7-8:少年、叫ぶ【Ⅱ】 ●
「――”鍵”を引き連れて到達したか。エクス…」
ファナクティは、端末を操作しながらそう1人呟いた。
この場所にいるのは、自分だけだ。
”知の猟犬”もリバーセルも迎撃に出ている。
戦況をモニターしているデータもあるが、ファナクティにとってはどうでもいいものだった。
見る先にあるのは、”イヴ”の眠る棺。
その側面から伸びる数十にもおよぶ配線は、さらにその奥にある巨大な装置に繋がれている。
球体を頂に浮遊させるそれを起動させるべく、ファナクティはこれまで生きてきた。
「いや、生かされていた、か…」
これが自分の役割だ。
世界に滅びと終わりを招く発端となった人物。
本来、どのような人物であったかも今となっては分からない。
この過去において、その役目を担う”駒”となったのがファナクティ自身であるからだ。
「むしろ、私そのものだったのかもしれんな…」
ファナクティは、ずっと考えていた。
もしも、自分が過去に跳ばなければどうなっていたか。
この役目を背負う者がいない世界があっただろうか。
「…いや、ありえん。無駄な思考だ」
ファナクティは、そんな考えを切り捨てる。
自分は、今こうして存在し、役目を終えようとしている。
もしもなどない。
奇跡などない。
そうあるべきと最初から決まっていることを”役者”として遂行するだけだ。
あの箱舟に乗っていたほぼ全ての者達と同じように。
だが、
「エクス。お前は、そうではない…」
ファナクティの視線が動く。
見るのは、1つの策敵データ。
遺跡内に侵入したエクスと”鍵”の動き。
すでに隔壁を突破し、こちらに近づいてきている。
配備していた無人機も、未来と過去、それぞれの技術を取り込んだ2機を止めるにはあまりに非力。
「ライネの言ったとおりになったな…。お前は、優しい人間だ。大切な者のために、命を賭けることができる」
言って、最期のキーを打ち、操作を終える。
そして、”イヴ”の眠る棺と、巨大な装置に”LINK完了”の文字が表示され、金色の粒子がケーブルを伝わっていく。
それをひとしきり眺めた後、ファナクティが踵を返す。
もうこの場所に留まる理由もない。
全ては終わった。
後は、時間が経つのを待つのみ。
視線を動かし、もう1つのキーを叩く。
「エクス、気づいているのか…? この場所の正体と、そして、自身の迎える結末に――」
唯一残された防衛システムが起動する。
ファナクティの意思に従い、1度だけ動くようにしてある。
「お前は、…帰ってきたんだ」
●
巨大な通路で爆発が複数起こる。
”ソウルロウガ・R”と”ブレイハイド・弐”が、襲い掛かってくる敵機を次々と破壊していく。
『沈め…!』
”ソウルロウガ・R”が”花翼”から、前面に障壁を展開し、強引に突っ込む。
敵中央に踏み込むと同時に、プラズマをブレード状に展開し、機体を高速で旋回させる。
取り囲み、射撃を与えようとしていた敵の全てが外壁を切り裂くほどに伸びたプラズマブレードの回転を受け、両断される。
『でぇあっ!』
”ブレイハイド・弐”は、敵の射撃に対して、大槍と前面装甲を盾に、間合いを詰め、体当たりで吹き飛ばす。
質量弾と化した突進に耐え切れなかった敵が砕けて飛んでいく。
側面からの射撃に対しては、肩部の装甲で耐えつつ、旋回と同時に大槍の振りで打撃を与える。
●
……ここは…。
侵入後、エクスはこの場所に妙な感覚を得ていた。
撃破と突破を繰り返しながら、周囲を見る。
知っている。
かつて自分は、この場所に来たことがある。
『エクス! まだ下ッスか!?』
「ああ。先は長い。気を抜くなよ…!」
いつだ、と思考する。
プラズマの余波を受けて、焦げつかない。
”花翼”による直撃を受けても接触部分がかるく焦げつき、傷つく程度におさまっている。
……プラズマコーティングされている…?
これは、過去でなく、未来の技術だ。
……まさか…
斬りかかって来た敵を、右拳の一撃で吹き飛ばした後、通路の先を見る。
暗がりの奥に、より深くへと潜る巨大な搬入口があることは、”紅”を通して確認済みだ。
……この構造は…!
エクスは確信に近いものを得る。
ここは、”インフェリアル”ではない、と。
その時、建物の振動を感知する。
『うお!?』
「なに…!?」
”紅”が捉えたのは、施設内に駆け巡ったエネルギー反応。
瞬間的に奔った程度だが、それでも流れた後から変化は劇的に起こる。
彼らの通っている通路の隔壁がことごとく動いていく。
数メートル単位で縦横に回転し、あるところは沈み、別の場所はせり上がる。
「通路の形が変わる…!? しまった…!」
エクスが気づいたときには、すでに”ブレイハイド・弐”の姿は通路の変形によって出現した壁面の向こうに消えていた。
分断されたのだ。
「ちぃっ!」
”ソウルロウガ・R”が、壁面に向けて”花翼”の射撃を浴びせる。
だが、壁面は軽く表面が削れる程度で、破壊は不可能だった。
「ウィル! 無事か!」
『大…夫ッス! でも、なん…俺だけ、床と一緒…下にむ…ってるみ…いッス…ど!?』
”紅”を展開し、”ブレイハイド・弐”の位置を索敵する。
……下層に向かっている…!?
”ブレイハイド・弐”を乗せた床面のブロックが丸ごと、下層に向けて動いている。
まるで、そこに待つ何かの元へ誘われるのように。
そして最下層には、もう1つ別の熱源がある。
規模からして、人型兵器に違いない。
「ウィル! 俺と合流するまで耐えていろ…!」
応答はない。
ノイズだけが流れ、”ブレイハイド・弐”の反応は下層へと流れ続けていく。
……急ぐ必要があるか…!
違和感を振り払い、奥に進もうと意識を前に向ける。
すると、
『――エクス=シグザール』
自分を呼ぶ声が、通信に入ってくる。
「ファナクティ…!」
『奥に来い。話がある』
その言葉の終わりに、1つの巨大な人型が暗がりの向こうから現れる。
「”ライクス”…」
未来で使われていた量産機の最終型。
この過去に存在しない機動兵器。
無駄のない、高水準な機体。
しかし今は武装の一切が外されている。
『私は奥にいる。その”ライクス”についてくれば、会うことが出来る』
「…お前との話は後だ」
『そうもいかん。私にも時間はあまり残されていないのでな』
「どういう意味だ」
『時間がないと言った。…来るかどうかはお前が決めろ』
そう言った後、案内人である”ライクス”は、背中を向けて歩き出す。
●
「通信が切れた…」
ウィルは”ブレイハイド・弐”と共に、下層へと向かっていた。
1人では、少々不安だが、
「いや…! 大丈夫ッス…!」
頬を両平手で、一発打って気合を入れる。
「いたい…」
少し強すぎたと反省しつつ、動き続ける周囲を見る。
すごく遠いところに来たような気がする。
思えば、アウニールと出会ったのもこんな地下深くだった。
「アウニール…」
先ほどから、ウィルの中には妙な感覚があった。
鼓動のようなものといえばいいだろうか。
自分の心臓ではなく、全身に波が来るかのような感覚。
下層に近づくほど、それは強さを増していく。
……もう、着くのか…。
床が止まる。
正面に巨大な空間への入り口が開けた。
上にいた時と明らかに違う。
壁面のラインをエネルギーの光が流れていく。
それは一点へと集束していくかのように一定のリズムを刻んでいた。
まるで、巨大な心臓の鼓動のように。
「ここは…」
ウィルは、周囲を見ながら”ブレイハイド・弐”を歩かせる。
その時、コックピット内のアラームが鳴る。
「っ!」
咄嗟に大槍を盾にして、防御する。
襲い掛かってきたのは射撃だ。
着弾は、数メートル先の床を穿った。
射撃が止まる。
『――また来たのか。バカな奴だ』
ウィルは、防御を解き、声のした方向へと目を向けた。
「あなたは…」
巨大な人型が、巨大なゲートの前に立っていた。
かつて、”ブレイハイド”を中破させたあの機体だ。
銃身の下部にブレードを取り付けた武装の片方をこちらに向けている。
『――この先に行かせるわけにはいかん』
ゲートを守るように立ちはだかる黒い機体は、そう言った。
「リバーセルさん!」
『…俺のことを知ったか』
「知ってる。昔、この場所で、”ジャバルベルク”で起こったことも。”イヴ”さんのことも…」
『だからなんだ? 前に言ったはずだ。今度会えば、お前を殺すと』
ウィルは、相手の戦う意思を感じ取る。
話し合うには、勝たなければならない。
……この人は、家族を守りたいと思っているだけなんだ。
ウィルは覚悟を決める。
そのために、ここに来たのだ。
『帰る気はないようだな…』
「当然ッス」
『どうしてあいつに関わろうとする。知ったというなら、分かるはずだ。”アウニール”という存在など、この世にはない。”イヴ”が作り出した幻だ』
「そんなことはないッス。”アウニール”は、確かにあの場所にいた。短い時間だったけど、俺と一緒にいろいろな物を見て、いろんな顔を見せてくれた」
ウィルは、受け答えの中で早まる自分の鼓動を押さえつける。
かつて与えられた敗北の中に、確かにあった恐怖。
それを振り払うべく、よし!、と顔をあげる。
「俺は、あなたに言っておきたい!」
『……なんだ』
ウィルは、ムソウに言われた言葉を思い出す。
”いいか、ウィル。戦いってやつで、自分のペースを掴むか、相手のペース乱すってのは結構効くもんだ。戦う技術以前に、それができねぇといけねぇ。だから、とりあえず相手のペースを乱せ。そのための言葉は1つくらい考えておけ”
と、そんな感じだった。
でも、
……すいません、ムソウさん。なんも思いつかなかったッス
だが、決めていたことはある。
それは正面から堂々とぶつかること。
そして、そのために必要な宣言はすでに考えがついた。
相手は、アウニールのお兄さん。
だからこそ、この一言を告げようと。
ウィルは、深呼吸し、そして大きく息を吸う。
そして、
「リバーセルさん!」
『なんだ…?』
「妹さんを俺にくださいっ!!」
『ふざけてるのか、貴様ァッ!』
黒い機体が、銃口を跳ね上げる。
鎧を纏った新たな”ブレイハイド”が、防御体勢をとる。
ゲート前で2体の守護者の戦いが始まる。