7ー11:”白い”世界【Ⅱ】
「ーーここは…」
ウィルが気が付くと、奇妙な場所にいた。
一言でいうと、白かった。
どこまでも果てしなく白い。
足元を見ると影がある。
だが、それ以外はどこまでも白い。
「って、マジでどこ!?」
とりあえず歩いてみる。
さっきまで”ブレイハイド・弐”のコックピットにいたはずなのに、いつの間にかこんなところにいた。
”サーヴェイション・システム”が勝手に起動した瞬間、ウィルの身体は金色の粒子に包み込まれ、今の状況に陥っている。
「おーい! リバーセルさーん!」
さっきまで隣にいた人の名を呼んでみるが、当然返答はない。
「まいったな…、早くアウニールを起こさないといけないのに…」
額に手をあて、途方に暮れる。
突然の状況に放り込まれたにしては、割かし落ち着けているが、どうすればいいのかが全く分からない。
「――って、あれ?」
ウィルは、額の感覚を妙に感じた。
触れた手を放し、見る。
「傷…がない」
リバーセルとの戦闘で、額を負傷した際の傷が消えていた。
見ると、服も新品のように直っている。
カナリスを出た時から着続けて、酷使したせいでかなりボロボロだったはずだ。
……どういうこと?
首をかしげてばかり。
周囲には無音の白い地平のない空間。
唯一わかるのは、足がつく地面があり、自分の丸い影があるということだけ。
すると、
「――やっほー」
「って、うわぉっ!?」
突然、至近距離で背後から聞こえた声にウィルが飛び上がる。
慌てて振り返ると、そこには自分とは別の人がいた。
白く透き通った薄手の布を羽織り、笑みを浮かべた女性だ。
腰まで届く緑色の長髪にかすかな光の反射があり、うっすらと金色の粒のような光がきらめいている。
神々しさを持ちながら、しかし近づきがたいわけでもない。
そんな不思議な感覚をウィルは感じた。
同時に、
「…あれ、どこかで…」
ウィルは、以前どこかで目の前の女性に会ったような錯覚を覚えた。
……緑色の髪、お姉さん的な雰囲気、そしておっきな胸…!
確かめなければ。
「あの、ちょっと抱きついてみていいですか?」
「初対面の相手にそう言えるのはさすがを通り越して引くけどね。ウィル=シュタルク君」
女性は、半目でウィルを見た。
「はっ!? すみません! つい!」
「”アウニール”が聞いたら嫉妬ナックルで天までぶっ飛ばされているよ」
ウィルは、我に返り今の言葉に反応する。
「アウニールを知ってるんスか!? えっと…、ちょっとおエロイお姉さん! 抱きついて、じゃない!」
「我に返りきってないね」
「は!? いかん」
ま、いいよ、と女性は微笑を浮かべた。
「君、どうしてここにいるのかわかる?」
「いえ…、というかここどこなんスか?」
それが一番の疑問だった。
女性は、その問いに対してあっさりと応答した。
「ここは、彼女の――”アウニール”の夢の中だよ」
「そんな御冗談を~」
ウィルが、いやいや、と手を振る。
「冗談じゃないんだよね。これが。じゃあ、自分で説明できる? 理解できる?」
「それは…、無理」
「でしょ?」
「でも、もしそうなら、なんでこんなことに? 夢の世界とかお伽話ッスよ」
夢。
それは1人だけもの。
それにウィル自身が入り込めたといわれても、到底信じられるものではない。
「君は、今、少しだけ特別な状況にいるんだよ」
そういって、女性はウィルに歩み寄る。
ほんの1歩で身体が触れるほどの距離。
彼女の背丈は、ウィルよりも少しだけ低い。
「いい? 君は、彼女から少しだけ分けてもらったんだよ」
「なにを…?」
「アウニールと出会って、”シア”で崩落に巻き込まれ、死にかけた。その時、君の”生きたい”という意思に彼女は応えた。そして、分け与えた。彼女の”不死”のナノマシン。それをほんのわずかだけ」
「”不死”のナノマシン?」
そう、と女性が人差し指の先をウィルの胸にあてる。
「君は、アウニールと同じものを体内に持っている」
「つまり、俺も死なないってことに?」
「言ったでしょ? 分け与えられたのはほんのわずかな欠片。無数の中の1つ。それは時間が経つほど薄れ、いずれ消えてしまうほどにかすかなものに過ぎない」
「ほんの少しだけ…スか」
「だけど、そのおかげで君は、この世界で唯一、彼女に会う資格を持っている。眠り続ける彼女に語り掛けることができる」
「アウニールは、どこにいるんスか?」
「教えてあげるよ。だけど、先に確認していいかな?」
「何を?」
「後悔しないかどうか」
女性のほほえみは変わらない。
だが、試すような声。
「これから先、君は彼女のもっとも嫌う世界を知ることになる。それを見て、君が正気でいられるかどうかは保証できない。それでもいい?」
「な、なんか怖いッスね…」
「それだけの覚悟が必要なんだよ。君は、今、”アウニール”であってそうではない。”アウニール”のふりをして、この場所に踏み込んでいる。当人なら大丈夫でも、別人である君に大丈夫かどうかはわからない。そういうこと」
女性は、詳しくを語らない。
ウィルに覚悟があるかどうかの話だ。
「……大丈夫ッス。行きます」
「OK」
女性は、そう言ってウィルの視線から横にずれる。
すると、先ほどまでなにもなかった彼女の背後に装飾の施された黒い扉が出現していた。
「行くといいよ。困ったら呼んでね」
「わかりました。……そういえば、お姉さんの名前を聞いてなかったッス」
「私の名前? そうだね、じゃあ”ライネ”で」
「わかりました”ライネ”さん。……あれ、どこかで聞いたような…」
「お気をつけて」
「あ、はい」
ウィルは、引っかかるものをとりあえず忘れ、扉の前に立ち、丸いノブに手をかける。
そして、それを回し、扉を開け放った瞬間、
「いっ!?」
扉の中に吸い込まれた。
「でわああああっ!?」
ウィルを飲み込んだ扉は、ひとりでに閉じ、白い空間に静寂が戻る。
「ウィル=シュタルク。君は、”鍵”だ。”鍵”が持つ権利は、2つ。”閉ざす”のか、それとも”開ける”のか。君もまたつらい選択を迫られる。それが運命だから……」
”ライネ”の姿が、羽根となって散る。
誰もいなくなった空間にある、黒い扉。
選択の時が来る。