7-11:”白い”世界
『お前は、あの森での戦いで”サーヴェイション・システム”を開放した。収束したプラズマの一撃で俺吹き飛ばすこともできたはずだ…。なのに、それをしなかった…。どうしてだ…』
リバーセルの声が、機体を通して静かに響く。
壁に抑えられ、うなだれた体勢の”ラファル・センチュリオ”は、それきり動こうとしない。
全身の力が抜けているかのように静かだった。
ウィルも、”ブレイハイド・弐”の出力を落としていた。
振りほどこうと思えば、それなりの動きが可能であると向こうもわかっているはずだ。
だが、リバーセルはそれをしようとしない。
『……俺、あの時、声が聞こえたんス。アウニールだけど、でも違う別の人の声…』
前に”ラファル・センチュリオ”と交戦した時、ウィルはブレイハイドの力を確かに引き出した。
一方的に襲ってきたリバーセルという”悪”を倒し、勝利を収めることもできた。
だが、それをしなかった。
『声…』
『たった一言だけ、――”兄さんを、助けて”って』
『それは…』
『それがイヴさんだったのかは、わからない。だけど、その時から俺はあなたとアウニールを助けたいって、思うようになった…』
アウニールと同じ声。
だけど違う人。
『イヴは、生きている…。だから、俺は…』
『…ここに来るとき、声がまた聞こえた。とても苦しんでいる声で、”助けて”って』
『苦しんで、いる…?』
ブレイハイド・弐”が、”ラファル・センチュリオ”から手を放し、ゆっくりと数歩後退する。
頭部をわずかに動かし、センサーを光を吸収し続けているゲートに向ける。
『リバーセルさん。あの向こうで、何が起こってるのか知ってるなら教えてもらいたいッス』
『…”イヴ”の調整だ。お前の元を離れてから、イヴの調子がおかしくなった』
『おかしくなったって…』
『俺とイヴの身体には、”ナノマシン”という技術が組み込まれている』
『ナノマシン…?』
『いかなる傷をも治癒し、老いることもない。この身1つで機械に干渉することもできる。要は、人間を疑似的に機械化する技術だ』
『よくわからないけど、それでアウニールはずっと死なないってことに?』
『そうだ。俺は不適合なせいか定期的な調整が必要だが、イヴは違った。調整もなく、以前よりも強い身体になって甦った』
『それで、鋼鉄の箱を片手でホイホイ投げたりできたんすね…』
『なんの話だ』
『あ、いや、こっちの話ってことで』
ウィルがそういった後、リバーセルがしばし黙る。
そして、不意に尋ねるように言った。
『…ウィルとはお前の名前か』
『え? ああ、そうッス。ずっと、名乗るの忘れてた…』
『”アウニール”が時折目覚めると、最初にその名を口にしていた。それほどに、お前はあいつの中に残っている。…俺よりもな』
『それは…』
『お前に聞きたい。”アウニール”は、お前といて、人らしく生きていたのか…?』
ウィルは、思い出す。
遠慮なく殴られていたことを。
……あ、でもこれ言ったらダメだ!?
なのでとりあえず、
『とても生き生きとしていたッス!』
嘘は言ってない、と思うことにする。
だが、少なくとも”カナリス”での暮らしを楽しんでいたのは間違いない。
『そうか…』
リバーセルから納得の声が漏れる。
『俺のそばにいるとき、あいつは生きているようには思えなかった。まるで”イヴ”の姿をした別の誰かのようだ、と…。だが、それはそうだったのかもしれん』
『すいません…、でも…!』
『わかっている…。俺も、本当はわかっていた。だが、否定したかった。お前の言う通り、俺は、こうなってしまった自分の存在を守りたいがために意地になっていただけだった…』
リバーセルの声には虚しさがあった。
結局、わかっていた結論に辿りついてしまったのだ。
『ー―リバーセルさん、お願いしたいッス。俺、アウニールに会いに行きたい。そして、また話したい』
『何を話す』
『これからのこと』
『あいつは、ずっと生き続けるぞ。お前が共にいたいと思っていても、時間の流れがそれを許さない』
『わかってるッス。だから話していかないといけない。ずっと先にあるものを恐れるより、今からのことを考えていくために』
『今からのこと、か。俺は、あいつ以外の全てを捨ててきた。もう帰る場所もない』
『じゃあ、”カナリス”に就職したらいいッスよ。俺が紹介するッス。リバーセルさん、腕っぷしあるからきっと一発合格ッス!』
ガッツポーズをとる”ブレイハイド・弐”の姿に、リバーセルの緊張感が一気に抜き取られる。
『…おかしな奴だ。俺は、ほんの前まで戦っていた敵なんだぞ』
『俺は、リバーセルさんのこと敵だなんて思ったこと、あんまりないッス』
『思ったことがあるんだな』
『初対面の時とか』
『まぁ…確かに出合い頭に痛い目を見せたな…』
言葉の終わりと同時に”ラファル・センチュリオ”が駆動音をたて、ゆっくりと動き出す。
上体を前に倒し、背面を壁からをはがしていく。
パラパラと、欠片が落ち、機体の装甲を軽く打つ。
そして、金属がすりあう音が響き始める。
『ゲートが、開く…?』
ウィルが機体を振り向かせると、固く閉ざされていたゲートが徐々に開いていく。
『お前が、あいつを救ってくれるのか…、それを見たくなった』
『リバーセルさん。ありがとう…』
『まだ礼を言うには早い。まずはあいつを、…アウニールを目覚めさせなければーー』
と言いかけ、リバーセルの声が止まった。
『なんだ…?』
2機が、ゲートの先を見た。
そこには、巨大な装置が鎮座している。
球体を頂に置く、その根元に”棺”がある。
『なんか、大掛かりな装置ッスね。これで”調整”とかしてるんスか?』
『いや…こんな装置を使うとは、聞いていないが…』
『とにかく、アウニールのところへ…』
想定外の物体。
それを近づいて調べようと、”ブレイハイド・弐”が、1歩踏み出した時だった。
『うわっ!? なんで!?』
『どうし――』
た、と言おうとして、リバーセルは事態を理解する。
”ブレイハイド・弐”が再び、金色の粒子を溢れさせている。
”サーヴェイション・システム”が起動しているのだ。
『何をしている!?』
『わからない!? 勝手に――』
ウィルの声が途切れる。
同時に、”ブレイハイド・弐”の姿勢が崩れ、片膝をつく。
『ウィル! どうした!』
応答もなく、そのままセンサーの光が落ちるが、しかし、
『システムが停止していない…?』
沈黙した”ブレイハイド・弐”は、金色の粒子を放出し続ける。
停止したわけでもなく、動くのでもない。
ただ、止まっていた。
まるで、巨大な装置に共鳴するかのように。