7-21:約束の果て【Ⅲ】
『聞こえなかったのかい! 退きな! ムソウ!』
「悪いな、フォティアよ。そいつを聞くとこっちが全滅なんだよ」
ムソウが見る先、そこには無数の敵戦力が展開してきている。
光景は変わらない。
だが、ムソウにはわかっていた。
「ここから退いたところで、こいつらは追ってくる。それぐらいわかってんだろ」
『だからって、あんたが残っても何も――』
「違ぇよ。残ってやるしかないってこった!」
砲断刀がカートリッジを排出する。
機体の口元の装甲が開く。
強制排熱により、”武双”が陽炎を纏う。
『もうよしな! ”武双”も消耗限界が近いことはこっちでもモニターしてるんだよ!』
「お前らは先に退け!」
崩断撃が地を砕いて奔り、敵の群れを消し飛ばす。
『ふざけるんじゃない! 死ぬ気かい!』
「そんな気毛頭ねぇっつてんだろ!」
『わからないのかい! 残された奴らは、もうこっちを目指してない! その場で敵を引き付けているんだ! 後を任されるつもりなんだよ!』
「ああ、そうかい。それで、俺様が止まる理由になると思ってんのか?」
●
……こいつ!
フォティアにはムソウが死に急いでいるようにしか見えなかった。
イスズを死なせたという事実に対して、彼が重い責任を感じていることはわかっていた。
モニター越しに移る頭部装甲を展開した”武双”は、まるで笑っているようだった。
狂ったような笑みを浮かべた戦闘狂。
機体の消耗限界などとうに越えている。
乗り手もすでにそうとう消耗しているはずだ。
なのに、どうして戦える。
『――フォティアよ。見えるか、あの空に浮かぶ奴が』
言われ、フォティアは気づく。
先まで遠くにあった白亜の戦艦。
巨大要塞を従えるように浮かぶその存在が。
「近づいてきている…?」
『俺らの頭上飛び越えて本隊を追うつもりだろうよ』
状況を見るに、この敵の群れを統率している中枢があの白亜の戦艦と考えることはできる。
進行を見逃せば、取り返しのつかないことになる。
だが、
……戦うには、分が悪すぎる。
見た目通り、あの巨大要塞が中枢であってもおかしくない。
墜とせれば、進行を阻止できる。
白亜の戦艦の全長は”バクレッカ”を上回っている。
質量と残弾を計算しても、あれを撃墜できるほどの砲撃戦をする余力などない。
『あるだろ。最近、新型の特大プラズマ榴弾を作ったんだろ』
フォティアの心臓が跳ねた。
『そいつをぶち込めよ』
「ふざけるんじゃないっ!」
怒号がブリッジに響いた。
その意味が分かってか、周囲のクルーに驚くものはいない。
「”砲千火”のことを言ってんだろうがね、使えると思ってんのかい!」
『なら、この大群引っ張って後退するか? 俺様は御免だね』
「だからって…!」
『頼むぜ、フォティ――』
通信が途切れる。
「”武双”頭部に被弾した様子! しかし戦闘は継続しています!」
●
「ちっ、うざってぇなぁ…」
東部に刺さった敵を引き抜き、機体のパワーで砕いて放り捨てる。
機体の損傷表示には、もう正常な領域の方が少なくなっていた。
……よく動くもんだぜ。
通信機能が破壊されたが、こちらからの通信が不可能になっただけだ。
変わらず、周囲の声は聞こえてくる。
『――こちら、”西”185部隊――後の務めは引き受ける、無事な者は撤退しろ』
『――”東”の第二十四中隊だ。皆共に抗えたことに感謝する…!』
『――聞こえているか。こいつらは我らで引き付ける。どれほど役にたてるかわからんが…』
戦っている。
『ムソウ殿』
「お前らは退け。今なら、まだ乗り遅れなくて済むぜ」
『いえ、お供を』
「死にたがりは俺1人でいいってんだよ」
『残念ながら、ぽっと出の侍の言うことを聞く気はありません』
『我らに指示を出せるは若のみですから』
「けっ」
皆、そうだ。
だから、
「来いよ、デカブツ…。なめてると、痛い目みんぞ…!」
ムソウは見上げる。
狙うは、不用意に近づいてくる大将首――白亜の戦艦。
だが、来るのは巨大な黒い竜。
上空から10以上の目を持つ黒い霧の竜が、襲ってくる。
”リノセロス”と”アキュリス”が撤退したことでこちらに狙いを変えたのだ。
……ちっ、最後の一撃か。
”武双”が砲断刀を構えようとして、
『――その一太刀、抜くには早いとみるぞ、”東国武神”』
声と共に、上空からの銃撃によって竜の目が残らず砕かれる。
黒い竜が形を失い、機能を失った機雷を吹き散らして1つの機影が降下してくる。
「物好きは”西”にもいるってことだな。おい」
”アキュリス”だ。
マシンガンとライフルを持ち、単機で姿を見せた”西”の鳥人だ。
『こちらS2。Sコード小隊、そして”西”を代表し、この場に加勢しよう』
「逃げるタイミングはもうねぇぞ」
『”東”だけ戦わせたとあっては、その後の”西”の姿勢にも意を示せないだろう。”東”と”西”は平等に交渉のテーブルにつかねばならない』
「ほー、政治にもお詳しいもんで」
『伝言もある。北錠・フォテイアより”敵を集めろ”と、そしてもう1つ…”バカ野郎”だそうだ』
「へっ」
笑い、ムソウは思う。
本当、いい女だと。
●
「――”バクレッカ”後退開始。”砲千火”の影響範囲からの離脱まであと300秒」
「――”砲千火”装填完了。現在、射角、バレル調整中。プラズマ充填率は60%」
通信が状態を読み上げる中。
フォティアは、モニター越しに戦っている者達を見ていた。
選択したのだ。
ムソウの言う通り、ただ撤退しても敵が追撃をやめるはずもない。
相手は人間ではない。
こちらを追い続けてくる。
ならどこかで止めなければならないのだ。
わかっている。
「……わかってるんだよ…」
いいきかせる。
これしかないのだ。
”砲千火”という表示、その充填率が上がっていくほどに心臓の鼓動は強くなる。
”北錠”と”西雀”で共同開発した新式榴弾砲。
圧縮したプラズマを敵の中央で開放し、半径数キロを融解、消滅させることができる。
だが、本来は抑止の目的で作られたものだ。
戦力の大半を失った”東”には、最後の手段として必要だった。
「――”砲千火”。充填完了しました」
「メインバレル展開しな!」
フォティアの号令で、艦の機首が展開する。
現れたのはワニの上顎を思わせる角ばった砲身の上部。
停止すると、先端が2段目の展開を見せ、砲身の全長はさらに2倍まで伸長する。
続けて、砲身の下部にあたるパーツが現れる。
剣のような形状をした細いそれはプラズマを加速させる電磁レール。
それらを合わせ、”砲千火”の砲撃体勢は完了する。
……本当、バカ野郎が…
フォテイアは、鼻先を奔る一文字の傷をさわる。
ムソウとの因縁であり、どこか妙な縁の始まりとなった傷。
ムソウによってつけられたその傷によって、救われたことを思い出す。
「女を傷物にしといて、責任もとろうとしないバカ野郎…」
”フォテイア。ムソウは、死に急ぐでしょう。彼がそう思っていなくても、無意識に。あなたが止めなさい。ですが、もし彼が覚悟を決めるなら――応えてあげなさい”
”東”を出るとき、アリアから言われたことの意味を今知る。
”山賊”から”バカ侍”になり、いつしか”ムソウ”と呼ぶようになっていた。
フォティアにとっても、彼が大切な人になっていた。
……咎は、アタシが受ける。全てだ。
フォティアは、目の前の空間ウインドウ――”砲千火”の実行か否かの表示を見つめ、時を待つ。