7-16:”東国武神”
正体不明の勢力との戦闘開始から、すでに数10分が経過しつつあった。
『あまり無茶するんじゃない! チビ姫!』
「わかってる! だけど…っ!」
”バクレッカ”から、”武双”のコックピットへと飛んでくる声にスズが返す。
身体の軋みに耐えながら、砲断刀を地に突き立てる。
”砲断撃”を放つことには成功したが、やはり砲断刀を通常の兵装と同様に振り回すには、技量が不足していることを自覚する。
扱いきれない武装をその場に置き、両腰部にマウントされている、追加武装の刀を抜き放つ。
”武双”の出力に耐えられるように通常よりも構造が強化された刀。
それを携え、飛びかかってきた刃の人型を真っ向から両断せんと振り下ろす。
敵のブレードと衝突する。
一瞬の火花を散らせ、”武双”が圧倒的なパワーを発揮する。
重量ですら勝負にならず、弾き飛ばされた刃の人型は、ガラスのように砕け散る。
だが、
…く…、やっぱり、この刀じゃ…!
スズは、衝突した武装に一瞬、視線を向ける。
刃こぼれが起きていた。
”砲断刀”からだいぶグレードは落ちるものの、特別に強化されているこの刀は、テストでは機体と同等の硬度を持つ鉄片を数十回、両断したとしても、刃こぼれしなかった。
それが、こうもたやすく消耗している。
このままぶつかり続ければ、いずれ限界が来る。
『くそっ! こいつら、いつまで湧いてくるんだよ!?』
『スズ様! 退路の検索を! このままでは!』
スズにもそのことはわかっている。
すでに、”バクレッカ””カヤリグサ”を中心に、退路の検索を行っている。
だが、
『ちぃっ! 撃っても撃っても数が減りゃしないじゃないか…!』
そう減らないのだ。
撃破するよりも、巨大要塞から戦場へと敵が補充される速度が勝っている。
倒しても、次々と造園が送り込まれてくる。
…”無限”…!
空中に浮かぶ要塞がその名の通りであるのなら、物量で圧倒される可能性が高い。
あらゆる情報がない。
相手がどれほどの戦力を持っているのかすら。
…こんな時、あいつならどうするのかな…
スズは、群がる刃の人型を斬り飛ばしながら、新たな部隊と合流すべく道を開こうとする。
『――スズ様…! かたじけない…!』
『――助太刀、感謝いたします!』
その行動しかとれない。
ひたすらに敵を斬り、味方を助けに奔り続ける。
それでも、味方の識別信号が少しずつ消えていく。
まるでおびただしい数の蟲の群れに喰われるように、1機、また1機と。
波状に襲いくる敵に対応しきれず墜ちていく。
だが、それでも、スズは折れない
『耐えな! チビ姫! ランケアも合流に向かってる!』
わかっている。
スズは頷き、声をあげる。
「各機! ”武双”の周りに集まりなさい!」
黒い刃を蹴散らしながら、”武双”を旗印に味方を鼓舞する。
スズの操縦により、鋼鉄の戦神が舞うように敵を斬り飛ばす。
機体の出力上昇により、頭部口元の装甲が上下に開放され、排熱による強制冷却を繰り返す。
『スズ様! 後ろ!』
”武双”の背後から、刃の人型が飛びかかる。
●
スズには、死角にあたる位置。
だが、
「はっ!」
”武双”が、ステップを踏むように旋回する。
黒い斬撃をかいくぐるように身をかがめ、敵の胴体へと斬撃を一閃して見せた。
『なんと…!』
『すげぇ…』
その動きを見ていた兵達から声が漏れた。
”武双”は、圧倒的な装甲強度と出力を持ち、”砲断刀”の運用をもって初めて真価を発揮する特殊な機体だ。
運動性の高い機体ではない。下手をすれば機羅童子にも劣りかねない。
しかし、スズの操作にはそれを一切感じさせない気高さと華麗さがあった。
無骨な鎧武者が姫の舞いに応えているのだ。
『全機! スズ様に続けっ!』
『おおっ!』
敵の数は増え続ける。
●
”槍撃隊”もすでに敵勢力と交戦に入っていた。
味方陣営への合流のため、部隊で敵の包囲を突破しようと奮戦する。
だが、
『ランケア殿! 単独では危険です!』
「多少の無茶でもしないとこの包囲は突破できません…!」
ランケアの駆る”槍塵”は、敵の包囲を崩さんと、深く斬りこんでいた。
圧倒的ともいえる機動性、運動性で敵を翻弄しながら、一撃離脱を繰り返す。
敵を叩き伏せては、その場から跳躍し、距離を放す。
隙を見ては、相手の刃を避け”夜叉”の一撃を突きこみ、砕く。
……はやく、スズさんと合流しないと…!
ランケアは、無意識に焦っていた。
無尽蔵に飛来し続ける正体不明の敵の数は、すでに。
”東”と”西”の戦線はすでに瓦解に近い状態で、それぞれが退路を求めて目の前の敵と交戦している。
そして、今より数分前、空に奔った衝撃波を見た。
”崩断撃”だ。
ムソウではない。
この戦場で、今、あの攻撃を使えるのは、スズ以外にいない。
……スズさん。あなたは、弱くなんかない。
スズの言葉を、ランケアは思い返す。
”東雲イスズ以上の長になれるか分からないけど―――、それでもずっと一緒にいてくれる…?”
あの時、自分は迷わず頷いた。
どのようなことがあろうと、自分はスズのそばにいることを自らに誓った。
東雲家当主として、全てを投げ打ってきた彼女のために。
南部家当主として、1人の男としてこの力を使う。
だから、
『――ランケア殿っ!?』
「っ!」
焦り、そして慣れない実戦での疲労。
”槍塵”も左腕部を失い、全身の装甲もかなり砕けている。
本来の近接能力を発揮しきれていない。
ランケアは、判断力をじわじわと奪い取られていた。
周囲への警戒が薄くなっていたのだ。
振り返った時、すでに刃の人型が、3機同時にブレードを振りかぶっている。
反射的に防御して、
「しま――」
判断ミスに気付いた時には、”夜叉”の柄を両断されていた。
破壊され短くなってしまった槍で、迫ってきた敵をとっさに打ち払う。
いつの間にか、単独で敵の包囲に飛び込んでしまっていた。
今度は、10機近い敵が一斉に飛びかかってくる。
退路がない。
跳躍も間に合わない。
防御もできない。
ランケアは、自分の命を断とうと迫る無数の黒い刃を反射的に目で追うことしかできなかった。
その直後だった。
『――焦るな、ランケア少年』
白い機影が横切る。
そして、黒の波を一閃し、薙ぎ払った。
「リッター、さん…?」
先ほど、自分が勝利した白銀の機体”エーデルグレイス”。
それが、右肩から先を失った状態のまま悠然と直立し、刃を掲げていた。
『これは、先ほどの借りを返したまでのこと。これで対等に美しいというもの』
そう言うと、白銀の機体は隻腕のサーベルを振るい、襲いくる敵を斬り飛ばす。
横薙ぎで正面の2機を一閃。
続いて、ステップで数歩踏み込み、飛びかかろうと予備動作に入っていた3機を回転して両断する。
「すごい…」
動作自体を真似ることはランケアにもできる。
だが、驚くべきはこの状況下におけるリッターの技量にある。
片腕の欠損は機体の重量を大きく変化させる。
天秤の片側がなくなっている状態に近い。
腕先の欠損程度なら姿勢制御でなんとかなるが、”エーデルグレイス”は右肩から先がまるごとなくなっている。
武装をふるう動作すら機体のバランスを崩す要因になりかねない状態だというのに、その動きには一切の荒さがない。
洗練され、研ぎ澄まされている。
人機一体という言葉を体現している。そう感じた。
『ランケア殿! ご無事ですか!?』
後続の槍撃隊が、敵の集団を蹴散らし追いついてくる。
その中には、”地の稲妻”部隊も混じっていた。
『リッター殿。背後の露払いは、こちらでいたします。前に』
『うむ。いいぞ副官。やはりお前たちは優秀だ。傷つき、倒れたものはいるか?』
『ゼロです』
『エクセレント! 此度も舞い踊れ、優雅にな。何者もわが部隊からは失わせん。よいな?』
『了解! 各機、リッター殿を守護せよ』
”エーデルグレイス”が、空を仰ぐ。
同時、”地の稲妻部隊”が周囲を取り囲もうとする敵の群れに牽制の射撃を浴びせる。
リッターが、ランケアに告げた。
『想い人がいるのであれば、心得よ。自らが墜ちては、ただの恥だぞ』
そうだ、とランケアは思う。
自分が墜ちては、何も残らない。
”槍塵”が、槍撃隊の1機から槍を受け取る。
”夜叉”ほどではないが、頑丈な武装だ。
『つづけ、ランケア少年。突破する! 華麗にな!』
「はいっ!」
だが、
『――なんだと…!?』
槍撃隊の1人があげた声を通信が拾った。
「どうしたんですか? 戦況に変化が?」
『いえ…』
隊員は少し言い淀んでいた。
すると古参の隊員が、私が言おう、と割って入る。
『ランケア殿。取り乱さぬようにお願いします』
「…わかりました」
『――”武双”が、戦闘継続困難になったとの伝達が入りました』
「…っ」