7-20:”成すべきことを”【Ⅱ】
”ナスタチウム”の部屋の中で、ウィルは意識を取り戻す。
まどろみながら、身体の感覚を徐々に取り戻していく。
……ここは――
と、周囲を知覚しようとした直後、
「いっ! ああああああぁっ!?」
すさまじい激痛に襲われ、反射で身体がのけ反った。
目を見開き、転がり、勢いで寝台から落ちる。
落ちた衝撃すら、身体を貫く痛みとなる。
「が、ああ…」
すると、部屋の扉が開き、誰かが駆け込んでくる。
「おい! AI、麻酔が切れている! 急げ! ショック死するぞ!」
『わっと、ナスタチウムったら、うっかりどすえ』
壁からアームが出てくると、針のない注射をさっとウィルの尻にうちこんだ。
「別の意味で痛ってぇ!?」
『即効性抜群。痛みだけ和らげる未来性お注射”天にも昇っちゃう”です。おひとついかが?』
「いらん」
『残念。では、修理作業中ですので、いばらく御免いたしますどすえ』
やけにお上品で古風めいたAIの音声が引っ込む。
荒く息をする中、ウィルが床に手をつき、ゆっくりと顔をあげる。
「起きたか」
そこには、銀のセミロングの髪をした少年がいた。
髪が伸びているが、それがリバーセルだということはすぐにわかる。
「リバーセル、さん…? いったい、ここは…」
「落ち着いて聞け。俺たちは、この艦に収容されている。”両翼”の艦だ」
”両翼”と聞き、
「リヒルとシャッテンの…?」
見回すと、確かにここは艦の一室のようだった。
「俺、いったいどうなって…」
自分の身体を見ると、包帯とガーゼが巻きまくってある。
麻酔ありでも、わずかに痛みの余韻がある。
「休んでいろ。お前は、全身に重度の火傷を負っている。普通の奴なら死んでるレベルのな」
「じゃあ、俺、なんで生きてるんスか…?」
その問いに、リバーセルは、ウィルが火傷を負っている部分を指さす。
ウィルが、包帯に包まれた右腕を見ると、
「光ってる?」
包帯の隙間から、わずかではあるが光の粒子が漏れている。
「お前の体内にあるナノマシンが治癒しているんだ。完全に治るかはわからん。痕が残るかもしれんが、死ぬことはない」
「俺のナノマシン…?」
「そうだ。イヴ――、いやアウニールのものがまだお前の身体に残っているんだ」
「どういうことッスか…?」
無理もないか、とリバーセルは近くの椅子に腰掛け、言葉を続ける。
「俺とアウニールの体内にはナノマシンがあることは聞いたな」
ウィルが頷く。
「ナノマシンには、さまざまな効果がある。身体能力の強化、機械への同調、寿命の延長、そして人体が負った傷の急速治癒だ。保有しているナノマシンの種類が多いほど、これはより発揮されやすい」
「じゃあ。これって…アウニールのナノマシンが?」
「そうだ。俺の場合、傷の治癒のためにナノマシンと細胞を急速に消費するんでな。髪が伸びているのはそのせいだ」
「リバーセルさんみたいにパッと治ったらいいのに…」
「言っただろう。ナノマシンは、消費されてなくなっていく。お前の体内に残っているのもあと僅かだ。おそらく、その治癒が終われば、ほぼ使い切る。次に重症になれば、次こそ死ぬぞ」
言われ、ウィルはふと思い出す。
あの白い世界で、”ライネ”に言われた言葉だ。
”分け与えられたのはほんのわずかな欠片。無数の中の1つ。それは時間が経つほど薄れ、いずれ消えてしまうほどにかすかなものに過ぎない”
アウニールに分け与えれた”力”。
また救われたのだ。
「じゃあ、アウニールもナノマシンを使い切ったら…」
その言葉にリバーセルは、目を閉じ、首を横に振る。
「あいつのナノマシンは底を突かない。俺と違って、あいつは自分の体内で半永久的にナノマシンを作り続ける。そうなってしまったんだ」
ナノマシンという、未知の要素。
”そのおかげで君は、この世界で唯一、彼女に会う資格を持っている。眠り続ける彼女に語り掛けることができる”
ウィルは、光る拳を握りしめる。
「ごめんなさい…。俺、アウニールを…イヴさんを助けられなかった」
「イヴは、もう死んだんだ。俺は、もう諦めがついている」
「彼女は、死ねてないんです」
「どういうことだ」
ウィルは、少し間を置き、言葉を繋ぐ。
「…俺、アウニールの過去を見た。そこには、リバーセルさんもいた」
「まさか、記憶か…?」
「たぶん、そうだと思う。そこで、航空艦の事故に巻き込まれて…」
そう言ったとき、リバーセルは椅子から勢いよく立ち上がる。
「…あの事故だ。間違いない…」
「俺は、イヴさんになっていてそれを体感した。つまり、――焼かれたんス」
生きながら焼かれるあの感覚。
いまだに忘れられない痛みがある。
「あの時のまま、イヴさんの意識は留まっている。死んでいるのに、でも消えることができず」
「そう、か…」
不死のナノマシン。
それを起動させているのは、”死”を拒絶する強い”生”への執着。
生きながらに死を知るアウニールだけが、それを稼働させる世界で唯一の存在であることを理解する。
「会ったのか、イヴに…」
「イヴさん、というより強い”死”の思念というか、そんな感じがしたッス」
しばらくの沈黙が流れた。
相応に考えることがあったのだ。
先に口を開いたのは、リバーセルだった。
「…ウィル…イヴを、助けてやれないか…。今度こそ、あいつを眠らせてやりたい…」
目を閉じ、呟くリバーセルの声音は弱かった。
”イヴ”という存在を守ろうと、信じてここまで来た自分を否定したのだ。
「俺は、もう一度、彼女に会いに行きます…。誰がなんと言おうと。彼女達にあって、イヴさんを眠らせて、アウニールを連れて帰る」
そう言って。ウィルは光る自分の手を見つめる。
……まだ自分に彼女に会える権利が残っている内に。
リバーセルが、顔をあげ、ふと尋ねてきた。
「ウィル…、どうしてお前は、アウニールにそこまで関わろうとする…。あいつに関わったことで、負った傷は1つや2つではないだろう」
「確かに…殴られたのは100回以上…あ、いや、忘れたッス」
ブンブン、首を横に振り、はは、とウィルは笑顔を見せた。
「まあ、いろいろあって思ったんス。アウニールのこと、大好きだって」
「確かにな。あいつは、かわいいからな。村でも人気だった」
「やっぱり。好みドストライクだったんスよ」
「スタイルもいいしな」
「それ大事ッス」
「控えめに見えて、妙に気が強い」
「そんな意外性がいい」
「そして甘えん坊だ」
「あれだけで許せちゃう」
暗い部屋の中に、ふと笑いが生まれる。
そして、
「――ありがとう」
そうリバーセルが告げてきた。
「え?」
「妹を…、生まれ変わった家族を、想ってくれるお前に感謝しているんだ」
「諦めないッス。必ず彼女を――」