表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/268

2-6:箱から目覚める”金銀メッシュ”【Ⅱ】

「さて、この種撒いとかないと・・・」


 ウィルは、懐のポケットから、ユズカに渡されていた”イルネア”の種を取り出した。

 周囲を見渡し、


「えっと、土は・・・って土が見当たらないッスね」


 この天然の空洞の内部は、ほぼ岩だけで構成されている。見渡す限り、種を撒けるような場所など見当たらない。


「まさか、岩の上に撒けってわけでもないッスよね?」

「・・・俺に聞くな」


 といいつつエクスも周囲を見渡しているが、やはりそれらしき場所は見つけられない。


「まいったな・・・」


 すると、アウニールが口を開いた。


「・・・この下にならあるかもしれません」


 そう言って示したのは、”棺”の下。よく見ると、土壌が少し見えている。


「確かにな・・・だが、これを動かせるとは思えんがな」


 エクスが、”棺”をさわり、重量を確認する。

 黒光りするその物体は、正直、見た目にたがわない重さがあるようだ。


「押せば、何とかなるんじゃないッスか?」


 数センチ動かせれば、それだけでいいのだ。

 さっそくウィルは、”棺”の側面に身体を押し付け、 


「ふんぬおおおおおおッ!!!」


 と気合と渾身の力をこめる。

 肩で押したり、背中で押したり、体重をかけて両腕で押したり。

 しかし、結果はすぐに明らかになる。


「だはぁっ・・・!ダメだ、ちっとも動かない・・・」


 そう言って、ウィルが崩れ落ちた。

 普段、荷物の運搬で(こき使われ)それなりに力もあろうというウィルでも、ビクともしない。

 なら、動かすことはできないだろう、とエクスは結論づけるが、


「・・・私がやります」


 この場で最も適任でないと思われていたアウニールが口を開いた。


「・・・無理をするな」


 エクスの声を無視して、少女は”棺”の前に立つ。

 アウニールは、一般的な女性と比較しても非常に細身で、さわれば折れてしまいそうな程に華奢だ。そんな彼女にこの重量物を動かせるとはとても・・・


「おおッ!」 「なんだと・・・!?」


 1人はすげぇ、と感嘆し、1人は目の前で起こったことに目を疑う。

 アウニールが、”棺”を動かして見せたのだ。しかも、両手でいともたやすく持ち上げたのである。

 そして、彼女は先ほどまで自分の寝床だったそれを・・・高々と放り投げた。

 ”棺”が放物線を描いて落下する。巨大な土煙があがり、地面から伝わった振動を全員が感じた。


「・・・これで大丈夫ですか?」


 アウニールには、体の震えどころか、息の乱れすらない。さもできて当然、とでも言うかのように。


「おお!ありがとうッス。さあ、種植えますか」


 とりあえずウィルは、ラッキー、程度にしか考えてなかった


「ウィル、現実を見ろ。あの体のどこからあれほどの怪力が出てくるのか考えろ」


 人間では到底考えられない怪力。

 それは華奢な少女には、似つかわしくないどころではない。人として不自然ともいえる力だ。


「と、言われましても、私としては、たぶんできる、という程度のことしか考えてませんでしたので・・・」


 アウニールは首をかしげていた。

 自分にできて当たり前のことを、人は不思議に思うことはない。逆に他者にとって疑問であることが、疑問であるように。

 しかし、エクスがそれで納得できるはずはなかった。


 ・・・こいつは一体なんなんだ?


 それほどに目の前の少女は、異質な存在だった。


「とにかく、種撒くッスよ」


 そういいながら、ウィルは、姿を現した土の前にしゃがんだ。

 袋から、種を取り出す。


「・・・種は割と普通ッスね」


 1センチ程度の黒い、楕円の種。これが、あの光る花”イルネア”を咲かせるとは想像がつかないが。

 とりあえず、豆まきの要領で適当に撒こうとしたが、


「・・・待ってください」


 アウニールがそれを制した。


「私にも、やらせてもらえませんか?」


 そう言って、ウィルの隣にやってくると、その場にスッとしゃがんだ。

 金色の髪の毛の先が、地面につき、土に汚れる。しかし、少女はそれをかまわなかった。


「はい、これッス」


 ウィルの手から、アウニールの白い手の中に数粒の種がわたる。

 アウニールは片手で、地面を軽く掘り返した。

 地上とは違う。この場所の土は、細かな鉱石を含んでいる。

 非常に細かい、人の目には映らない微々たるほどであるが、それはすくいあげた土を淡くきらめかせた。

 そこに一粒の種を落とす。

 そして、土を戻してかぶせた。

 その過程を繰り返し行うことで、等間隔に植えられていく種。

 たいしてウィルの手は、完全に止まっていた。その視線は、アウニールの横顔を見つめていた。

 彼女が種を植える様子が、非常に印象的で、見とれていたのかもしれない。

 小さな、とても小さな種。

 どれほど小さくても、それは命を芽吹かせる。

 土とは”花”にとって、生まれいづる場所。そして生き続けていく場所。

 咲き乱れ、枯れ果てるまで。

 アウニールという少女は、”想い”をこめているのだろうか。

 表情は変わらない。相変わらずの無表情だった。

 しかし、降りそそぐ青い、清らかな光に照らされ、その姿は光の粒子に包まれていて・・・


 ・・・すごい、きれいだ・・・


 ウィルは、自分の顔が熱を帯びていることに気づかずにいた。

 ”棺”の少女の、金銀の長髪が、風もなく揺れ、光の反射をまとい輝いていた。

 人、というにはあまりに、美しすぎた。

 しかし、そう遠くない場所に、手の届く場所に、その存在は確かにあった。

 


 このとき、2人は気づいていなかった。

 暗かった、というのもあるが。

 空洞の奥に、まだ先があったことを。

 そこにはもう1つ、空から落ちてきた巨大な鉄の”棺”があった。

 内包するのは、新たな可能性たる巨大な人型。

 眠り続けるそれ(・・)は、静かに目覚めの時を待つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ