表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/268

7-11:白い世界【Ⅵ】

「うあああああああっ!!」


 ウィルの身体が焼けていく。

 衝撃の後、何も覚えていない。

 気が付けば、熱に包まれ、赤い光景だけが周囲を埋め尽くしている。

 走って逃れたい。

 だが、動けない。

 飛来してきた金属片が、足を地面に縫い付けている。

 皮膚が熱で溶けていく。

 身体が、外側から崩れていく。

 熱い。

 痛い。

 

 ――熱い、でしょ…


 声をあげることもできない。

 気絶することもできない。

 転げまわることもできない。

 生きながら、自分が自分でなくなっていく。

 

 ――痛い、でしょ…


 まともな精神を保とうとすればするほど、それは苦痛へと流れていく。

 身体が、小刻みに震え、何も見ることができない。

 いつしか、悲鳴をあげることすらできなくなる。

 喉が焼け、声帯が機能しなくなる。


 ――怖い、でしょ…


 怖い。

 誰も、助けてはくれない。

 死ぬまで焼かれ、朽ちるだけ。

 孤独。

 たった1人で、一人ぼっちで死んでいく。


 ――これが、わたし…


 ウィルは、痛覚すら失われた中で、かすかに目を開く。

 そこに、黒い何かが立っていた。

 まるで骨のように痩せ細った、皺だらけの黒炭のような皮膚。

 それは、焼けた人間の成れの果て。

 それがウィルを見下ろしている。

 眼球は、溶け落ちていた。

 顔は、誰のものかわからないほどに焼け焦げていた。

 四肢はあれど、その指はいくつかが炭化し、崩れ落ちていた。

 

 ――死ぬのは、怖いでしょ…?



「――うああっ!!?」


 ウィルは、白い空間で意識を覚醒させた。

 真っ先に見るのは、自分の手。

 

「俺の…手だ」


 それは、小柄な少女のものではない。自分の本来の手。

 焼けてもいない、いつものままの自分の身体。

 震えている。


「――起きた?」


 そう言って覗き込んでくる顔があった。


「”ライネ”…さん…」


 それを見て、ウィルは、自分の呼吸に落ち着きがないことを知る。

 心臓が異常なほどに動いている。

 身体も、同様に熱い。

 だが、


「俺、焼けて、ない…」


 皮膚は、焦げてもいなければ、崩れてもいない。


「今のは…」


 ウィルは、自分の身に起こり続けることの何もかもがわからなかった。

 理解できず、目を見開いていた。


「今、君が見たのが、彼女の”死”の瞬間の記憶なんだよ」

「死んだ、時の…?」


 ”ライネ”は、頷いた。


「実際は、これほどでもなかったか、もしくはこれ以上だったのか。そこには違いがあるのかもしれない。だけど、今の光景は、彼女に刻まれた恐怖そのもの。忘れようとしても、忘れられない、今の彼女を形作る凄惨な記憶」


 その言葉の後、ウィルの中に、今しがた体感した記憶がフラッシュバックした。

 炎の中で、身体が焼け落ちていく感覚。

 

「ゕ、う、ぇ…」


 吐き気を催すほどに鮮烈な光景。

 

「”アウニール”は、眠る中でこの”死”の瞬間を繰り返している。彼女の存在には、この出来事が大きくかかわっているからね」

「そんな、の…」


 荒い呼吸を押さえつけながら、ウィルが声を出す。


「”不死”のナノマシンの安定には、その者の中にある”死”に対する強い拒絶が必要なんだよ。つまり、死を直に体感し、それを覚えている者でなければ適合しない。”不死”を謳いながら、一度死んだ人間でないと機能しないなんていう、皮肉な話――」

「そんなの、どうでもいいっ!!」


 白い空間に、声が響く。

 ウィルは、震え続ける自分の手を見つめていた。


「あんなの、人の死に方じゃない…」

「だけど、死んだんだよ。あの日、理不尽に”イヴ”は焼かれ、そして”アウニール”が生まれた」

「でも、”イヴ”さんは、あそこにいたんだ…。俺に、語り掛けてきた…」


 ”イヴ”の意識は、ここに閉じ込められている。

 焼かれ、絶命した時のまま、”不死”のナノマシンの起動キーとして。

 

「俺、どうすればいいんスか…」

 

 起き上がることができず、白い空間を見上げ続けるウィルは、この先の行動が見えなかった。

 すると”ライネ”は、フン、と小さく鼻を鳴らす。


「君はまず、彼女を知らなければいけなかった。それを経て、君は選択する権利を持つことができる」

「選択…?」

「そ。君が選んで、掴むんだ」


 そういって、”ライネ”が両の手を握り、開いた。

 そこにあったのは、2つの光。

 物ではなく光源そのもの。


「なんスか、それ…?」


 ウィルは、身を起こし尋ねる。

 それに対して”ライネ”は、応じる。


「1つは、アウニールの目を醒ますことができる選択」


 そう言って、右手の光源を軽く上げる。

 

「2つ目は、アウニールの生命活動を停止させることができる選択」


 今度は左手の光源を上げる。


「なら、目を醒ますほうがいいに決まって…」


 ウィルが迷わず、右手の光源に手をかけようとして、しかし”ライネ”が1歩下がった。


「おっと、簡単に決めちゃダメ。まだ知っておかなければならないことがある」

「え?」

「アウニールが目覚めたら、――世界は滅んでしまうからね」


 何気なく、とんでもないことを言われた気がした。


「世界が滅ぶって…どういう…」

「言った通りだよ。彼女の”死”を拒絶する意思が、巡り巡ってその結果を生むことになる。だから慎重に選ばないといけない」


 言い直そう、と”ライネ”は続ける。


「君が選ぶ道は2つだ。1つは、”アウニール”を無理やり起こして、世界を滅ぼすか。もう1つは、”アウニール”を安らかに眠らせて、世界を救うのか」

「全然、わからないッス…」


 言われている意味が分からなかった。

 アウニールが起きれば世界は滅びる。

 そんなことがあるはずがない。


「彼女は、そういう運命にある。別に誰が悪いわけでもない。当たり前にそうあるだけの話」

「滅ぶって、具体的にどんな風に…」

「そうだね…、話すと長く――おっと…」


 ”ライネ”が光を、握って消す。


「え? どうしたんスか?」

「…時間切れ、ってことかな。今回は」

「!?」


 その言葉の終わりと共に、ウィルは自分の背後から巨大な影が迫ってきていることに気付く。

 とっさに振り返ると、そこには黒い霧のようなものが広がっていた。

 その中に、赤く光る点があり、それはウィルを見ている。


 ――イヴニ、触レルナ…

 …声…!?


 そう思った瞬間、黒い霧がウィルに襲い掛かる。

 身体が引きずられ、”ライネ”からどんどん引き離されていく。


「な、なんだこ、れ…」


 もがくが、黒い霧は絡みつくようにウィルを飲み込んでいく。

 身動きが利かなくなり、いつしか意識も遠のいていく。


「よく考えて、決めるんだよ? 次に来たなら、君の答えを聞かせてね」


 そういって”ライネ”は、静かに手を振っていた。

 ウィルは、何かを言おうとして、しかし何も言えなかった。

 そして、意識は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ