7-15:”戦乙女”【Ⅱ】
“シナイデル”ブリッジ内に響いた銃声。
それに対する周囲の反応は早かった。
発砲した兵は、取り押さえられたが、
「く…」
ウィズダムは、救護班による治療を受けていた。
背後から、受けた銃弾は、急所を外れていた。
弾も抜けている。だが、出血は多い。処置が必要だ。
「ウィズダム様、医務室に…!」
後から来た救護兵が担架を運んでくる。
応急処置のため、ウィズダムを処置室に運ぶ必要があるからだ。
だが、
「待つ、のである…」
ウィズダムは、傷を抑えつつ立ち上がる。
「危険です! 動かれては!?」
「良い。知らねばならない、こともある…」
ウィズダムは、自分に発砲した兵士の傍らにしゃがみ、その表情を見た。
虚ろで、生気がない。
心を閉ざした人間の目。
行動の真意を問いただそうと思っていたが、無駄だと悟る。
「全体の状況は、どうであるか…」
ふらつき、立ちあがりながら、ウィズダムは誰にでもなく言う。
「ウィズダム様! そのような状態で指揮をとられては、命に関わります!」
救護兵の言い分もわかる。
だが、状況は今なお混乱状態。
撤退の指示を出そうにも、所属不明勢力の展開を予測しつつ、安全な地点への判断を下さなければならない。
「心配は無用である…」
視界がぼやける。
だが、倒れるには早い、と気を奮いたたせる。
その時、艦が揺れ、被弾警報が鳴った。
「なんだ!? 砲撃!?」
通信兵が、艦の状況を確認すると同時に、背後で再び銃声が鳴った。
「!?」
誰もが振り返る。
音の出所は、ブリッジと通路を隔てる扉の外からだ。
周囲の兵士が、即座に対応に入る。
侵入者の可能性を警戒し、身構える。
すると、
「――こんの、アホがっー!」
そんな怒声と何かを叩きつけるような音が、扉越しに聞こえてきた。
……この声は…。
よく知っている声。
そう感じた時、ウィズダムの表情に笑みが戻る。
……思ったより、帰りが早かったであるな。
音がやんだ数秒後、扉が開いた。
そこには、
「ウィズダム! 戻ったぞ!」
ウィズダム以外の誰もが目を見開いた。
「アンジェ様!?」
透き通るような金色の長髪をなびかせ、“西”の王が、ブリッジに乗り込んでくる。
「おお!」
「今までどこに…!?」
数々の声には、驚きも多いが、同時に安堵も含まれていた。
そんな声が次々上がった後、入口に人影が倒れ込む。
扉の外側を守っていた兵士だ。
「そやつは抑えておけ。後で話をする」
「はっ!」
アンジェの指示に従い、昏倒してる兵士が取り押さえられる。
「アンジェ様、いったい何が…」
状況が飲み込めず混乱する者も多い。
ウィズダムを銃撃し、扉の外でもアンジェを同様に襲った兵士。
所属不明勢力の介入による戦場の混乱。
誰もが説明を欲してることは、理解している。
しかし、アンジェは、その声に応える時間も惜しいとばかりに、真っ先にウィズダムの傍らに片膝をつく。
「少し早めの帰りとは…。アンジェらしからぬ、律儀さであるな…」
「ワシとていつまでも子供ではない。…大丈夫か?」
「死にはせんのである…。この程度…。だが、指揮は難しいのである…」
アンジェは、頷く。
笑みをもって、謝罪を込め、ウィズダムの肩にそっと額を寄せる。
「…ありがとう。ウィズダム、苦労をかけた」
「謝るより、感謝とは…。老兵冥利につきるのであるな…」
「救護兵! 急いで医務室へウィズダムを運ぶのじゃ!」
アンジェの指示と同時に担架を持った救護班が到着し、ウィズダムの搬送を行おうと手をかける。
しかし、
「待つ、のである…!」
ウィズダムは、可能な限り声をあげ、救護兵の手を掴む。
「この場で治療せよ」
「何をしているのじゃ! 早く治療を――」
「――“王”の帰還、そしてその宣誓を前に知将軍が不在では面目が立たぬのである。死ぬ事はない。ゆえに、望むのである。我らが“王”…アンジェリヌス=シャーロットよ。歴代の“王”にも劣らぬ、その雄々しき姿を、再び吾輩に見届けさせてもらいたい…」
アンジェは、しばらく黙っていたが、それ以上の問答はしなかった。
わかった、と頷き、立ちあがると、ブリッジの中央に向けて歩を進める。
「ワシの声を戦場に届かせる。用意せよ!」
その声に、ブリッジ内は一体となって動き出す。
「戦場に、“王”の声を届かせるぞ! コード“ハルディン・ロワ”起動…!」
ブリッジの中央。
そこに立ったアンジェの足元に、光の数字が羅列する。
わずかな浮力を得て浮き上がったアンジェの周囲には、数字の帯が纏いながら周回し始める。
眠るように目を閉じ、アンジェの意識は新たな場所へとやってくる。
それは、はるか上空。
旗艦“シナイデル”の真上だ。
「――同調、完了しました! システム安定!」
「旗艦“シナイデル”、装甲展開、開始…!」
朱色の艦は、“王”の意思に呼応するかのように変形を見せる。
サイドにある4枚の装甲を展開し、巨大な翼として広げる。
ブリッジ周囲に数字の羅列を浮かべ、脈打つような帯を形成する。
“ハルディン・ロワ”
歴代の“王”が行使する専用システム。
旗艦のシステムに完全同調し、火器の使用、戦場の把握、指揮系統の効率化を目的とした、人と機械を合一させる特殊技術。
「現在! 30以上の地点にて、所属不明勢力の戦線介入を受けています!」
「我が軍の戦力消耗率は、15%を越えています!」
「撤退地点、所属不明戦力の増援に関しての情報も一切が不明!」
矢継ぎ早に送られてくる情報を、アンジェは高速で処理していく。
“ハルディン・ロワ”によって得られた演算能力によって、全ての情報は同時処理が可能になる。
全てを把握した上で、その声は、あらゆる障害を無視し、“西”の兵士に届く。
“聞け! この言葉は、アンジェリヌス=シャーロットのものとしてある!”
●
「――“王”様の送迎ってのは、思いのほか気を使うな。最速騎士殿よ」
“リノセロス”のコックピット内で、眼下の旗艦“シナイデル”が離れていく光景を見つめ、“東”の侍が言う。
「結果的には時間短縮になりましたが…、無茶をしすぎでは?」
リファルドが見つめる位置は、“シナイデル”のブリッジ近くの通路に空いた穴。
“リノセロス”を着艦させようとした時、ムソウが提案したのだ。
“時間ねぇから、上から穴あけて入ればいいだろ”
有言実行。
旗艦のブリッジ後方に隣接した“リノセロス”から取り付いたとムソウは、腰に携えた3本の刀の内、1本を鞘ごと口にくわえ、至近距離で砲閃抜刀を放つ。
だが、“シナイデル”の外壁装甲は、通常の艦よりも強固。
一撃では足りない、と瞬時に判断し即座に2本目をくわえ、その場から飛び上ると、身体を回転させ、同威力の2撃目を放つ。
抜刀による衝撃波は、同じ個所に正確に命中。
旗艦の装甲が砕け、人1人が通れる進入口が穿たれる。
アンジェが続いて飛び降り、そこから侵入したのを確認した後、刃の砕けた2本の刀の柄を手放し、落下していくムソウを拾い上げた流れだ。
「俺様より、“王”様の落下を警戒しとくべきだったんじゃねぇの?」
「アンジェの身体能力は、私も知るところですから心配はしていませんでした。彼女も私に守られるだけに甘んじる女ではないと、そう思っています」
「おアツイことで。んじゃ、次、頼むぜ。こっちにも役目が残ってる」
「スズ殿の救援、ですか?」
「違うって。あのお姫さんにお守りはもういらねぇ――こういった役回りを任されてる。俺様自身のけじめだよ」
「わかりました! 向かいます!」
“リノセロス”が機首を、“東”の本陣へと向ける。
“東”の艦隊からの砲撃は、もはや来ない。
「行こうぜ。今度こそ、互いに大切なものを失わないためによ」
その声を皮切りに“リノセロス”は、加速する。