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7-21:約束の果て ●

 ”西”の旗艦”シナイデル”はすでに安全圏に到達していた。

 リファルド達が包囲網に穴を開け、友軍の艦の多くが戦場からの離脱に成功している。

 だが、ブリッジ内は緊迫した状況にあった。


「アンジェ、もう、限界である…! これ以上システムを使えば、どのような影響があるかわからぬぞ!」


 ”王の宣誓”によって、ブリッジ内を満たしていた情報の山にノイズが入り始めていた。

 光の球体の中央に浮かぶアンジェの身体にも、異変が起こり始めている。

 血色が徐々に白くなりはじめ、冷や汗も尋常ではない。


「ま…だ、じゃ…。今、システムを切った、ら…」


 アンジェによってもたらされる戦場の情報は、リファルド達の行動にとって最大の補助となる。

 友軍の位置と退路を同時に、リアルタイムで表示し続けなければならない。

 通信シグナルが異なる、”東”と”西”の通信を繋ぐ役目も持つ。

 これが切れることは、リファルド達は、敵勢力の真ん中で完全に孤立することを意味する。


「システムを切るのである!」

「だめです。”王”は、艦のシステムにも干渉しています。こちらの操作は補助以外受け付けません!」

「むぅ…! 頑固者め!」


 先代の”王”も、これほど長く”王の宣誓”を使用したことはない。

 ゆえにアンジェの脳にどれほどの負荷がかかっているのか、予測すらできない。

 

「アンジェ! 撤退指示を出すのである…!」


 ”知将軍”の指示が意味すること。

 それは、残った友軍を見捨てる選択だった。

 全てを救おうとして、重要なものを失っては、何の意味もない。

 戦場を御してきた者の選択だ。

 しかし、


「大丈夫、だ。必ず…帰る。帰して、みせる…」


 アンジェの耳に、その声はもはや届いていなかった。

 うつろな表情にあるのは、ただリファルド達を助けるというその意思のみ。

 それだけがアンジェの思考を動かしていた。


「――”リノセロス”と”Sコード小隊”が的に包囲されつつあります!」

「――”東国武神”、”南部槍撃隊”も同様です!」


 戦線はもはや崩壊している。

 撤退どころを見失えば、取り返しがつかない。

 その時、


『――アタシが行く。バカ共を連れ帰る。だから、”王”様は寝てな!』


 威勢のいい女の声が飛んできた。



 ムソウとリファルドによる戦線への介入から、どれくらいの時間が過ぎたのか。

 誰もが、もはや時間を気にしてはいなかった。

 目の前の敵を押しのけ、友軍を救出し続けている。

 救われた部隊、間に合わなかった部隊。

 もはや数えられるものではない。

 それでも戦い、道を開く。

 だが、


『ちぃっ、弾切れだ! ちくしょう!』

『背中を合わせろ!』


 槍撃隊から聞こえ始めるそんな声。

 限界は、もはや秒読みだった。

 そして、空でも、 


『こいつら、うじゃうじゃ増えやがって…!』

『こちらS2。ライフル、レールガン残弾なし。近接射撃に切り替える』


 計測不能なほどに分裂した竜の群れを相手に、徐々に弾薬を削ぎ落されていた。

 そして、


『リファルド殿! これ以上は囮になられては危険です! 王の宣誓(ハルディン・ロワ)も停止しています!』


 ”アキュリス”から声があがる。

 ”リノセロス”は、機体全体から、煙とスパークを立ち昇らせている。

 弾薬の保有量が圧倒的に多いリノセロスは、その火力をもって竜を撃破し続け、注意を引いていた。

 Sコード小隊に攻撃を集中させず、なおかつ、撃破しやすくするための最善の対応だった。

 しかし、交戦によって、黒い竜に接触されることを繰り返し、蓄積されたダメージは、もはや無視できないレベルに達している。

 加えて、自分達を補助していた”王の宣誓”が停止している。

 戦場の全体像が見えなくなった。

 どれだけ敵が周囲に存在するのかわからなくなったのだ。


『あなた方は、もう、弾薬が尽きかけているはず…、ここは私が…!』


 通信越しに聞こえるリファルドの呼吸は荒い。

 疲弊と機体の損傷は明らかに度を越えている。


『くそっ! 俺達を見ろ! この機雷クソ共が!』


 S3が、頭部のチェーンガンを乱射し、竜に浴びせる。

 しかし、竜の群れは、未だに高い火力を持つリノセロスを追い回すことをやめない。

 そして、恐れていたことが起きた。

 細分化していた黒い霧が、1か所に集まり始めたのだ。

 10の赤い目を持つ、巨大な黒い竜が形成される。

 100メートルある”リノセロス”の全長をゆうに越えるその巨体は、長い胴体を霧散させ、壁のように広がる。

 ”リノセロス”の前に、回避不能の機雷の膜を張ったのだ。


『全機、敵の目を潰せ!』


 指示を終える前に、”アキュリス”3機が手持ちの火器を斉射する。

 敵を霧散させ、”リノセロス”の抜け道を作ろうとする。

 正確な射撃が赤い目を狙って潰していく。

 落とせたのは、

 

『6…か!』


 ”リノセロス”も、ミサイルを発射している。

 だが、やはり膜は破壊できない。


『くっ…!』


 ”リノセロス”が、戦闘形態に移行する。

 旋回性能を上げ、膜の前での回避を試みる。

 しかし、すでに疲弊と負傷で判断が遅れていた。

 ”リノセロス”は、機雷の中に飲み込まれた。

 

『リファルド殿ぉ!』


 ”アキュリス”から声が響くと同時。

 機雷の中で、おびただしい数の爆発が連鎖する。 



 機雷の中に飲み込まれたと同時に、爆発に襲われる。

 爆発による衝撃が、リファルドを滅多打ちにする。

 機体の損傷を示すアラートの増加が止まらない。

 左翼機能損失。

 ブースター沈黙。

 誘爆したミサイルと機関砲が、胴体を内側から破壊していく。

 コックピットまで爆発が届く。

 破片が身体のどこかに突き刺さる感覚があった。


「アン、ジェ…」


 薄れていく意識の中、リファルドは最愛の人の名を呼ぶ。

 

「すみませ、ん…。帰れそうに、な――」


 そこまで言いかけて、ふと不思議な感覚を得た。

 頬に何かが触れた。

 人の手を感じさせる温もりだった。


 ――約束じゃ――


 幻覚だったのかもしれない。

 だが、それによってリファルドは薄れかけた思考を引き戻すことができた。

 

 ――帰って来てくれ。命ある限り、必ずワシの元に…。必ず…――


 約束した。

 帰る、と。

 リファルドの手が動く。


挿絵(By みてみん)


 まだ生きている唯一の武装であるプラズマ砲を展開する。

 爆発によって翻弄される中、リファルドは究極の集中をもって狙いを定める。

 残った姿勢制御用のバーニアを小刻みに噴射し、機体を動かし、


「……ありがとう、アンジェ…」


 鳴り響くアラート。

 破損していくコックピット。

 だが、リファルドが見据えているのは、自分を食らおうとしている竜。

 その赤い目。

 薄れていく意識の中、トリガーを引く。

 それが、西の最高戦力、最後の一撃となった。



「‐‐切り離し。成功しました!」

 

 ”シナイデル”のブリッジ内で、報告が飛ぶ。

 浮遊していたアンジェの身体が、ゆっくりと床に落ちる。


「救護班!」

「精密検査を行わなければいかん。担架、急げ! 脳に損傷がないかを調べるぞ! バイタルの測定は移動しながらだ!」

「脈拍42。呼吸数が8。酸素濃度89%で低下しています!」


 救護兵が迅速に動き、アンジェが運び出されていく。


「知将軍も、早く治療を」


 そう言ってきた救護兵を、いや、と手で払い、身を起こす。


「すでに応急処置は済ませているのである。指揮に戻る」


 言っても聞かない、と判断した救護兵はそれ以上言わず、急変時にすぐに対応できるよう待機する。

 ウィズダムがブリッジの兵に指示を飛ばす。


「状況を知らせよ」

「”王の宣誓”、稼動を停止。本艦は通常形態に移行中」

「Sコード小隊、”最速騎士”との通信途絶。おそらく、あの人型の敵機は、破片となっても妨害電波を散布しているようです」

「砕けても、敵の目をつぶすのかよ」

「本艦はすでに戦線を離脱しました。敵勢力外に到達。残存艦も集結中。2キロ西方に、東の本隊がいます」

「…わが軍の被害状況は?」

「”西”は、戦力の64%を損失。内、所属不明勢力による被害は――46%」


 ウィズダムは、目を閉じ、思考する。

 そして、祈る。

 

 ……頼むのである。”北錠”の当主よ。若き命達を…。



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