8-1:”王”と”長”と

”シナイデル”の艦内にある集中治療室。

 そこに、リファルドは眠っていた。

 呼吸器とや3以上の点滴を腕から流し、眠っていた。

 それをガラス越しに見ている女性がいる。

 アンジェだ。

 先に意識を取り戻し、真っ先にここに来たのだ。

 ”王の宣誓(ハルディン・ロワ)”の負荷で未だに頭痛がひどいが動くには問題なかった。

 今は、命を繋ぎ止めたリファルドの姿を見て落ち着きを持とうとしている。

 看護兵からは、いつ目覚めるのかわからない、と言われていた。

 規則的な呼吸だけでそこにいる彼を見つめ、想う。


 ……約束通り帰ってきてくれた。それで、いい…。


 こうしてもう何時間になるだろうかと思う。

 時刻を見るともう夜になっていた。


「――ここにいたであるか。アンジェ」


 扉が開き、現れたのはウィズダムだった。

 撃たれたあとで治療も受けているが、痛みがあるのか動きはゆっくりとしている。


「ケガ人はおとなしく休んでおれ」

「若いころはこの程度の負傷は日常茶飯事である。あたた…」


 これが歳というものであるか、とぼやきながら、ウィズダムはアンジェの隣に腰掛ける。

 アンジェは、僅かにほほ笑み、ウィズダムが無理をしすぎているわけではないことを感じる。

 

「アンジェ、わかっておるな」

「ああ。状況は、良くない…」


 ヴァールハイトにより、情報は常時送られてきている。

 ”東”の最高火力兵器”砲千火”をもってしても、あの白亜の帆船は沈まなかった。

 今も浮遊し、あたかも世界の”支配者”のごとく存在していた。

 戦場に突如として出現した勢力を互いの共通認識として”物量戦術兵器群インフェリアル”と呼称することにした。

 内部で無限に戦力を製造し続ける兵器。

 止まっているように見えるが、内部の熱反応があり今この時も内部で兵器を建造しているらしい。

 動きを止めているのは、消耗した戦力数が建造数を上回った結果であるようだった。


「充分な戦力が出来上がれば、また攻めてくるか…」


 疲弊していない者などいない。

 加えて、”東”と”西”の最高戦力は失われた。

 戦力の低下だけでなく、士気が下がることも避けられない。

 戦うことなど不可能だ。


「撤退すべきであろう」

「逃げる、か」


 アンジェは、壁に背をつけ姿勢を崩す。

 答えのない。

 先の見えない状況にため息をつく。

 今自分達が集結しているのは、主戦場となった場所からはるかに離れている平地だ。

 ここからなら、”西”も”東”も互いの国へ帰ることもできる。

 だが、 


「帰って、引きこもっても状況は変わらんのじゃがな」

「だが、ここにいても消耗するだけである」

「そうじゃな…」


 アンジェは、もう1度”東”の長と話す機会を作りたかった。

 互いの意思を合わせておかなければ、動きが取れない。


「……”東”の長とは、今は連絡が取れない」

「ふさぎこむのも無理ないじゃろうな…」


 リファルドと違い、向こうはムソウという精神的な柱を1つ失っている。

 こちら以上に状況は悪いだろう。


「待つしかない。信じて、向こうの連絡を待とうかの」

「期限はこちらから伝えておくのである。いつまでも待てば、疲弊は増すばかりである」

「頼む。すまんの…」

「何をいまさら。苦労など、アンジェが赤子の頃から慣れているのであるよ」


 そう言って、ウィズダムは腰を上げる。


「あ、そうじゃ。言い忘れておった」

「なんであるか。まだ何か厄介事でも――」

「”東”に行ったときには、リファルドとな、その…”いろいろ”あっての」

「ふむ」

「夫婦になってきた。非公式じゃけど」

「ふむふ…なんと…!」



 スズは、自室で横になってた。

 包帯の下、特に右目の傷が痛む。

 

 ……こんなに、痛かったんだ…


 スズは、ムソウがかつて”朽ち果ての戦役”から帰って来た時を思い出していた。

 右目を失いながら、彼は笑っていた。

 これから罪を背負うことになることを自覚しながら、笑っていた。

 心身に負った痛みに耐えていた。


 ……強いよね。ムソウは…


 明かりのない暗闇。

 先の見えない未来。

 あの敵の群れは再び襲ってくる。

 ”東国武神”を失い、戦力の半数を失った。

 ”長”として、自分はふさわしくない。

 そんな感情が今の彼女を支配していた。


 ”お前は強い。勝つまで諦めない。妥協もしない。”東”に、世界に未来を作れる。俺様なんざ小さく見えるぐらいに、とんでもない奴になれるさ”


 ……無理だよ。私じゃ、ムソウや父上みたいになれない…


 寝返りをうつたびに、身体の傷が痛み表情が歪む。

 ヴァールハイトから入ってくる情報には目を通している。

 だが、


「どう動けばいいの…」


 戦おうなどと思わない。

 皆、疲れ切っている。

 だが、”東”に帰ったとしてもなんの解決にもならない。

 敵はまた来る。 

 襲ってくる。


「怖いよ…ムソウ…」


 失くした右目が痛み続ける。

 

「――スズさん。いますか…?」


 扉の外から声がした。

 ランケアの声だ。

 いけない、と自分を奮い立たせる。

 こんな姿を見せてはいけない。

 なんとか、身体を起こし、応じる。


「――いいわ。入って」


 許可を出すと、扉が開きランケアが入ってきた。

 

「スズさん…」

「なにか報告…?」


 ランケアは、何を言うまでもなくスズの隣に腰掛けた。


「どうしたの…?」

「泣いているんですか…?」


 自分が問おうとして、逆に問われたことでスズは気づいた。

 泣いていた。

 

「どうし、て…」


 自分に問う。

 なぜ泣いているのか。

 止めようとした。

 泣いてはいけない。

 自分は”長”。

 自分が崩れれば、皆が崩れてしまうから。 

 でも、この感情は止まってはくれない。


「だめ…、見ないで、ランケア。こんなの…良くない…」


 そう言って、その場から逃げ出したい気持ちになる。

 だが、ふと自分の腕が何かに引かれた。

 ランケアが自分を抱きよせたのだと気づくのに数秒かかった。

 

「あなたは、それでいいんです」


 ランケアの抱きしめる腕は、力強かった。

 自分より少し背の低い彼だと抱きしめられているというより、抱きつかれているようにも思えた。


「ランケア…」

「ボクは、あなたを大切に想っています。”長”だからじゃない、スズさんだから…」


 スズがスズとしてあるから。

 自分は自分だ。

 より良くあろうとする考え方もまた、自分のものだから。

 

「ありがとう…、ありがとう、ランケア…」


 スズもランケアの背に手を回し、身を寄せる。


「”西”の”王”と…、アンジェと話す。これからのことを決めないと、ね」


 数分後、”東”の”長”の声で当主が集まる。

 東雲、北錠、西雀、南武の4つ。

 彼らは話す。

 これからのことを。


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