7-15:”戦乙女”
最速騎士の専用機たる“リノセロス”は、戦場に向けて飛んで行く。
目指すのは、戦場の中にあろう西旗艦“シナイデル”。
そこにいるウィズダムに、直接に接触するためだ。
だが、その最中で機体全体が一瞬揺れる。
「む…!?」
「どうした、リファルド? 少し揺れたぞ」
「今、大気が揺れました…。“インフェリアル”の影響でしょうか…」
「違う。こいつは…崩断撃の余波だ」
「ということは、状況は…」
「わかんねぇ。だが、スズの奴やりやがった…!」
ムソウは、口の端を少しばかり嬉しそうに吊り上げる。
離れていてもなお、スズの成長を感じ取ったからだ。
「急ぐのじゃ!」
「わかりました! 速度をあげます。少しきつくなりますよ!」
リファルドが言うと、アンジェとムソウの身体がわずか後方に反れる。
外を流れる景色が、色のついた線になる。
「あいかわらず、きっついのじゃ…!」
「いいねぇ! 特急だぁ!」
●
旗艦“シナイデル”のブリッジでウィズダムは、次々と飛び込んでくる未知の情報に対して、内心険しい状態であった。
……これはいったい。
情報が入って来たのは突然。
北側より、巨大な熱源の飛来を捉え、その全容を確認する。
直径11キロというその建造物。
予測の範疇を凌駕した存在に驚く間もなく、地上部隊が攻撃を受けたのだ。
「北側の部隊から襲撃を受けている模様! 現在、交戦中!」
巨大航空要塞から射出された質量弾は、4つの人型兵器へと変貌して部隊を襲っている。
武装は近接用のブレードのみ。
初めは“東”の新型戦力かともおもったが、
「所属不明戦力、“東”側にも攻撃を開始した模様!」
「“東”の本陣が敵戦力の展開範囲に入ります!」
違う。“東”の戦力でもない。
所属不明勢力は、無差別に“西”と“東”を襲っている。
つまりは、まったく未知の勢力だ。
ヴァールハイトの管理下にある以上、“中立地帯”でもない。
……何が起こっているのであるか。
ウィズダムは思考する。
状況を高速で判断していく。
ここに至るまで、なにか不自然な点はなかったか。
疑うべきは多くあった。
だが、その中で、始まった時から感じていたもの。
それは、
……“東”側に勝利への意思をかんじられないのである。
全力で戦ってはいる。
戦術は、荒が見え隠れするも、“東”は当主がそれぞれの役割をカバーし、うまく機能して状況は拮抗を保っている。
だが、そのいずれも“守備”の傾向が強い。
防衛が強固である“東”の戦い方は知っているが、今あるのは後の先ではない。
ひたすらに耐え、こちらが諦めるのを待つかのようだ。
……もしや。
戦う気が無い。
そうもとれる。
実際、戦闘による被害は衝突した前衛に集中している。
それも、可能な限り機体の手足を切り飛ばし、戦闘力を奪うことを徹底しているとの報告もある。
撤退する部隊は追撃せず、長距離砲撃による後方撹乱も行わない。
まして旗印である“武双”が動かないことも気になる。
高範囲衝撃破壊ができるあの機体の力をもってすれば、この状況がひっくり返ることも充分にありえる。
……抜かずの太刀、とも考えられるのであるが。
その思考の中で、ある報告を聞く。
「“東”の部隊が、所属不明勢力への攻撃を開始しました!」
「我が軍への攻撃を中止しているとのこと!」
ウィズダムは、半ば確信を得る。
“東”は、所属不明戦力に対して、なんらかの情報をもっている。
ならば、この状況をおさめるには、
「全軍に伝えよ!」
ウィズダムは、声をあげる。
「現時点をもって、“東”との戦闘継続をち――」
その時、ブリッジ内に乾いた音が、1発響いた。
……な――
ウィズダムは、背後から受けた衝撃に身を崩す。
振り返る中で見たのは、背後にいた部下が、汗を浮かべ、荒い呼吸で銃を構えている姿だった。
●
「――各員! 状況に対応しなさいっ!」
スズが、“武双”のコックピットで通信を通し、声を張り上げる。
北方から現れた巨大航空要塞。
……あれが、“インフェリアル”…?
そう認識するもつかの間、杭型の質量弾による攻撃がきた。
「スズ様…!」
近くの近衛兵である隊員から、声があがる。
わかっている。
“インフェリアル”の移動により、質量弾が“東”の本陣――つまり、スズ達のいる場所に飛来してきたのだ。
巨大さにともなう長大な射程距離は、おそらくこの戦場全てを範囲に捉えている。
空を見上げると、黒い点がいくつもある。
数百というおびただしい数。
スズは、顔をあげる。
……ムソウ…、私にできるかしら。
内心で問いかけるも、答えがないのはわかっている。
だが、それでも、あいつならこう言ってくれるはずだ。
“やってみろよ”
わかっている。
自分は“長”だ。
……私は、多くを救ってみせる…!
スズは、“武双”をついに動かす。
東国武神に与えられる“東”の象徴。
巨大な刀“崩断刀”を携えし、戦神。
「“武双”…!」
叫びに呼応し、戦神が咆哮する。
空を見上げ、“崩断刀”を頭上へと振り上げ、飛来する数百の質量弾を視界に入れる。
到達まで、あと10秒ぐらいだ。
“崩断刀”の燃料装甲が、一部パージされ、出力が跳ね上がる。
口元の装甲が、上下に開放し機体各部から開始された排熱で、“武双”の周囲が陽炎に揺らぐ。
エネルギーが“崩断刀”の周囲に集まっていく。
そして、その一撃は、
「崩断、撃っ!!」
スズと“武双”が叫ぶと共に、振り下ろされた。
大気が揺らぎ、不可視の巨大な指向性の衝撃波が飛来する質量弾を正面から迎撃した。
吹き飛ぶ、といった程度ではすませられない。
衝撃にさらされた質量弾は、残らず空中分解。
空を埋めつくすほどにあった黒い点は、その全てが破砕し、数千という鉄片となって散っていく。
遅れて、地上にも衝撃解放による余波が奔った。
それは、崩断撃の解放地点から、数キロ離れていても、空気の振動が強く感じ取れるほどであった。
『うおおおおっ!』
『スズ様がやったぞ!』
“東”の勢力は、それだけで全てを知り、歓声をあげる。
空が晴れた。
崩断撃が、敵の攻撃を消滅させた後、遥か彼方にある雲すらも吹き散らしたのだ。
……でき、た…。
スズは、確かな手応えを得た。
崩断撃の成功。
それは自分の中に確かな成長があったのだと、認めることができた。
だが同時に、
「か、は…」
全身が、鉛のように重くなる感覚が襲ってきた。
続いて、手先から足先までに痛みがはしる。
「これが…崩断撃の、反動…っ」
類稀な技量を持つスズだが、この技を放つには決定的に不足しているものがあった。
それは、“身体の完成度”。
崩断撃の反動を受け止めるには、スズは肉体的に幼すぎたのだ。
歴代の東国武神の称号は、全て男性が引き継いで来た。
ゆえに、“武双”は、扱うに足る身体的に完成された男性の搭乗と、戦闘を想定して設計されている。
つまり、女性であり、身体的にも幼いスズにとって崩断撃を放つことは、本来不可能であるはずなのだ。
だが、無理を承知でやってしまった。
今の状況はその代償であり、成果。
「これ、ぐらい…!」
周囲の歓声が、スズを奮い立たせる。
いつの間にか、排熱処理は完了し、“武双”の口元の装甲は閉じている。
戦闘が可能だ。
スズは、声を張り上げる。
自分の消耗を悟らせてはならない。
ゆえに、ただひたすらに自分の意思を伝えた。
「“東”は、これよりすべてを守るために戦う! 己を守れ! “西”を守れ! 誰1人としてこの世界から失わせるなっ! 応える者は、どこまでも届くよう声をあげなさいっ!」
『『『『『『『『『『――御命のままにっ!』』』』』』』』』』
声は、あらゆる方向から届いた。
通信だけではない。
外部スピーカーを通して、“東”の軍勢は意志を同じくし、刀を頭上へと掲げた。