7-11:白い世界【Ⅵ】
「うあああああああっ!!」
ウィルの身体が焼けていく。
衝撃の後、何も覚えていない。
気が付けば、熱に包まれ、赤い光景だけが周囲を埋め尽くしている。
走って逃れたい。
だが、動けない。
飛来してきた金属片が、足を地面に縫い付けている。
皮膚が熱で溶けていく。
身体が、外側から崩れていく。
熱い。
痛い。
――熱い、でしょ…
声をあげることもできない。
気絶することもできない。
転げまわることもできない。
生きながら、自分が自分でなくなっていく。
――痛い、でしょ…
まともな精神を保とうとすればするほど、それは苦痛へと流れていく。
身体が、小刻みに震え、何も見ることができない。
いつしか、悲鳴をあげることすらできなくなる。
喉が焼け、声帯が機能しなくなる。
――怖い、でしょ…
怖い。
誰も、助けてはくれない。
死ぬまで焼かれ、朽ちるだけ。
孤独。
たった1人で、一人ぼっちで死んでいく。
――これが、わたし…
ウィルは、痛覚すら失われた中で、かすかに目を開く。
そこに、黒い何かが立っていた。
まるで骨のように痩せ細った、皺だらけの黒炭のような皮膚。
それは、焼けた人間の成れの果て。
それがウィルを見下ろしている。
眼球は、溶け落ちていた。
顔は、誰のものかわからないほどに焼け焦げていた。
四肢はあれど、その指はいくつかが炭化し、崩れ落ちていた。
――死ぬのは、怖いでしょ…?
●
「――うああっ!!?」
ウィルは、白い空間で意識を覚醒させた。
真っ先に見るのは、自分の手。
「俺の…手だ」
それは、小柄な少女のものではない。自分の本来の手。
焼けてもいない、いつものままの自分の身体。
震えている。
「――起きた?」
そう言って覗き込んでくる顔があった。
「”ライネ”…さん…」
それを見て、ウィルは、自分の呼吸に落ち着きがないことを知る。
心臓が異常なほどに動いている。
身体も、同様に熱い。
だが、
「俺、焼けて、ない…」
皮膚は、焦げてもいなければ、崩れてもいない。
「今のは…」
ウィルは、自分の身に起こり続けることの何もかもがわからなかった。
理解できず、目を見開いていた。
「今、君が見たのが、彼女の”死”の瞬間の記憶なんだよ」
「死んだ、時の…?」
”ライネ”は、頷いた。
「実際は、これほどでもなかったか、もしくはこれ以上だったのか。そこには違いがあるのかもしれない。だけど、今の光景は、彼女に刻まれた恐怖そのもの。忘れようとしても、忘れられない、今の彼女を形作る凄惨な記憶」
その言葉の後、ウィルの中に、今しがた体感した記憶がフラッシュバックした。
炎の中で、身体が焼け落ちていく感覚。
「ゕ、う、ぇ…」
吐き気を催すほどに鮮烈な光景。
「”アウニール”は、眠る中でこの”死”の瞬間を繰り返している。彼女の存在には、この出来事が大きくかかわっているからね」
「そんな、の…」
荒い呼吸を押さえつけながら、ウィルが声を出す。
「”不死”のナノマシンの安定には、その者の中にある”死”に対する強い拒絶が必要なんだよ。つまり、死を直に体感し、それを覚えている者でなければ適合しない。”不死”を謳いながら、一度死んだ人間でないと機能しないなんていう、皮肉な話――」
「そんなの、どうでもいいっ!!」
白い空間に、声が響く。
ウィルは、震え続ける自分の手を見つめていた。
「あんなの、人の死に方じゃない…」
「だけど、死んだんだよ。あの日、理不尽に”イヴ”は焼かれ、そして”アウニール”が生まれた」
「でも、”イヴ”さんは、あそこにいたんだ…。俺に、語り掛けてきた…」
”イヴ”の意識は、ここに閉じ込められている。
焼かれ、絶命した時のまま、”不死”のナノマシンの起動キーとして。
「俺、どうすればいいんスか…」
起き上がることができず、白い空間を見上げ続けるウィルは、この先の行動が見えなかった。
すると”ライネ”は、フン、と小さく鼻を鳴らす。
「君はまず、彼女を知らなければいけなかった。それを経て、君は選択する権利を持つことができる」
「選択…?」
「そ。君が選んで、掴むんだ」
そういって、”ライネ”が両の手を握り、開いた。
そこにあったのは、2つの光。
物ではなく光源そのもの。
「なんスか、それ…?」
ウィルは、身を起こし尋ねる。
それに対して”ライネ”は、応じる。
「1つは、アウニールの目を醒ますことができる選択」
そう言って、右手の光源を軽く上げる。
「2つ目は、アウニールの生命活動を停止させることができる選択」
今度は左手の光源を上げる。
「なら、目を醒ますほうがいいに決まって…」
ウィルが迷わず、右手の光源に手をかけようとして、しかし”ライネ”が1歩下がった。
「おっと、簡単に決めちゃダメ。まだ知っておかなければならないことがある」
「え?」
「アウニールが目覚めたら、――世界は滅んでしまうからね」
何気なく、とんでもないことを言われた気がした。
「世界が滅ぶって…どういう…」
「言った通りだよ。彼女の”死”を拒絶する意思が、巡り巡ってその結果を生むことになる。だから慎重に選ばないといけない」
言い直そう、と”ライネ”は続ける。
「君が選ぶ道は2つだ。1つは、”アウニール”を無理やり起こして、世界を滅ぼすか。もう1つは、”アウニール”を安らかに眠らせて、世界を救うのか」
「全然、わからないッス…」
言われている意味が分からなかった。
アウニールが起きれば世界は滅びる。
そんなことがあるはずがない。
「彼女は、そういう運命にある。別に誰が悪いわけでもない。当たり前にそうあるだけの話」
「滅ぶって、具体的にどんな風に…」
「そうだね…、話すと長く――おっと…」
”ライネ”が光を、握って消す。
「え? どうしたんスか?」
「…時間切れ、ってことかな。今回は」
「!?」
その言葉の終わりと共に、ウィルは自分の背後から巨大な影が迫ってきていることに気付く。
とっさに振り返ると、そこには黒い霧のようなものが広がっていた。
その中に、赤く光る点があり、それはウィルを見ている。
――イヴニ、触レルナ…
…声…!?
そう思った瞬間、黒い霧がウィルに襲い掛かる。
身体が引きずられ、”ライネ”からどんどん引き離されていく。
「な、なんだこ、れ…」
もがくが、黒い霧は絡みつくようにウィルを飲み込んでいく。
身動きが利かなくなり、いつしか意識も遠のいていく。
「よく考えて、決めるんだよ? 次に来たなら、君の答えを聞かせてね」
そういって”ライネ”は、静かに手を振っていた。
ウィルは、何かを言おうとして、しかし何も言えなかった。
そして、意識は途切れた。