7-7:死して在る者 ●
「残っている住民はいないようですね」
「1ヶ月間大変だったよね」
「まあ、ここからが大事になってるんですけどね…」
”ジャバルベルク”のミステルの入り口で腕を組んで周囲を見渡しているエンティに、軽く周囲を探索してきたヴィエルが話しかける。
”ジャバルベルク”に逃げ遅れている住民がいないかの最終確認を行っていた。
「にしてもやけにスムーズでしたね。退避についての詳細とか伏せたままだったのに、混乱とか反論とかほとんどなしに、こうもトントン進むなんて」
「うーむ…もしかして」
「なんです?」
『――理由はおおむね予想がつく』
手首の端末からいきなり来た声に、うおっ!?、とヴィエルがはねる。
「社長…驚かせないでくださいよ…」
『有事のため、通信機はすべてオープンにしておけと言ってあるはずだ』
「有事ですか…。いまだにピンと来てないんですよね。今回の事態に」
「大丈夫? 胸にばっか栄養行き過ぎてない?」
「そういえば、最近また胸周りがきつく…、ってそんなわけないでしょう!?」
「じゃあ尻に栄養が」
「確かに最近ラインが気になって…、って、わ! なし! 聞かなかったことに!?」
ワタワタと手を振るヴィエルを、ニヤケてからかう。
すると、
「おーい。こっちも誰もいなかったですさ」
「こっちもだ。人の気配はねぇぞ」
新たにやってきたのは、小太りの小柄な男と、やせのっぽな長身の男。
ミットとロブだ。
「あんまいい思い出のあるとこじゃないんだけどな」
「地理の下調べが役に立つとは思わなかったさ」
「あ、おつかれさん。ねぇ聞いてよ。ヴィエル、また尻が大きくなったんだって」
「なってません!」
「別にいいじゃねぇか。俺、尻派だぜ?」
「尻がでかいと安産だって言うですさ」
「でかいって決め付けて話を進めないでくれますぅ!?」
『――ヴィエルの尻の大きさはどうでもいい。話を戻すぞ』
●
頂上に停泊状態にある”シュテルンヒルト”のブリッジ内は、現在、情報処理の中枢だ。
再開された”朽ち果ての戦役”の状況。
各地の情報封鎖における混乱の有無。
作戦行動中のエクス達の動き。
多くの情報が空間ウインドウを通して、この場所に伝わってくる。
ヴァールハイトは、それら全てを網羅し今後の展開予測を繰り返し、状況対応の案をいくつも練っていた。
『スムーズな避難の理由ってやっぱり”インフェリアル”のせい?』
「その名称と存在は伏せられていたのだろうが、長い間に培われた有事の際の手順というものが徹底されていたのだろう。この都市において長老の存在は絶対的な意味を持つ。長老が”降りろ”といえば、誰もが都市を降りる」
『すごい影響力ですね』
「広大であるがゆえ、細かな情報を伝達するにはやや難がある。ゆえにシンプルな命令一言を住民が実践するよう幼い頃から叩き込まれているようだ」
『そういえば、前にもこんな大規模な移動が起こったことがあるって…』
ロブのぼやきに、ヴァールハイトが目配せする。
『非常事態でもあったんですか?』
『なんかあったっけ? このなんもない場所で』
「それについて、ある人物から依頼を受けて調べていた」
『さすが社長さん。動きが早いさ』
「長老が、電子資料を持っていたのでな。そこから調べ上げた。そして、大規模移動を発令した出来事とは――」
ヴァールハイトがウインドウのファイルを展開する。
「――当時、ジャバルベルク初となるミステル建造中での”航空艦の接触墜落事故”だ」
●
「墜落事故? またどえらいもんだね」
「でも聞いたことないですよ? そんな大事故」
「ここ山の上だから他の都市まで情報がいかないさ?」
『そうだ。私達が知っているのは流れてくる情報だけだ。ジャバルベルクは情報の発信、受信の手段をほとんど持っていない』
「またどえらく古いね。そこまでして情報漏洩避けたいのかね」
『世界をひっくり返す兵器が眠っているゆえの責務を果たしていということだ』
ん~、とエンティが首をかしげる。
「んでさ。その事件を調べるのが依頼だったわけ?」
『いや。依頼内容はその事故発生時に、犠牲になった者についてだ』
「あ、やっぱりいたのね」
『”ジャバルベルク”の区画3つに被害及んだ規模の事故だ。犠牲者も当然出ている。そして、その中に気になる顔があった』
「顔写真あるの?」
『生前のものだがな』
各自の端末に送られてきたのは、1人の少女の写真だった。
黒い髪に幼く無邪気な笑みがある。
「こりゃ残念だ。将来美人になったのにな」
「これがどうかしたの?」
『分かりづらいか。ならこうしてはどうだ?』
写真が変化していく。
特徴をそのままに、より大人びた少女のものへと。
その過程で誰かが、え?、と目を丸くする。
そして最終的に、
「は…!?」「お…!?」「なに…!?」
皆が同じ表情になった。
「なに、これ…似てるだけ、だよね?」
「俺に言われても…」
それは、皆が知っている顔。
髪の色こそ違うが、しかしそれ以外はまったく同じ。
「アウニール…?」
銀色の長い髪に金色の毛先。
すこし鋭くある目つき。
幼さの残る無表情。
この場の誰もが知る、あのアウニールだ。
「どういうこと…? そっくりさんとか巧妙なイタズラ映像だって言うなら、笑うけど」
『残念ながらそっくりさんではない。この写真の成長予測率は97%。間違くこの写真の少女はアウニールだ』
場の空気が静まる。
わけが分からない、と。
「どうしてこの死亡者リストにアウニールさんが?」
『この写真の少女は、”アウニール”という名ではない。登録名は”イヴ=アルバンス”となっている』
「イヴ…? じゃあアウニールさんは、名前詐称してたってことになるんですか?」
『そこまではわからんが、はっきりしていることはある』
ヴァールハイトが、続けようとして、
「――アウニールは1度死んだ人間ってことでしょ。それがなんでか生き返って、五体満足に歩き回っている」
『そういうことだ』
「生き返ったって…、そんな非常識があるわけ…」
『忘れたか。すでに我々は、未知の技術の存在があることを知っている。誰も知らない、不明だらけのものは確かに存在している。なら、常識すら越えた現象がすでに裏側で起こり続けていても不思議はない』
「ジャバルベルクが、実は超技術を隠しもってたってことは?」
『なら、私が見逃すはずはない。ジャバルベルクの長老はこの事態を危惧し、住民の統制を徹底していた。人の口に戸は立てられないからこそ、誰も知らないようにした。なら、この不可思議な技術は他の場所からやってきたのだ』
「他の場所?」
『別次元か、異世界か、または未来か。御伽話が現実に、ともいえる。おそらく、限られた者のみが扱えるのだろう』
常識すら越えて今の事態がある。
誰もがそう認識を改めた。
「もう1つ訊いていい?」
『なんだ?』
「”依頼者”って、あいつ?」
『あいつ、とは?』
「あのバカ?」
『そうだ』
「そう…」
エンティが目を閉じて、軽くため息をつく。
その様子を見て、ロブがヴィエルに話しかける。
「おい、あれで分かるのかよ? 俺にはさっぱりなんだが…」
「まあ、なんとなくは」
「あの子さ?」
「たぶん」
「もしかして分かってないの俺だけか?」
エンティが遠くを見る。
自分の知っているバカが戦っているであろう方角を。
「全部知って、それでも迷わずに本当に大切なだって言えるなら、絶対に取り返して来い…! ウィル!」