7-11:白い世界【Ⅳ】 ●
「――なんだ、ここ?」
ウィルは、草原に立っていた。
風がふくその場所には、多くの人がいて、空を見上げていた。
その雰囲気で、ここがどこかを理解する。
「ああ、ジャバルベルクか」
広大な山の上にある都市は、歓喜に包まれていた。
人々と同じ方角を見ると、その理由がなんとなくわかった。
「”ミステル”の開館式かぁ」
都市を結ぶ象徴である建造物”宿り木”。
その開館式となれば、多くの人が集まるのも納得できる。
見上げれば、多くの航空船が数多く停泊し、祝いの空砲を鳴らし続けている。
そのどれもがセレモニー用に彩られたものばかりだ。
そこで、ふとウィルは思い出す。
……あ、そうだ。アウニールを探さないと。
そう思い、
「あの、すいません」
と近くの人に声をかける。
すると、
「お? どうしたお嬢ちゃん。華やかさにつられてきたのかい?」
そんなことを言われた。
「お嬢ちゃん?」
「ああ、悪かった。お姉ちゃんってことかな」
変に感じて、ウィルは近くの建物の窓に写る自分を見た。
「って、ええっ!?」
そこに写っていたのは女の子の姿。
それも、かなり小さい子供。
長いストレートロングの髪が印象的だった。
頬に触る。
「…柔らかい」
ひっぱってみる。
「…おお、すべすべ」
恐る恐る胸にさわってみる。
「…ないよな」
なんか罪深い気持ちになりながら、我に返る。
どうやら、自分は黒髪ロングの少女の姿になっているようだ。
どうしてかはわからないし、どうしていいかもわからない。
……どうしよ。
すると、
「――おい! イヴ、1人で行くな! 危ないぞ!」
へ?、と声の方を向くと、今の自分より1周り大きい少年が駆け寄ってくる。
その顔立ちから、誰かがすぐにわかった。
「リバーセルさん?」
自分が知っているよりも幼い姿のリバーセルがそこにいた。
髪型はそのままに、色は銀ではなく、黒い。
身体つきは、同年代の少年と比較すると少しばかり筋肉がついている。
目つきはそのまま鋭い。
「こんなに人がいるのにはぐれたらどうするんだ!」
いきなり怒られた。
「ご、ごめんなさい…」
「見に行くなら一緒に行くから。ほら」
そういって、リバーセルは手を差し出してきた。
はぐれないように手を繋ごうと。
「あ、いやその…」
なんて言ったらいいものか、ウィルは口ごもる。
その様子に、リバーセルは首をかしげる。
「どうした、イヴ? 具合でも悪いのか」
「え?」
ウィルは、今、自分が”イヴ”と呼ばれていることに気付いた。
……この女の子が、”イヴ”さんで、”アウニール”…?
ウィルは、ますます混乱する。
”ライネ”の話で、てっきり”夢”の中のどこかにいるアウニールを探すものかと思っていた。
しかし、そうではなく、自分が当人となってしまっている。
「どうすれば…」
出口もわからない。
帰る方法もわからない。
しかも、自分は子供版のアウニールになっている。
途方にくれていると、
「…世話のやける奴だ」
リバーセルの方から手を握ってきた。
「あ…」
「ほら、行くぞ。もっと先に行って、近くで見るんだろ?」
そう言って、力強く、しかしこちらの歩幅に合わせるように手を引いてくれた。
大人達に声をかけながら、その間をスルスル抜けていく。
見上げる背中が、すごく頼もしかった。
……リバーセルさんって、いいお兄さんなんだな…。
「――見えたぞ。あれだ」
リバーセルと共に人混みが薄い場所まで来た。
指さされた先を見上げると、彩り豊かな航空船が間近にある。
実を言うと、”ミステル”の開館式を実際に見るのは初めてだった。
歓声は絶えず、人々は祝福する。
文明の夜明けのごときそれは、この世界から切り離されたにも等しい山岳の都市に外からの風をもたらす象徴。
より良きを望む、多くの人たちの希望。
「すごい…」
「そうだろう。でも、この光景は、世界に出ればもっとたくさんあるんだ」
そう言って、リバーセルがウィルの手を放し、肩に手を置く。
「…イヴ」
ふとその声が、神妙なものに変わる。
どうしたのだろう、とウィルは首をかしげる。
「俺は、いつかここを出る。もっと、世界を見てみたいと思う」
「世界を?」
「ああ。もちろん、お前がもう少し成長して、いろいろと準備ができてからだが」
リバーセルの目は、遠くを見ていた。
より広い世界を求める少年がそこにはいた。
リバーセルは、ウィルの両肩に手を置き、目の前にしゃがみ、視線の高さを合わせてくる。
「お前は、俺が手を放しても平気か?」
問いが来る。
それは、確かめだ。
……まいったな。どう答えればいいんだろう…
ウィルは、”イヴ”としての答えを思いつかず、沈黙し、うつむく。
”行かないで、お兄ちゃん”とか、”うん平気だよ”とか、いろいろ選択肢はあるが、どうもしっくりこない。
というか、この状況がすでにわけわからないのだが。
「…まぁ、お前には、まだ実感もわかないか」
そういって苦笑いし、リバーセルは腰をあげた。
祝砲が響き続けている。
「さあ、帰るか? この後、友達と後夜祭に行くんだろ?」
そんな予定があったのか、と思いつつウィルは頷く。
そして、頷きから、ふと視線をあげた時、
「――え?」
気づく。
おかしい、と。
”ミステル”の上部に停泊している航空艦の前部が不自然に傾いている。
停泊中、常に光っているはずの重力制御装置も、光り方が明らかに薄まっている。
「――大変だ! おい! みんな逃げろぉっ!! ここを離れるんだ!」
誰かが叫んだ。
なにを、と誰かが言った。
その時、
「な、墜ちるぞ…!?」
重力制御装置の光が、――消失した。
「なに!?」
「わぁっ!?」
「逃げろっ!!」
巨大な航空艦が、圧倒的な質量を有した落下物と化した。
歓声が、悲鳴に変わる。
「走れっ! イヴッ!」
「いっ!?」
リバーセルが、ウィルの手を握りつぶさんばかりの力で握り、走り出す。
制御を失った艦は、墜落の途中で下に停泊していた、数隻を巻きこみ、破壊力を取り込んでいく。
一気に膨れ上がったのは人々の混乱も同様だった。
リバーセルも、自分も子供の身体だ。
大人の走る流れに遅れていく。
「走れ! もっと速くだっ!」
人々の叫び声にかき消されないほどに、リバーセルの叫びは大きい。
背後にある墜落の過程における轟音が、近づいてくる。
だが、振り返る暇などない。
ただ走る。
人の波に翻弄されながら、前に進もうとする。
だが、
「…あ…」
波にもまれ、ウィルはバランスを崩した。
転倒する中で、固く握っていたはずの手が、引き離された。
「イヴ!?」
気づいて、リバーセルが戻ろうとするが、人の波に翻弄され離されていく。
その時、背後で巨大な爆発が起こった。
そこで、ようやくウィルは振り返り、それを見た。
墜落した航空艦数隻が誘爆し、巻き起こるオレンジと黒の炎。
膨れ上がったそれは、数多くの巨大な金属片と共にやってきた。
走った距離など、まるで微々たるものと言わんばかりに。
「…ぁ――」
声をあげる暇もないほどに一瞬。
ウィルの身体は、炎と衝撃に飲み込まれた。