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7-21:約束の果て【Ⅳ】

 スズは、意識を取り戻すと同時に激しい痛みに全身を襲われる。


「か、ぁ…!」


 不意に襲ってきたその痛みを数秒をかけてなんとか意識の内に抑え込む。

 呼吸は荒く、普段の身軽さからは想像もできないほどに身体が重い。


 ……指揮を、とらないと…。


 朦朧とする意識の中、スズは寝かされていた場所を見渡す。

 どこかの艦の治療用のベッドだ。

 いや、見覚えがある。


 ……カヤリグサの中にいるの…?


 最後の記憶が途切れたのは、確か戦場の真ん中で敵の攻撃を受けた瞬間だ。

 それを思い出した時、自分の視界の不自然さに気付く。

 そっと触れると、頭部から右目を覆うように包帯が巻かれていることに気付く。

 そして、


「つッ…!」


 開こうとした右目から痛みが奔る。

 見えない。

 周囲を見回しても鏡になりそうなものもない。

 自分の心拍を抑えつけ、その場から立とうとする。

 だが、


「ぁ…」


 入るべき力は足に伝わらず、ベッドから落ちるように床に転ぶ。

 気づけば胸につながれていた心電図のコードが勢いで外れ、波打っていた音の線は一直線へと変わり、同じ音を流すようになる。

 その直後、部屋の外から慌ただしい足音が来る。

 扉が外から開けられ、


「――スズ様!?」


 救護兵であろう女性の隊員が中に飛び込んできた。

 救護の女兵は、床に倒れたスズを見るなり駆け寄ってくる。 


「スズ様、意識が戻ったんですね…! ですがまだ危険でう、床にお戻りを…」


 そう言われベッドに上げられそうになり、スズは焦って女兵の腕をつかむ。


「ダメ…、指揮を…」


 意識を失ってもおかしくない状況下で必死に絞り出した言葉。

 指揮など執れる状態ではないことは誰の目にも明らかだ。


「大丈夫です。スズ様やムソウ様方の活躍で”西”の本隊と合流しています。現在は、”知将軍”の補助を受け、北錠・フォティア様と南部・ランケア様が臨時で指揮を執っています」

「フォティア、と…ランケアが…?」

「はい。御二方とも無事帰還されました。間もなく、両本隊は戦域から一時離脱します。ですからスズ様もお休みになってください」


 救護の女性兵はこちらを安心させる柔らかな笑みを浮かべていた。

 撤退が間もなく完了する。

 そういわれ、安堵しかけたスズはふと内に引っかかるものがあった。

 気絶してから記憶が混乱している。

 流れが思い出せない。

 痛みが意識を鮮明にしていく。

 そして、


 ”――よお、どうした泣き虫”


 声が反復する。

 自分を助けてくれた影。


 ”――安心しろ。帰る。必ずだ”

 

 いつも自分を守ってくれた人。


「ムソウは…、どこ?」


 記憶が繋がる。

 気絶した自分を救ってくれた人がいた。

 

「フォティア様が救援に向かわれていますので、大丈夫です」


 女性兵は努めて笑顔だった。

 しかし、冷静さを取り戻しつつあるスズは、相手の表情に微妙な変化があることに気付く。

 嘘だ。 


「お願い…、本当のことを教えて…!」


 スズは縋るように女性兵に問う。

 だが相手はその問いに応えない。

 いやどう応えるべきか迷っているのだ。


「スズ様、今はお休みになられないと…。傷は浅いですが無視もできない状態なのです。どうか――」


 互いに力の入れられない押し問答が繰り返されていた時、新しい人影が部屋に飛び込んできた。


「ラン、ケア…?」

「――スズさん、意識が…!」


 ランケアだった。

 汗で乱れた髪が目立つ。

 彼は、スズを見るなり駆け寄ってくる。


「まだ、寝てないとだめです…!」


 同じことを言われる。

 だが、スズは問いをやめない。

 目に鋭さを持ち、痛む身体を無理やり引きずってランケアにしがみつく。


「ランケア…本当のことを教えて…!」


 ランケアと女性兵が目を合わせる。


「ダメです。ランケア様、今は…」

「いえ…彼女はボクが責任をもって…」


 そういうと女性兵は、言葉を止めた。

 ランケアが、スズと視線を合わせる。


「スズさん。あなたに伝えたいことがあります。アリアさんに言われた言葉です」

「母上、の…?」


 ランケアは頷く。


「ボクも、正直、言われた時はよく意味を分かっていませんでした。ですが…今はわかります」

「母上は、なんて…」


 ランケアが問いに応じ、伝える。

 その言葉を。



 ”東国”

 ”東雲家”という文字の彫られた石碑の前でアリアは手を合わせていた。

 戦いに出た者達に対して、自分がすべきことは皆を迎えられる場所を守ること。

 そして、石碑の前に置かれた1本の刀――”炎月下”を見つめる。

 

「ムソウ、あなたの選択の先にあの子を悲しませる結果があるのなら、私は永劫にあなたを許しません」


 ですが、


「その結果があの子達に未来をもたらすもので、あの人との約束であるのなら…行きなさい。迷うことなく…」


 アリアは空を見上げる。

 かの戦場とつながる空を。

 


『――”東国武神”! 両陣営の本隊が撤退を完了した。この場に残っているのは、私達だけだ…!』

「へ、上等!」


 ムソウが横薙ぎに砲断刀を一閃する。

 飛びかかってきた刃の人型が数機剣圧で吹き飛び砕け散る。

 その直後、背後から別の人型が刃形態となって飛来してくる。

 とっさに機体を振り向かせようとする。

 だが、


 ……反応が鈍いか…!


 ムソウの操作に”武双”の追従が遅れる。

 とうとう内部の機構に深刻な影響が出ていた。

 ちぃ、と舌を打ち、敵の数撃を食らう覚悟を飲み込む。


『させるか…!』


 その瞬間、”矛迅”の1機が攻撃の軌道に割り込んだ。

 持っている武装は槍斧ハルバード

 通常の槍よりも強度と重量のある振り下ろしで、飛来してきた刃に真っ向から激突する。

 金属が砕ける音がした。

 敵が砕け、破片となる。

 ”矛迅”は、右腕を関節から持っていかれ、バランスを崩し背面から地に落ちる。

 その”矛迅”を狙い、刃の人型が殺到する。

  

『なめるんじゃねぇぞ…!』


 ”矛迅”が残った左の肘部で地面を打ち、反動で転がる。

 地を転がり数十発の刺突を回避。

 その勢いで回転しながら機体を直立へと持っていく。

 ”矛迅”の運動性能と槍撃隊の練度が成せる戦闘機動である。

 追撃を駆けようとした敵もいたが、その後飛んできた数発の弾丸に射抜かれ砕け散る。


『――今ので弾切れだ』

『悪いな!』


 残った左腕で腰の刀を抜く。


『ムソウ殿はあの大将首を見ていてください』

『周囲は俺達が固めてる。雑魚には近づかせねぇ!』


 奮起する槍撃隊。

 だが、初めはいた10機が、今は6機にまで減っている。

 空では、黒い霧の龍を相手に西の空戦機アキュリスが1機で立ち回っている。

 もう武装はライフルだけ。

 右腕は、肘から先がない。

 戦闘中に取りつかれたのだろう。


『遅延戦闘を継続している。こちらは気にするな』


 冷静な口調だが、もう限界のはずだ。

 ムソウは、空を見る。


 ……来るか。


 白亜の戦艦が射程に入っている。

 同時に敵の数が増している。

 戦場にいるすべての敵が自分達を狙って集まってきている。

 

「……行くぜ、相棒…!」


 ”武双”が砲断刀を振り上げる。

 ムソウは呼吸を一定に保ち、目を閉じた。

 これから放つ一撃は、”崩断撃”の最大出力。

 だが、もう”武双”は反動に耐えられないだろう。

 つまりこれを放てば、


 ……こっちも消し飛ぶ、か。


 へ、と笑う。

 こんな時に”魔女ユズカ”の言葉を思い出す。

 ウィルに関わるか否か。

 関わればイスズの死の理由。その真相を知ることができる。

 否であればその逆だ。

 普通なら関わるだろう。

 だが、”魔女”はこう付け足した。


 ”関われば、あなたの辿る結末は――戦場での死”


 その時は、内心笑った。

 散々戦いの場で生きてきた。

 迷いはなかったはずだ。

 なのに


 ……なんで、手が震えてんだ。


 出血のせいではない。

 疲労のせいではない。

 なのに、


 ……なんでだ。

 

  自分の命の危機には心が躍るはずだ。

 戦いの場で気分が高揚しなかったことはない。

 そんなムソウが生まれて初めて抱いた、恐怖という感情。


 ……何を怖がってる…。


 思い出してしまった。

 あの場所の温もりを。

 もう少し、あの家の畳で寝とけばよかった。

 あと1回、アリアの料理を食べとくんだった。

 あと1回、ランケアに稽古つけてやればよかった。

 あと1回、フォティアと喧嘩すればよかった。

 あと1回、忍者ゾンブル連れて女湯覗きに行けばよかった。

 あと1回、シェブングと将棋しとくんだった。

 あと1回、クレアに茶屋でおごってやるんだった。

 あと1回――


 ……スズを撫でてやればよかった。

 

 もう帰れない。

 帰る帰ると散々言っておいて――


『――ムソウッ!』

「!?」


 ムソウがその声に目を見開く。


「スズ…か?」


 声が聞こえる。

 だが、もう会話はできない。

 ”武双”からの声はもう届かない。


『――繋がった…! ムソウ!』

「聞こえてるのか…?」


 コンソールを見ると、”武双”の通信機能ではなく、外部からの中継通信になっている。

 中継しているのは”アキュリス”だ。


「お前…」

『――”知将軍”の指令が来た。この通信を中継する。音声のみだが』


 言いながら、残弾ゼロのレールライフル”レーゲンボーゲン”を敵に向けて投げ捨て、頭部のチェーンガンで撃ち、内部のエネルギーを炸裂させる。

 

 ……本当、どいつもこいつもよ…。


 ムソウは、通信に入らない程度に小さく呼吸し、応じる。

 普段と変わらない声音で、


「――よう、起きたのかよ。相変わらず寝つきの悪いやつだな」


 笑った。 

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