7-18:帰る”場所”へ
救出を繰り返し、自分達以外を退却させながら、”武双”と”リノセロス”は進む。
真紅の怪鳥が、上空から爆撃の雨を降らせる。
『まとめて…!』
地上を進む巨大な武者は、その大太刀を振るい前方の魍魎を衝撃波で吹き飛ばす。
『消し飛べ!』
2機の進軍は、味方からすればまさに破竹の勢いであった。
初撃から圧倒的ともいえる戦闘力をもって敵の群れを蹂躙していく。
元々、大部隊との戦闘を想定してつくられた機体だからこそともいえるが、ただ武装を闇雲に振り回しているわけではない。
”武双”は消し飛ばすと同時に前進するが、後方にいる敵がそれを取り囲まんと動く。
そこに”リノセロス”がミサイルの雨を降らせる。
『いいね! 背中の心配がなくてよ!』
『周囲は任せてください!』
退路の確保と進軍を同時に行いながら、味方の部隊を救出している。
加えて敵の群れは”リノセロス”に対抗できるだけの対空装備を持たない。
杭形態になって上空から飛来するものもあるが、追尾性能があるわけではない。
”リノセロス”が回避するのはわけない。
『蟲みたいだな。叩き潰すぞ!』
ムソウが、楽しげに叫ぶが、やはり敵の数は圧倒的と言えた。
敵の群れのターゲットを一手に引き受ける”武双”の装甲には徐々に傷が目立ち始めている。
『ムソウ殿! 無茶は…!』
『してねょ。できる程度しかな!』
”砲断撃”が放たれる。
前方が扇状に薙ぎ払われ、地が露出する。
その時、前方から杭形態の敵が飛来してきた。
けっ、と何度も繰り返した迎撃を行おうとする。
だが、”武双”の右腕の反応が一瞬鈍る。
『!? ちぃっ…!』
コンソールを見ると”同調中”の文字が浮かんでいる。
……使用過多か…!
仕方ねぇ、と左腕部を上げる。
いざというときに動かせる左腕を引き換えにしようと、瞬時に判断。
だが、その直前、突然飛来してきた別の一閃が、黒い杭を弾き飛ばした。
『よう、元気だったかよ。ランケア』
『ムソウさん、ですか!』
一閃を放ったのは、”槍塵”。
そして、
『――おいおい。スズ様じゃないのかよー』
『――俺は、戦乙女な凛々しいスズ様の荒い息遣いを聞きたかったのに…』
『――戦場の野郎比率をこれ以上上げられては窒息してしまうぞ! 誰か酸素をー!』
槍撃隊もとい変態共も一緒だった。誰も欠けていない。
悪態を突きながら、ランケアの周囲をガードしている。
加えて、
『うーむ、良くないなこの場所は。美しくない。敵の隊列もごちゃごちゃで、なんというか我慢ならん! 鳥肌が立つ! 私が嫌いなものを知っているな副官!』
『は。それは知性なき蟲の類にございます』
『その通り。やはりお前は優秀だ。たくさんの足とか、列を乱してカサカサウジャウジャと。勘弁ならん! 撃てぃっ!』
右肩から先が欠損した白銀の機体が、サーベルを指揮棒のように振るうと周囲の部隊機が一斉に周辺へ武装を斉射する。
かなりの練度をもった統率性を見て、ムソウは部隊の正体に勘付く。
『おい、リファルド。こいつらが、”地の稲妻”ってか?』
『そうです。リッター=アドルフ氏の率いる、”西国”でも最高クラスの部隊。生き残っていたのはさすがです』
その言葉に、む、と声を漏らすのは今まさにご指摘を受けた”エーデルグレイス”だ。
『おぉ、これがかの噂に聞く戦神”武双”か。実に美しいフォルム。私の半身には及ばぬがな』
そういって、”エーデルグレイス”が”武双”の周囲を値踏みするように歩き回る。
消耗しているとはいえ、この戦場で最も練度のある精鋭たちが合流したことで、一時的とはいえムソウの負担が軽減される。
ぶつくさ言う槍撃隊。
機械のごとき統率を見せる稲妻部隊。
それによって周囲が完全にガードされる。
『ムソウさん! スズさんは、無事ですか!?』
”槍塵”が駆け寄ってくる。
『ああ。ちと怪我してたが、死にはしねぇよ。”カヤリグサ”に収容されたってのも聞いてる』
ランケアが安堵する息が聞こえた。
そうしている間に”武双”の右腕が回復。”砲断刀”を持ち上げ、肩に置く。
『俺様はこのまま進んで、残りの連中を助けに行く。ランケア、お前らは部隊を連れて退け』
『いや、ボクも一緒に戦います!』
『…その様でか?』
”槍塵”はもう限界が近いのが目に見えていた。
各部の装甲脱落と、メインセンサーにもノイズが入っている。
加えて、機体の関節も消耗が激しく、動くたびにわずかだが火花が散っている。
ランケアの操作に応えた最大機動の代償と言える。
機体の消耗を抑えて戦う技術は、今のランケアに備わっていない。
『悪いが、足手まといを抱えるのはお断りだ』
ムソウはあえて突き放すように言った。
諭してもランケアが聞かないのはわかっているからだ。
『でも…!』
しかし、ランケアもムソウの内心は理解していた。
いかにムソウといえど、この状況で生きて帰れる保証などない。
『お前の部隊を見ろ。全員軽口たたいているが、限界だぜありゃ。残弾だって乏しいだろうが』
適格な指摘だった。
槍撃隊の武装は、もうすぐ使い物にならなくなる。
下手な援護の継続は、むしろ重荷になる。
ランケアは、それを見落としていた。自らの未熟を感じ、二の句を繋げなくなる。
すると、
『――退くことも、また美しさだ。ランケア少年』
”槍塵”の後方から、足を縦に揃えモデル立ちをしている”エーデルグレイス”が声をかける。
『リッターさん…、僕は…』
何かを言おうとしたランケアを、手を上げることで制したリッターはムソウへと視線を向ける。
『東国武神。そなた…死ぬ気ではないな?』
『ちげぇよ。なに勘違いしてんだ』
『ふ。ならばよい。自ら喜び死地へ飛び込むなど狂人のすることよ』
『なら、単独で本陣奇襲ねらってあんたは狂人ってか?』
『何を言う。狙いすまし、投げ放たれた白銀の刃は華麗であろう。これぞまさに一点に集約された美! 素晴らしき作戦に私は、喜び、心震えたものよ!』
『ふつうビビッて震えが止まんねぇはずだがな』
『何を言っているのかわからんな。美しい私が死ぬわけないであろう』
よくわからない理屈に、あーそうかい、とそっけなく返した。
”武双”が前に出る。
『休憩時間のご提供ありがとよ。おかげで万全だ』
『…行くのか。戦神よ』
『ああ』
『それがそなたの”美”か』
『あんたがそう感じるならそうなんだろうよ』
”エーデルグレイス”が、進んでいく”武双”の背を見つめる。
そして”槍塵”に告げる。
『行くぞ、ランケア少年。これ以上は足を引く。戦士の生き様を阻害するような醜さは見せるべきではないぞ』
”槍塵”はしばらく動かなかった。
何かこの場にいる理由を探そうとして、しかし何も言えずにいるのだ。
ムソウが告げる。
『さっさと帰りな。スズの顔を一番に見る役、譲ってやるよ』
『…ムソウさん!』
ランケアが、声をあげる。
『待っています! 僕達は、あなたを待っています! だから…、必ず!』
ああ、とそっけなく返し、”砲断刀”を振るう。
衝撃波が敵を吹き飛ばし、更地の一部に変える。
●
ランケア達が下がったのを確認してから、ムソウは笑みを浮かべた。
コックピットの中で、感謝する。
……ありがとよ。
自分は帰っていいのだ。
かつて”長”を、親友を、その娘の父を見捨て生き残ってしまった。
そんな自分を迎えてくれるところがある。
……帰ってやるよ。バカ野郎共が。
帰って、また酒でも飲むか、と。
だが、突然入った通信によってその意識を遮られた。
『――蟲が…! 蟲の――竜…ぁっ! がああああ―――』
悲鳴だった。
その通信とノイズを最後に、シグナルが消える。
『ムソウ殿! あれは…!』
リファルドの声によって前方のはるか先を見る。
「確かに――”蟲の竜”だな。おい」
見据える先、突然発生していたそれは竜の形をしていた。
赤く発光する3つの目を持つ、巨大な黒い霧の大蛇。
地から生え、上から貪り食うように生き残りの部隊を襲っている。
「うっとおしいなぁ、まったくよ!」
”リノセロス”と”武双”が、再び前進を開始する。