7-16:”東国武神”【Ⅲ】
『誰でもいい、スズ様の安否を確認しろぉっ!』
”武双”に追従していた10機近い”機羅童子”の部隊の1機が声をあげる。
沈黙し、片膝をついた”武双”の周囲を囲み、飛びかかってくる刃の人型を迎撃する。
近づけば斬り伏せ、時として”芝辻”を発砲する。
『スズ様! 応答してください! この場から撤退を!』
隊員が通信を飛ばしているが、返答はなかった。
コックピットに突き刺さった杭はそのままになっている。
『――くそ、悪い、後はたの――』
刃の人型数機に斬りかかられた”機羅童子”が1機沈んだ。
敵陣に斬りこんでいる状況。
もう少しで敵の包囲が完了してしまう。
その結果が何を招くのか、この場の誰もが理解していた。
全滅、という言葉。
しかし、誰もが自分達の長を見捨てて逃げることは考えていない。
その時、
『――おい! 何やってんだ!?』
別方向からの射撃が来た。
近くにいた”西”の”アルフェンバイン”部隊が”武双”に気付き、合流を図ってきたのだ。
『そのデカいのを守ってたら、共倒れだろ!?』
『我らに”長”を見捨てろというのか…!』
『お前らが死んでも同じことだろうが! 戦場で動けなくなったらどうしようもねぇ! そんなに”長”にすがりたいかよ!?』
言う間に、互いの背後にいた敵を射撃で落とす。
”機羅童子”が残弾の尽きた”芝辻”を捨て、両手に刀を抜き放つ。
『なら…貴様らは行け。スズ様の厚意を無駄にするな…!』
『…正気かよ』
『狂ってなどいない…。我らが守るのは、”長”であり、そして”東雲・スズ”という1人の少女だ。先代の意思を継ぎ、我らに道を示すために己の存在を賭してきた子だ』
”機羅童子”は、飛来した杭を真っ向から斬り払う。
『子供たちが逃げずに戦っているのだ! 大人が逃げてどうする…!』
『だが…』
『子は未来の宝。それが”東”の教え。これから未来を紡いでいく存在を守れずして、何を守る!』
未来…、と”アルフェンバイン”の部隊長がつぶやく。
背後で援護射撃をしていた隊員が声をかけてくる。
『隊長、撤退しますか…。今なら”武双”の背後の敵フォーメーションが手薄です』
そう。逃げるなら今しかない。
皆、わかっている。
だが、
『…お前らは行け』
部隊長の”アルフェンバイン”が、ライフルのカートリッジを交換する。
『隊長、なにを…』
『自分のすべきことに迷うなってのは、親父の遺言だ。だからよ…俺は、”東”の姫様がなんとかなるまで、ここでナイトの真似事をするって決めた。バカなことにな。だから、俺にかまわず、己が判断で行動しろ。――隊長失格で悪いがな』
数秒の沈黙と、隊員がそれぞれ顔を合わせ、一斉に了解と応じ――”機羅童子”の援護を始める。
誰も逃げようとしない。
『お前ら…』
『隊長。我々は撤退という言葉の意味は理解しています。ですが、仲間を見捨てろ、とは教えられていません』
『私もです。それにこの状況だと、孤立したら真っ先にスライスだ。我慢のしどころってやつでしょうよ』
『レディを大切にってのが我が家の家訓でしてね。隊長みたいに不器用なモテる男になりたいもんですわ』
『…後悔するんじゃないぞ!』
”アルフェンバイン”と”機羅童子”が並び立ち、”武双”を守護する。
状況は悪い。
だが、
『感謝する…』
『そっちの姫さんがこなきゃ、俺らはとっくに切り刻まれてた。なら、数分伸びた命、使ってやるよ…!』
射撃と近接戦闘が繰り返され、徐々に敵の包囲を押し返し始める。
だが、それでも手数は足りない。
スズの安否を確認する余裕は生みだせない。
……もうひと押し、あれば…。
その時、
『――お前ら、気合入ってるじゃねぇか!』
全機の通信にその声は割り込み、響いた。
同時、自分達を取り囲んでいた敵が一斉に爆撃され、砕け散り、敵ラインが後退する。
『この声は…!』『おいおい、マジかよ! 最高の援軍じゃねぇか!』
”東””西”が上げるのは笑みを交えた声。
見上げる先に、爆撃の主はいた。
巨大な翼を広げた真紅の怪鳥。
”最速騎士”専用の航空戦闘機――”リノセロス”。
”西”における最高戦力だ。
そして、そこから1つの影が飛び降りた。
人だ。
100メートル以上ある高さから、飛び降りてきたその人物は、納刀された刀の鞘を噛みしめていた。
●
”リノセロス”から出て、外部装甲に手をかけているムソウは、眼下にある光景を目にする。
動かなくなった”武双”の周囲を、”機羅童子”と”アルフェンバイン”が囲っている。
『ムソウ殿、今、高度を下げます。それから降下を――』
「いや、ここでいいぜ」
『いえ、でもこの高さでは…』
「いいっていいって。ちょっと待ってな」
それだけ言って、ムソウは装甲をつかんでいた左手の力を抜いた。
『な、ムソウ殿!?』
重力に従い、落ちていく。
高度100メートル以上。
人間が落ちて助かる高さではない。
その中で、ムソウはすでに動いている。
最後の刀の口元に持って、鞘に噛みつく。
顎にあらん限りに力を込める。鞘に亀裂が入るほどに。
……行くぜ。イスズ…!
地面まで、あと10メートル。
その瞬間を見切り、身体を回転させ、抜刀する。
神速の抜刀が爆発的な衝撃波を生む。
”砲閃抜刀”
砲撃と見まがう威力を持ったその一撃が地面へと衝突し、小型の陥没を生じさせる。
ムソウの身体に反射した衝撃が来た。
一瞬の浮遊感覚の後、落下の速度が緩む。
着地と同時に、身体を転がし、受け身を持って最後の衝撃を完全に外へと逃がす。
無傷。
ゆっくりと身を起こした隻眼隻腕の侍は、かつての愛機の傍らに立っていた。
『ムソウ殿! 無事ですか?』
「見ての通りってことよ」
そう言って、ムソウは刀身が砕け、柄だけになった刀を放り捨てる。
足早に”武双”の装甲を駆け上がっていく。
●
スズは、暗闇の中で意識を取り戻した。
「どこ…」
一瞬前にあった事が思い出せない。
身体を動かそうとして、瞬間痛みが奔った。
何が、と自分の状況を知ろうとして、ふと太ももの上に何かが滴っているのを感じる。
「なに…?」
触れる。
やけに温かい、それは――血。
気づく。
見えない。
右目が、暗い。
どうして、と自身で触れようとして、途端に身体が震えだす。
「怖い…、いやだ。出してよ…」
もがこうとして、足にも痛烈な痛みが奔った。
コックピット内の部品が一部砕け、それが身体の各所に突き刺さっていたのだ
スズは、目を見開き助けを求めた。
「痛いよ…、助け、て…」
幼い日、暗い森に迷い込んだ時があった。
出口を求めて彷徨い、足が血だらけになるまで歩いた。
知らず知らず奥へと迷い込み、恐怖で縮んで動けなくなった。
周囲から聞こえるさまざまな音。
獣の鳴き声。
火を炊く術すら知らない。
まるで周囲の環境全てが、怪物になったかのような錯覚。
「いやだ。いやだ、いやだぁ…」
スズは、手を伸ばす。
貫通した正面装甲の隙間から漏れるかすかな光に。
あそこまで行きたい。
「誰か…」
その時、突如として光が差し込んだ。
コックピットハッチが開放されたのだ。
「――よぉ、どうした泣き虫」
コックピットの入り口に立ったその人影。
それが発した声に、スズは無意識に安堵する。
「ムソウ…。ムソウ…!」
スズにとって大きすぎる存在がそこにはいた。
●
「待ってろ。今出してやるよ」
そういうと、ムソウは身体をスズの前へと滑り込ませる。
暗い中でスズの身体の各所の状態を触って確かめる。
足、腰、腹、胸、腕、顔。
破片が各所に刺さっている。
出血は確かに多い。
だが、
「運がいい」
幸運にも、致命的な個所はなく、骨にも異常がない。
唯一気がかりなのは、右目を破片が切っている。
おそらく、視力が失われている。
それだけは、もう諦めるしかない。
それでも、生きている。
「ゆっくりと動かすぞ。腕をしっかり俺様の首にまわせ」
ムソウは、スズの正面から自身の身体を密着させ、左手を小さな背に回す。
スズは両腕を、ムソウの首にまわし縋りつき、泣きそうな声を発していた。
「怖かった…。怖かったよぉ…」
「大丈夫だ。泣くんじゃねぇよ」
適当に足をかけ、スズの身体を引っ張り上げる。
血が滴る。
より明るいところに出ると、スズの顔色はかなりの青白い。
『ムソウ様! スズ様は!?』
近くに、”機羅童子”が1機寄ってくる。
”武双”を守っていた部隊長だ。
”リノセロス”の爆撃による援護によって、一時的に敵への対応に余裕ができているのだ。
「よく長を守った。感謝するぜ」
『いえ。当然のことです。スズ様の容体は?』
「良くはねぇ。だから、早いとこ後方に連れ帰ってくれ。頼む」
『では、こちらに!』
”機羅童子”が手を差し出してくる。
ムソウはそこに乗り移り、スズの身体をそっと降ろそうとする。
だが、スズは必死にムソウにしがみついて放そうとしない。
「いやだ…、ムソウ、行かないで…!」
そんなスズを、ムソウはそっと抱き寄せた。
胸の内におさまるほどに小さい彼女に静かな声でそっと呟く。
「安心しろ。帰る。必ずだ…」
少しばかり力を込め、スズの手をほどくと自身はムソウのコックピット前に戻る。
離れていくスズが、何かを言おうと唇を動かしていたが、その小さな声は爆音の中ではもう届いてこない。
「絶対に帰せよ!」
『この命に代えましても! ムソウ様は?』
「俺様は――」
ムソウは、停止している”武双”を見上げ、装甲を手の甲で小突き、笑みを浮かべた。
「――相棒とひと暴れさせてもらうぜ」