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7-21:約束の果て【Ⅱ】

 巨大な黒い竜の身体の中から、青白い閃光が放たれる。

 残った目を残らず消滅させ、竜が霧散する。

 統括を失った機雷が、灰のように落ちていく。

 そして、その中から翼を失った”リノセロス”が落ちていく。


『リファルド殿!』


 Sコード小隊が、3機一斉に動く。

 進路上の竜を撃ち落としながら、落下していくリノセロスを追う。

 ”リノセロス”はすでに原型をとどめないまでに損壊していた。

 機首の砲身が焼け焦げ、ブースターも停止。

 おそらく、内蔵している浮遊機関も動いていない。

 機動翼も砕けて、グライダー滑空すらできないだろう。

 ただ、地上に落ちていく鉄の棺桶だ。

 

『おい! 応答がないぞ!』

『とにかく追え。このままでは地面に叩きつけられる!』


 だが、追ってどうなると誰もが思っていた。

 ”アキュリス”の浮遊機関も相当な出力がある。

 アンカーを使えば、機体1機分ぐらいはなんなく持ち上げられる。

 しかし、”リノセロス”ほどの巨大な質量を支え切れるかどうかはわからない。

 最悪、落下に巻き込まれて失速。こちらも墜落する。


『こちらS1! 私の合図で、アンカー一斉射! 機首と後部2か所で安定させる! 装甲の隙間を狙え!』

『うまくいくのかよ!』

『やるぞ。リファルド殿を助ける』


 言葉では不安を言いつつも、Sコード小隊の意思は統一されていた。

 ”リノセロス”の落下速度に合わせ、高度を調整し、位置の調整までの瞬時に行う。

 アンカーが内蔵された右腕を構え、


『――撃て!』


 合図により各機がアンカーを同時射出。

 S1のアンカーが、”リノセロス”の機首の装甲の隙間にうまく刺さる。

 しかし、


『ダメか!』『く!』


 後部2点は、アンカーが弾かれた。

 装甲の隙間を捉えられなかった。

 空気抵抗、落下という不安定な状況、機体の消耗。

 あらゆる要因が、失敗を招いた。

 S1の”アキュリス”だけが、”リノセロス”の落下に引っ張られて、落下していく。


『S1! アンカーを切り離せ! 1機では無理だ!離脱しろ!』


 S2が、状況を優先して声を飛ばした。

 非情な判断であるのは理解していた。

 失敗の瞬間に悔しさで噛んだ唇からは血が流れている。

 それでも、S1まで失うわけにはいかないと判断したのだ。

 しかし、S1がアンカーを切り離す気配がない。


『まだだ! リファルド殿を、必ず助ける!』


 通信越しに聞こえてきたのは、固い意志。


『隊長失格だ…アイン!』

『いや…あれでこそ隊長だって!』


 S2、3の”アキュリス”が落下していくS1と”リノセロス”を追い、背面のブースターを光らせる。



 ……リファルド殿…! 


 落下していく。

 アインはそう感じていた。

 ”アキュリス”の出力はすでに全開。

 ”リノセロス”の質量を支え切れるはずもない。

 

 ……あなたは、こんなところで死すべき人ではない!


 わかっている。

 アンカー切らなければ、自分も巻き添えになる。

 それでも、


「諦められるはず、ないだろ…!」


 あるべき自分を大切にせよ、と教えてくれたのはこの人だ。

 その師を見捨てることなどできない。

 だが、無情にも地表への激突までのリミットが迫る。

 あと30秒もない。


 ……地表への激突前に出力解放リミットアウトを使えば…


 ”アキュリス”には、一時的にもう1段階出力を上げるシステムがある。

 それを使えば、落着の衝撃を軽減できる可能性がある。

 だが、前にこれを使った後、機体の機構はほとんど焼き切れてしまった。

 使えば、最悪は免れても機体は動かなくなる。

 動けなくなれば地上にいる刃の人型に、成すすべなく斬り刻まれることは明白。

 しかし、その計算すら、アインになかった。

 リファルドを助ける。

 それだけに意識の全てを集中させていた。

 その時、


『――指示と同時に、落下速度を落としな!』


 声が来た。

 凛とした女性の声。

 同時に眼下に戦艦が滑り込んできたのを見る。


『”バクレッカ”…!?』


 ”東”の”北錠”の駆る、砲撃戦艦だ。

 300メートル級の巨大艦の甲板には、即席の衝撃吸収資材が山ほど積まれている。


『無茶です! 下手をすれば!』

『だから落下速度を落とせって言ってるんだよ! 聞こえなかったのかい!』


 その声に、アインは汗ばんだ顔に微笑を浮かべ、


『感謝します…!』

 

 迷わず出力解放リミットアウトを起動した。

 ”アキュリス”の背面ブースターが、先の倍近い光を吐き出す。

 真下に全開噴射。

 すると、落下速度が緩んでいく。

 徐々に、高度を示す数値の減りが緩やかになっていく。

 しかし、機体の熱量過多を示すアラートが鳴り響いた。

 

「耐えろ!」


 機体の肩、腕の関節が悲鳴を上げる。

 わずか数秒で、関節の部品が砕けていく。


「まだ、まだだ…!」


 背面ブースターの噴射口が、赤く溶け始める。

 冷却が追いつけなくなっていく。


「アキュリスッッ!」


 叫ぶ。

 だが、爆発の衝撃がアインを討つ。

 ”アキュリス”の背面ユニットが熱暴走による限界を示したのだ。   

 アインは、再び落下が始まる感覚を得て、――軽い衝撃と共にそれが止まるのを感じた。


『――やればできるさね』


 通信が聞こえ、そこで周囲を見る意識が戻る。

 自分のいる場所。

 ”バクレッカ”の甲板の上だ。

 ”リノセロス”は、衝撃吸収材の上にその巨体を沈めていた。

 そして、”機羅童子”とは違う、新型が自分を取り囲んでいるのに気づく。

  

『――怪我はねぇか。あんちゃん』

『――甲板に待機しといて正解だったな』


 ”南部槍撃隊”。

 ”バクレッカ”に搭乗している隊員の声。

 その腕部には衝撃吸収材が急ごしらえで巻かれている。

 ”リノセロス”と同様、自分もそれに救われたのだと気づく。

 

「感謝…します…」


 アインは全身から力を抜きそうになり、しかし、まだだと身体に気を込める。

 機体を動かそうとする。

 戦闘は継続しているからだ。

 だが、


「く…!」


 自分の”アキュリス”は、もう動かない。

 機体の機構の7割近くが焼け、機能を停止している。

 生きているのは通信と、センサーのみ。


『隊長! 無事か!?』


 声に反応し、上を見る。

 S2、3の”アキュリス”が再度集結しつつある機蟲竜に残弾を浴びせながら降下してくるのが見えた。


「すまない…、戦闘続行は困難だ」


 隊長が真っ先に戦線から離脱せざるを得ない。

 その状況に唇を噛む。


『全くだ、アイン。隊長としての自覚を持て。”アキュリス”は貴重な航空戦力なんだぞ』


 S2がそう言ってくる。

 だが、


『それでも、リファルド殿を救えたのは間違いない。感謝している』

「…すまない」

『謝るな。誇れ。そうでなければ俺達の隊長は務まらんぞ』

「ああ…」


 通信越しに、フッと笑みを浮かべる息遣いがある。

 

『聞こえるね。”西”の鳥共。こっちの目的はアンタ達の回収だ。長居はできない。ここから離脱するよ』

「待ってください。まだ、残された部隊が…!」


 アインが見るレーダー反応には、まだ敵に囲まれた状態で奮戦している味方の反応があった。 


『……その体たらくでどうやって助けに行く気だい?』

「彼らは、救援を待っています! 見捨てるには…!」

『だから、どうやって助けるってんだいっ!?』


 フォティアの一喝が響いた。


『いいか。アタシはあんた達を回収しに来たんだ。これ以上進めば全員共倒れになるんだよ。退路を確保してられる時間もそう長くないんだよ!』


 見ると”バクレッカ”の火器は全てがフル稼働し、近づく敵を押しとどめている。

 だが、屈指の火力と弾幕を誇る迎撃すら、敵の物量による猛攻の密度は上回ろうとしてる。

 時折見える小規模な爆発は、機蟲竜の機雷に取りつかれたものだ。

 質量があるゆえ、簡単には墜ちないが時間の問題だ。


「く…!」

『アイン。すまないが、北錠・フォティアの意見は正論だ。これ以上、私達が戦闘を継続することは不可能だ』

『撤退するしかねぇ、か…』


 艦の直衛に入っている2機からも同意の声があった。

 アインはそれ以上何も言えなかった。

 事実だ。

 もう残弾も尽きかけている。

 敵の戦力にも底が見えない。

 継戦はもはや困難。


『…納得したね。おい! バカ侍、あんたも――』


 そこまで言いかけて、突如奔った衝撃の余波に声が止まった。


「なにが起こった?」

『おいおい、まだ進むのかよ”東国武神”さんよ…!』


 艦の下、”武双”は再び前進を開始していた。 

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