7-6:決着の場所へ
「―――始まったか」
すでに”ソウルロウガ・R”に搭乗しているエクスは、状況が始まったことを感知する。
見上げる空には、待機状態の”ナスタチウム”があり、そこから2つの機影が地上に向けて降下していく。
飛翔翼であるブレードスラスターを同時に展開した”ヘヴン・ライクス”と”ヘル・ライクス”は、展開しているアルフェンバイン部隊へと挑んでいく。
『…信じてはいるんスけど、たった2人で大丈夫ッスかね…』
隣にある機体からウィルの声が来る。
心配そうに空を見えげている機体は、強化改修された”ブレイハイド・弐”だ。
「これが最善だ。あいつらも覚悟をもって来ている。信じるしかない」
『そうッスね…!』
作戦は、”ナスタチウム”が相手の索敵範囲に入る前から開始していた。
エクスの”紅”によって、レーダー範囲は事前に把握できており、その範囲に入る前に”ソウルロウガ・R”と”ブレイハイド・弐”を降下させていたのだ。
そして、”ナスタチウム”と”両翼”が相手の対応に当たる。
その隙に、2人は相手の中枢に突入する。
作戦の最終目標は”アウニールの奪還”であるが、エクスとしては破壊活動も行う予定だ。
”インフェリアル”を破壊、もしくは再起不能にしてしまえば、”狂神者”の目的を叩き潰せる上、人類を滅ぼすとされる要因を根本から消し去ることができる。
つまり、
……未来を変えられる…!
『あれ、入り口から入れないのに、どうやって中に?』
「決まっている。正面がだめなら裏口からだ」
言って、エクスは”紅”を発動する。
左目が光を帯びる。
そしてそれがコックピット内のラインに接続され、伝わり、光の線が駆け巡る。
”ソウルロウガ・R”は、戦闘以外にも、”紅”のハッキング、策敵能力を強化することもできる。
それにより、山岳をそのまま都市とする広大な”ジャバルベルク”全てを策敵範囲に収めることができていた。
……入り口は1つ。だが…。
エクスは、知る。
”インフェリアル”に到達する入り口は、表層の遺跡だけではない。
まるで虫食いのように、山のいたるところに穴が開いているのだ。
その全てが、内部に通じている。
その数は、100に近い。
「――入り放題だ。一番、近いのは…」
ここから東に向かった地点に、機体が侵入できるサイズの入り口があることを探り当てる。
それを隣にいるウィルに伝えようと、視線を向ける。
「ウィル、こっちに――」
言いかけて、
『――聞こえる…』
そんな呟きを聞いた。
「どうした…?」
『聞こえないッスか? アウニールの息遣い…みたいな』
エクスが音声の策敵を行う。
拾ったのは遠くにある戦闘の音、それに驚き警戒を強める動物達の動き、空気の流れと多いが、どこにも”息遣い”と思えるものはない。
「何も聞こえていないぞ」
『いや…、聞こえるッスよ! なんか、苦しんでるみたいな…』
そう言うと、”ブレイハイド・弐”が直立し、動き出そうとする。
しかし、”ソウルロウガ・R”が、それを制した。
「待て。感覚だけで行動するな。命取りになる」
『え、ああ、申し訳ないッス…。あれ、聞こえなくなった…』
「一番リスクの少ない搬入口がある。そこに急ぐぞ。ついて来い」
『了解ッス』
並び立つ2機が互いに顔を見合わせる。
「ウィル。先に言っておく」
『なんスか?』
「初め、お前にあった時、ただの大飯食らいのバカでしかないと思っていた」
『む。それを言うなら俺もエクスのこと、無愛想で無鉄砲なバカだと思ってたってことにするッス』
「まぁ…当たってるか」
『でも、分かってたッス。いい人ッスよ、エクスは。誰かのために必死なんだって、すごくわかった』
「お前もたいした奴だ。アウニールのためだけに、ここまで来たんだからな」
『……』
「どうした?」
『正直なところ、俺もどうしてここまで必死になれたのかなって、今さらながら思うんスけど…』
「本当に今さらだ」
『ははは…。でも、今ならこう思える。俺は、アウニールと一緒にいろんな人に会いに行きたい。それはきっと、辛いこともあるけど、でも楽しいことはそれ以上にある。きっと!』
エクスは、ウィルがさらに先を見据えていることを感じた。
”インフェリアル”を停止し、未来を変えることを目的としているエクスは、先のことなど考えていない。
しかし、ウィルは違う。
アウニールとの再会を達成した上での、さらに先を見ているのだ。
それは希望。
明日を、未来を生きていくという、誰しもが持ち、しかしウィルだけにしかないもの。
……なるほど、”鍵”…か。
エクスにとって、ウィルの姿こそ可能性に思えた。
滅びの未来を越え、より良きを望む存続の未来を得た人類の可能性だ。
「…ウィル、――生きろ。どこまでも」
『え? 今、なんて…』
「行くぞ!」
『おうッス!』
2人がそれぞれの”未来”を得るために行動を開始する。
●
ファナクティは、1人格納庫内に打ち捨てられた”骸”を見上げていた。
固定されるわけでもなく、ただ転がされただけの”骸”。
かつて、”絶対強者”と言われ、幾多の命を葬ってきた存在。
「お前は、もはや自分が”人”であったことすら思い出せまい…」
静かに、語りかける。
答える者などいない場所に、ファナクティの言葉だけが呟かれる。
センサーに光のない、”骸”の頭部。
装甲が削げ落ち、内部のメインフレームがむき出しになっているそれは、まるで髑髏をむき出しにしているかのようでもある。
「妹を守ろうと、世界を敵に回して戦い続け、その身が朽ちた後もなお戦い続け――」
黒く、無骨な装甲。
原型もバランスも度外視した過剰な造りを見る。
砕けているからこそわかる。
表面の装甲の下には、前に破損した形跡がそのまま残されている。
砕かれる度に、増設と強化を繰り返しこの姿に至ったのだ。
「純粋故に、狂ってしまったのだな…。だが、それでもお前は忘れなかった。”妹”を守るということだけは……」
破壊者と言われた存在は、守ろうとしていた。
かけがえのない、ただ1つだけのものを。
己が正しいと思うことを成そうとしていた。
「善か、悪かなど人の尺度でいくらでも変わるか…。なら、今こそ歴史の分かれ目となるのだろう…」
床が一瞬震えた。
「来たか、エクス…いや、”語られない英雄”よ…」
ファナクティは、踵を返す。
最期に、一度立ち止まり、視線だけで振り返る。
”骸”を見て、。
「――また、お前から会いに来るだろう。待っているぞ、――”リバーセル”」
一言、そう言った。