7-4:”稲妻”VS”槍撃”【Ⅵ】 ●
ランケアは、己の意識が透き通り、真っ直ぐにあることを知覚した。
見せる先にある相手はただ1人。
周囲には誰もいない。
”地の稲妻”も槍撃隊も、誰もがおらずただ2人だけの戦いの場がある。
槍の振り下ろしに対して、相手は剣で防御する。
柄と刀身が衝突し、互いを弾きあう。
『細身だからと言って、ぶつかりあいに弱いわけではないぞ!』
”エーデルグレイス”が、踏み込み、地を這うように飛んでくる。身を低くした一閃だ。
『くっ…!』
”槍塵”が、右脚を大きく引き、槍を地に打ち付け、金属の柱を形づくり、これを阻む。
槍を蹴り上げ、刃を弾き、反撃に転じる。
高速の刺突を連射する。
『よい攻撃の流れ、だが刺突は私もまた得意分野だぞ!』
”エーデルグレイス”は、”槍塵”からの突きを数発回避すると、同等の技で応じるように刺突を返して来る。
リーチでは、”槍塵”が勝っている。
だが、
……進んでくる…!
足を止めて、攻撃を繰り出す”槍塵”に対して、”エーデルグレイス”は攻撃同士の衝突を繰り返しながら、乱れのない踏み込みで、確実に間合いを詰めてくる。
……こちらの攻撃を防御しながら…!
リッターは、闇雲に刺突を繰り出しているわけではない。
槍の突きの軌道に剣の突きをぶつけ、わずかにそらし、隙間を作り、その間を抜けてきているのだ。
その思考の流れを瞬時に終えたとき、
『槍に剣で打ち勝てない道理なし!』
急所狙いの突きが飛んできた。
……頭部…!
研ぎ澄ました動体視力で、ランケアはこれを見切る。
”槍塵”が頭部を横に倒し、点を穿つ攻撃を回避し、傾いた流れを持って、槍の伸縮機構を使い、引き戻す。
刀ほどの長さにまでなり、取り回しやすくして、
『はぁっ!』
がら空きになった相手の胴に向けて振り上げる。
入った、と思い、
『甘いな!』
リッターの声に確信は打ち消される。
”エーデルグレイス”は、すでに跳躍していた。
踏み込みを捨て、回避された刺突の勢いに乗って、”槍塵”を肩越しに飛び越えて見せた。
だが、
『着地は…隙です!』
着地地点を予測し、”槍塵”が背面へと旋回をかける。
左脚を軸にした、回転に乗せ、槍を伸ばし斬撃を繰り出す。
着地時点で、相手は背面を見せている。
そう思って、しかし、その予測は外れる。
『我が半身に死角も隙もありはしないさ!』
跳んだ先、”エーデルグレイス”は左の掌を地につき、さらに機体を跳ね上げたのだ。
”槍塵”の槍は数瞬前まで”エーデルグレイス”がいた空間を薙ぎ、空を切る。
その間に、”エーデルグレイス”は間合いを離した位置に着地する。
装飾である髪の尾は、慣性に遅れども、地には落ちない。
”エーデルグレイス”の動きは止まることはない。
『行きます!』『行くぞ!』
互いが宣言し、仕切りなおしから再び打ち合いが交錯する。
”槍塵”が、岩山を駆け上がり、”エーデルグレイス”がそれを追う。
山頂を蹴り、大きく跳んだ”槍塵”は槍を両手で持ち直し、刺突の構えを取る。
『”夜叉”!』
叫び、槍の柄尻に光が灯る。
まるで空中を蹴ったかのように、”槍塵”が加速を見せた。
『ほう、槍に加速ブースターを内臓しているのか…!』
急降下からの槍撃を打ち込んでくる。
突撃による真っ向からの破砕だ。
”エーデルグレイス”は直線に誘い込まれていた。
●
リッターの中でその姿が、南武・フォルサと重なる。
迷いのない、真っ直ぐな一撃。
触れるもの一切を砕く、純粋な必殺。
機体はすでに空中にあり、回避できない。
かといって防御すれば、たとえ装甲が強化された”エーデルグレイス”であろうと手痛い損傷を受けるだろう。
『ならば…!』
”エーデルグレイス”は攻めに転じる。
自らの勢いをそのままに、
槍の先端に対して、剣の先端を滑らせる。
●
……受け流される…!?
渾身の突撃に対して、相手は予想外の動きの連続を見せてくる。
槍の先端の軌道が逸れ、穿ったのは相手の肩部側面の装甲だった。
逆に相手の剣、”槍塵”の頭部側面を捉えていた。
装甲の破片が飛び散る。
そして、空中で互いの機体が衝突する。
弾かれ、体勢を崩した両機体は重力の影響下に戻り、地に吸い寄せられる。
……体勢を――。
衝撃で、少し意識が揺らいだランケアは、機体の姿勢を戻そうとする。
その刹那、視界に映ったのは、
「っ!?」
岩肌に、両脚をつける体勢をとった”エーデルグレイス”。
破損をものともせず、相手は次の攻撃に移っている。
止まらない。
”西”の剣将が、突撃してくる。
『――これをもって、決着としよう!』
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全てが、”エーデルグレイス”の戦いの場だ。
3次元での運動性を発揮する自らの半身にとって、不利な地形など存在しない。
どのような状況下であろうと、華麗に舞い、勝利をものにする。
相手は体勢を崩している。
防御も回避もできない。
武器を振るうことすらも。
……勝利の機会とは、常に刹那として生まれるのだ…!
”エーデルグレイス”が岩肌を蹴って加速する。
剣を携えた機体は弾丸のごとく、”槍塵”へと向かい、決着の突きを叩き込む。
だが、
「!?」
予想外のことが起きた。
”槍塵”の姿が攻撃の先から消失した。
攻撃が空を切る。
なにが起きた、と思い、すぐに理由がわかった。
槍の先端が地に着いている。
「槍を伸ばし、機体を跳ね上げ、攻撃点をずらしたか…!」
着地し、見上げると、そこには放熱フィン・ケーブルから朱の粒子を撒き、背後に陽炎を背負う機体があった。
吹き荒れる風を自らが放つ熱風ではねのける、槍の戦神だ。
「美しいぞ…!」
リッターは、呟き、剣を構える。
待っていた。
この時を。
「来るがいい! 全力を見せよ! 私もまた全力をもって挑もう!」
”槍塵”が、熱の尾を引き、攻撃のため再び加速する。
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……止まったら、だめだ…。
機体出力を最大にする中で、ランケアは思った。
リッターとの戦いと、かつて師であり母であったフォルサの言葉を重ね、思い出す。
”ランケア。動きも思考も、止めた瞬間に負けるんだよ”
戦いとは、終わらないもの。
動きも思考もぶつけ合い、それを凌駕したものが勝利を得る。
武器を振りぬいて、気を抜いてはいけない。
リズムに終わりをつくってはならない。
動き続けるのだ。
攻撃の先にあるさらなる攻撃を。
……ようやくわかりました。戦うということ…!
機体の体勢を戻す、わずか10数秒の中でどれだけ思考し、動いただろう。
だが、止まらない。
まだまだ先があるのだ。
終わらない。
”槍塵”専用武装”夜叉”の柄尻に再び光が灯る。
そして、
「――行きますっ!」
地上へと。
そこに立つ”エーデルグレイス”へと。
戦意を叩きつけるべく加速する。
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『同じことの繰り返しだ…!』
上空からの急降下による槍撃に対して、”エーデルグレイス”は回避を取った。
今度は、地に脚があり動きの制限もない。
上空からの弾丸と化した”槍塵”の一撃が着弾する。
リッターは、僅かに機体を逸らし、脚部を踏み込み、奔る衝撃を緩和し、見る。
……来るか…!
舞い上がる土煙が、2機を覆い隠す。
その中にあって、なお”槍塵”の朱の粒子は輝きを放ち、動く。
着弾の直後に、槍が振るわれる。
下方からの大振り。
センサーの死角外をついた攻撃。
だが、
……影の動きで、見える!
リッターは見切り、機体を横にして回避し、反撃の剣を入れようとして、
『っ!』
直後に飛び出してきた”槍塵”の衝突を受けた。
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止まるな、と自分に言い聞かせ、ランケアは槍を振るう。
……動くんだ…!
下からの振り上げから、踏み込みをせずそのまま前へ機体を飛ばす。
左肩から”エーデルグレイス”の懐へとタックルをかける。
衝突し、両機がバランスを崩す。
”エーデルグレイス”は、後方に跳び退るが、”槍塵”は、さらに前へと跳んだ。
……流れを、そのままに…!
相手の剣が来る。
点のような、精密な刺突が頭部に飛んでくる。
こちらの速度に合わせて繰り出される、カウンター。
ランケアの集中力が最大まで高まり、動きの全てを知覚する。
……合わせて―――
弾いた。
頭部をかすかに逸らし、流線型の装甲の側面へ攻撃を当てさせ、威力を大幅に削ぎ落として見せた。
装甲が一部飛ぶが、突進の速度は落ちていない。
再び、”エーデルグレイス”の懐に入る。
槍では不利とされる、ゼロ距離に自ら飛び込んだ。
振るう。
機体の肘による打撃を。
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……踏み込みを捨てたか…!
打撃を受けながらリッターは思考を奔らせる。
空振りさせられた剣を引き戻し、振りぬこうとする。
だが、膝蹴りが来る。
装甲の厚い部分を活かしたその攻撃が、剣撃の軌道に割り込み、弾き飛ばしてくる。
……神速の迎撃…。
”エーデルグレイス”が得意な間合いのはずなのに、防御させられている。
相手は、武装だけでなく、機体の全てを攻めに使っているのだ。
剣撃と迎撃が繰り返される度に、”槍塵”の装甲が砕けていく。
荒々しくも、しかし、舞うかのようなその姿。
『美しいぞ…!』
猛り、”エーデルグレイス”が剣を振るう。
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攻防が加速していく。
斬り合い、打ち合いの応酬が繰り返され、細かく砕ける互いの装甲が散りながら、光を反射していく。
剣と槍の舞踏。
鎧を纏う騎士が、同じく鎧を纏う姫を誘うかのように。
互いが回り、跳び、攻撃と防御が交錯していく。
そして、
『……っ!』
声が漏れ、攻防が一瞬止まる。
突き刺さっていた。
”槍塵”の槍撃の先端が、”エーデルグレイス”の右肩部と胴体の接続部に入っていた。
”エーデルグレイス”の斬撃が、”槍塵”の左腕部に入っていた。
『っ、はぁっ!』 『おおおおおっ…!』
双方の声が気迫を飛ばし、同時に武装への出力を高める。
断ち切られる。
”エーデルグレイス”の右腕が、肩ごと千切れ飛び、”槍塵”の左腕が斬り飛ばされ宙を飛んでいく。
『まだだ…!』
リッターが叫び、寸前で宙に放っていた剣を残った左腕で掴む。
だが、その直後に”エーデルグレイス”が衝撃を受けた。
『なに…!?』
飛んできたのは、斬り飛ばした”槍塵”の腕部。
本体である”槍塵”は宙にあるそれを蹴って飛ばしていた。
それは、僅かな隙を生み出す。
”エーデルグレイス”の体勢を崩し、直すまでの反撃も回避もままならない時間を。
1秒もかからない一瞬。
それだけで”槍塵”は攻撃の準備を終えていた。
槍を真っ直ぐに構え、身を落とし、
『――ッ!!』
槍のブースターを光らせ、前へと飛び、放つ。
直線上にあるものを破壊する渾身の一撃を。
『……見事だ。南武・ランケア…!』
直撃する。
”エーデルグレイス”が唯一、防御にと掲げた剣すらも砕き散らして。
”西”の剣将と”東”の槍神の戦いは、決着する。