7-16:”東国武神”【Ⅳ】 ●
”東”の旗印たる守護戦機”武双”。
”西雀家”の先々代当主である西雀・シェブングによって建造された最高傑作。
すでに旧式など通り越した年月を動き続けてなお、その存在は戦場において圧倒的な存在感を放つ。
多くの戦場を奔り、刃を振るい、乗り手と”東”の意思を刻み続けてきたのだ。
「…いくぜ、相棒よぉ」
暗いコックピットに乗り込んだムソウは、シートに腰を落とす。
周囲にある邪魔な破片を払いのけ、左手の指で半壊したコンソールを叩く。
まだ動く。
十分すぎるほどに。
「さすが妖怪じじいの最高傑作ってことだな」
通常の機体ならコックピットが半壊すれば、機体のシステムの立て直しも難しいものだ。
しかし、”武双”は違う。
細分化されたシステムによって、損傷した箇所がすぐさま別のプログラムを構築し、穴を埋めている。
一時的に停止していた機能はもう通常の状態にまで回復している。
ハッチが閉じる。
一瞬の暗がり。その数秒後に、全周囲モニターが起動する。
右目部分のセンサーを失っているにも関わらず、モニターの乱れは修正されている。
視界はクリアだ。
「立ちな、”武双”…!」
ムソウは、フットペダルと左の操縦桿を引く。
操作に応え、”武双”の脚部に力が戻る。
かぶった土が振動によってふるい落とされ、左目のセンサーに強い光が灯る。
その駆動音には、軋みがある。
損傷範囲は決して軽視できない。
だがそれでも立ち上がる。
「気合入れろぉっ!」
最強の武者の叫びに応え、踏みしめる足底で台地を砕く。
直立した”武双”の中で、ムソウはさらなる操作を始める。
懐に掌におさまる大きさのデータディスクを、プログラムにインストールする。
登録まで必要な時間が表示される。
「1分。意外に長ぇなじじい。さすがに腕訛ったかよ…」
『――ムソウ殿!?』
ぼやくと同時に、周辺を守備隊機が声をあげる。
視線を上げると、杭形態になって飛来してきた敵機がすさまじい速度で飛んでくる。
弾幕と爆撃を抜けた奴だった。
軌道は、コックピットへの直撃コース。
「あぁん?」
金属が擦れる甲高い音が響いた。
●
隊員機が声をあげた。
『なんと…!?』
”武双”は、左手で飛来してきた杭を真っ向から掴んで止めていた。
『邪魔くせぇんだよ』
杭を地にたたきつける。
勢いを削がれた杭は、再び人型に変形しようとするが、その途中で”武双”に踏みつぶされる。
粉々に砕けたそれを一瞥し、けっ、と見下ろし、右腕を回した。
そう、右腕をだ。
『”武双”が右腕を動かしている…?』
『どうなってるんだ?』
ムソウは、右腕を失っていたはずだ。
それだというのに、機体の右腕が動いている。
疑問の声が上がる中で、戦場に更なる動きがある。
『後方からなんか来るぞ! 全員避けろ!』
”西”の隊員機が叫び、一斉に退避。
防衛の穴ができたといわんばかりに周囲の敵がそこに雪崩れこもうとする。
だが、その後方から何かが来た。
巨大な質量を持つそれは、軸線上の敵を砕き散らしながら地上すれすれを飛来する。
『”砲断刀”…!?』
後方に置いてきたはずの”武双”の専用兵装だ。
柄と峰部分に搭載されたブースターで飛んできたのだ。
だが、
『――逆噴射してないぞ…!』
すさまじい速度で飛来して来たそれは、加速していた。
加速力相殺のためのブースターが破損している。
あれでは止まれない。
”武双”の脇を抜ける、と誰もが思った瞬間、
『へっ!』
鎧武者の右腕が、柄を捉えて見せた。
速度に引っ張られそうになり、数歩前に歩き、踏み込む。
右脚が1歩。
左脚が1歩。
右脚をさらに1歩出す、いや――さらに踏み込んだ。
『斬り飛ばすぜぇえっ!』
ムソウが叫び、応えるように”武双”の口元の装甲が展開。
出力解放。
”砲断刀”のブースターは、光をさらに強める。
その速度は、もはやでたらめではない。
”武双”の制御によって、力の流れを作っている。
回転から瞬間で充填。そして、
『”砲断撃”ッ!!』
振りぬかれた。
”機羅童子”から声があがる。
『耐衝撃体勢をとれぇ!』
直後、大気が震えた。
不可視の衝撃波が地を奔る。
地面がめくれ上がり剥がされたそれは数多の岩塊と化し、津波のごとく舞い上がる。
飲み込まれた敵がまるで紙屑のように砕けて破片と化して宙に散っていく。
『久しぶりに見たぜ…』
反動で来た衝撃に対して、姿勢を低く耐えていた”アルフェンバイン”が声を漏らす。
数秒の衝撃破の後、余波が消失する。
視界が開けていた。
一切合財を塵に変えた暴風が、視界を埋めていた黒い軍勢を消し飛ばしたのだ。
範囲にして、180度の前方数キロに展開していた敵が瞬時に消滅したのである。
『ッハァ! 味方消し飛ばすわけにはいかねぇからよ、加減してやったぜ。感謝しな!』
”砲断刀”を地に突き刺し、ムソウが高笑いを上げる。
『『『うおおおおおおっ!』』』
その場を守っていた各機から歓声が上がる。
排熱の陽炎は、まるで怪物の目覚めのごとく。
今、”東国武神”の圧倒的な力が戦場に戻ったのだ。
●
……いい調子じゃねぇか。
黒い破片が降ってくる光景を前に、ムソウは口の端を釣り上げる。
新たに更新されたOSの一部に項目が追加されている。
”仮想義肢OS”
シェブングが開発していたものだ。
以前、スズ達との仮想演習でも使用し、”武双”を動かしている。
失われた四肢のデータを機体に覚えさせることで連動した動きをプログラムが実行する。
ムソウの場合は、右腕がそれにあたる。
おかげで全盛期に近い”砲断撃”を放つことができた。
「よく覚えてるじゃねぇか”武双”よ」
だが、欠点もある。
プログラムが実行できるのは、あくまでこれまで行ってきた動作のみ。
そして、そのデータが長く記録された機体でなければならない。
戦場を歩き続けた”武双”と2世代にわたった”東国武神”によって蓄積された戦いの記憶。
それがあってこそ、このシステムの性能を最大限に発揮できる。
いける、とムソウは確信する。
全盛期とまではいかないが、この場で戦うには十分だと。
『――ムソウ殿、調子は万全ですか?』
上空に待機していた”リノセロス”から通信が来る。
ムソウは凶悪ともいえる笑みを浮かべ、応じた。
「ああ。行くとするか。”最速騎士”と”東国武神”…初の共闘ってこった」
『ええ、行きましょう。かつての間違いはあろうと、今はただ全ての人のために…!』
身を乗り出し、”武双”と”リノセロス”が前進を開始する。
後悔も、悲しみも越えて、皆に新しき道を示すために。