7-16:”東国武神”【Ⅱ】
「はぁ、ああ…っ!」
スズの”武双”が、敵を撃破し続ける。
より深く、敵陣へと斬りこんでいく。
味方が密集する地点への救援を繰り返し、自らの後方に下がらせていく。
その中には、”西”の部隊もいた。
「”東”のデカいのが俺達を助けんのか!?」
そんな声も何回も聞いた。
だが、スズからは、それにすら答える余裕が消えつつあった。
息が荒くなり、身体の軋みと震えが強くなっている。
……腕先の感覚…まだ、消えるな、消えるなっ!
元々鈍重な”武双”を軽やかに動かすために、瞬間的に多くの操作を連続している。
身体のサイズには不釣り合いに大きいコックピットも、彼女にとって負担となっている。
敵を両断し、蹴り飛ばし、体当たりで吹き飛ばし、旋回によってまとめて消し飛ばす。
……これで、いくつ…。
もはや救援した部隊の数など数えてはいなかった。
実際には10近い部隊を救っているのだが、それでも全体の1割にも満たない。
レーダーから、反応が消えていく。
……ダメ。消えないで…。
消える。また1つの部隊が、敵の群れに喰われて。
……今、行くから、だから…。
今度は、2つの部隊が敵の波に飲み込まれる。
手が届く前に、救える者達が消えていく。
スズの目が鋭くなる。
眼前の敵へと睨みをとばし、怒りを叫ぶ。
「邪魔を…、するなぁあああっ!」
”武双”の口元の装甲が開放され、機体全体に灼熱の陽炎が立ち昇る。
機体が怒りに応えるように、軋み、咆哮する。
刀を交差させ、出力に任せて左右に振りぬく。
衝撃波が奔った。
前方数100メートルの敵集団が、扇状に吹き飛び、空中で四散する。
……これで、次に…!
前方に踏み出そうとする。
その時、
『スズ様っ! 右を!』
隊員の声が聞こえた。
視線だけが、スズの反応に追いつく。
そこには、眼前に迫る杭があった。
……なん、で――
スズの身体を衝撃がうつ。
外部映像に乱れが生じた。
頭部右側に被弾したのだ。
何が起こったのかわからないままに、衝撃は続いた。
初撃から、2撃、3撃と機体がバランスを保てないほどの攻撃を受け続ける。
そして、4撃目が来たときスズは見た。
コックピットの正面装甲を貫通して襲ってきた黒い刃の切っ先を――。
●
「対空砲火を絶やすんじゃない! 残弾ケチった分、味方が墜ちるってのを全体に叫びな!」
”バクレッカ”のブリッジで、北錠・フォティアが声を飛ばす。
通信兵が答え、同様の指示を通信越しに伝達する。
……対空の手が足りない…! どんだけの物量を内包してんだあのデカいのはっ!?
飛来し続ける黒金の杭。
落としても落としても、数が減らない。
杭1つが地上につくと、4体の人型に分離するのだ。
命中した杭であっても、完全に砕けていない限りは人型へと変形し、地上部隊に襲い掛かっている。
フォティアは、相手の攻撃手段に段階があることに気付いていた。
……1撃目は、巨大な質量弾…。
4体の人型が合体した杭の形態で、敵陣へ飛来し質量による敵の撃破。
地面への衝突時に発生する衝撃破も隊列を破壊するには十分な威力を持つ。
……2撃目は、人型による近接撃破。
杭から人型形態へと分離し、強力な切断力を持つブレードで襲ってくる。
隊列を乱されれば、立て直すまでに被害が広がる。
しかも、
……なんだい、あの切れ味は…!
”東”における機体の標準装備である刀型の近接兵装は、切断力を優先している。
”西”の近接兵装を正面から両断できるほどに研ぎ澄まされ、近接戦では優勢にたてることも少なくない。
だが、それすらも数回の接触で破壊してくる敵のブレードの切れ味は異常とも言えた。
実際、近接戦に対応しきれなくなり、撃破される事態が起こっている。
……これじゃ、全体が食いつぶされるまで時間の問題じゃないか…!
フォティアは、内心の焦りを努めて隠す。
撤退地点の検索は続けている。
だが、下がるには最悪の決断が必要だった。
それは、
……”東”の撤退を優先させる、か…。
つまり、”西”を見捨てるということ。
自分達の退路は、今なら確保できる。
”西”の部隊への支援砲撃を止め、”東”の支援に専念すれば、手数が増す。
だが、
……遺恨は消えない。
”西”も”東”も救う。
それが、東の長である東雲・スズの目的であり、今回の戦における最大の狙いだ。
”東”だけの撤退をスズは許さない。
そのために、彼女は今戦っている。
……じゃあ、どうすりゃいいんだい!?
フォティアは迷う。
この場で敵の集団に穴を開けられるほどの火力を即座に放てるのは、”バクレッカ”だけ。
だが、それで確保できるのはスズ達の後方の退路のみ。
……全部救うなんて、言ってられる状況じゃないよ…!
フォティアは、数瞬の迷いを繰り返す。
その時、
「――フォティア様っ!」
「なんだい」
「”武双”が、…コックピットに被弾っ! 戦闘不能!」
「何が起こった!?」
「敵が杭形態に再変形! それで小型の質量弾に…!」
フォティアの表情がかすかに険しくなる。
ブリッジ内に声が飛びかう。
「長は生きてるのか!? 通信は!?」
「現在、確認中…!」
「”武双”の周囲に支援砲撃を集中しろ!」
「それでは、他の地点の兵が…!」
「言ってる場合か! ”長”の安否確認が優先だろ!」
「――慌てんじゃないよっ!!」
フォティアの一喝に、ブリッジ内が鎮まりかえる。
苦い表情を隠しきれていないことに、気づかぬ彼女は、長の意向に背き、”東”の勢力を救うことに専念することを決める。
判断が遅れるほど、被害は広がる。
……全部を救うって、約束、破らせてもらう。ごめんな、チビ姫…。
「…全艦に伝達しな。これより、”東”の撤退路のみを――」
『――その決断ってよ。ちょい早すぎんじゃねぇの? おい』
突如、割り込んできた通信。
その男の声にフォティアは、ハッとなる。
ブリッジ内も同様だった。
「この声…ムソウ殿か?」
「どこから!?」
「”西”陣営より、高速で飛来する機影を確認。この照合反応は――”最速騎士”の搭乗機”リノセロス”です!」
レーダーに映ったその反応は、飛来する杭の雨の隙間を異常なまでのスピードで抜けてくる。
まるで杭のレーダー反応がスローになったかのように錯覚させられる。
「ムソウ、あんたか!」
『スズのことは俺様に任せろ。あいつがやるって決めたんだ。なら、俺達が応えられずにどうすんだ。顔上げて、手ぇ貸せ! フォティア!』
相変わらず無茶を言う奴だと思った。
この状況で、”西”も”東”も救えるというのか。
時間が経過するほど退路確保も難しくなるというのに。
だが、
「……いいね。乗ってやろうじゃないさね!」
フォティアの表情に笑みが灯る。
不可能と思われることが可能になる。
根拠はない。
ただ、そう感じたのだ。
「全艦に伝達しな! これより”東国武神”が戦場に還ってくる! 助けてやるから死んでも耐えろってな!」
「「「「――御命のままに!」」」」