7-4:”稲妻”VS”槍撃”【Ⅴ】
速い…!、と誰もが思い、数名が同時に呟く。
後方の隊員機達も、遅れずに駆け出したつもりではあったが、やはり初速の差は圧倒的であった。
”槍塵”と”エーデルグレイス”は、真っ向から衝突しながらもすでに数手を交わしている。
”槍塵”の槍の突きを身を回して回避した”エーデルグレイス”が左側からカウンターの一閃を叩き込もうとする。
しかし、”槍塵”が勢いのままに前進し、剣の攻撃範囲から逃れる。
フィン・ケーブルの何本かが斬られ、軌跡を残した。
”槍塵”は、ブレーキと同時に反転をかけ、槍を横に薙ぐ。
槍の先端がかする程度には距離が離れている。
”エーデルグレイス”が頭部を軽く後方に引こうとして、
『む…!』
咄嗟に中断し、身をかがめた。
その頭上を、槍の刃がなぎ払い、慣性に置いていかれた装飾たる髪型のケーブルが数本断ち切られる。
”槍塵”の持っていた槍の柄が伸びたのだ。
目測での回避を行っていれば、”エーデルグレイス”の頭部が飛んでいただろう。
『なるほど、槍の伸縮で攻撃範囲を見切らせないつもりだな…!』
●
……回避重視の、迎撃戦術ですか…!
ランケアは、リッターの初撃からの動きをそう読み取る。
自分から仕掛けるように見せて、実は相手からの一撃を待っている。
かと言って、相手が踏み込みを戸惑えばその隙を突いてくる。
……戦いにくい。
試合や、模擬戦ではフェイントこそ訓練したが、相手は攻めと守りを切り替えてくる柔軟な戦術の持ち主だ。
加えて、
『ランケア殿!』
「…ッ!」
声に反応した時、衝撃が来る。
肩部の装甲に着弾のアラームが鳴る。被弾した。
”地の稲妻”部隊の銃撃が襲ってきたのだ。
地を蹴り、後方に跳ぶ。
『私だけを相手にしているわけではないぞ、ランケア少年。”地の稲妻”そのものが私の武器だと知るがいい!』
着地した”槍塵”の前に、大盾を持った槍撃隊員機がフォローに入り、防壁を構築する。
盾の表面で、銃弾が弾ける。
『無理せんでください!』
「す、すみません…」
損傷を確認する。
”槍塵”は、見た目よりも防御力が高いため、戦闘続行に支障はない。
『ランケア殿、こちらにも指示を!』
「陣形”三つ葉”…! そこから、”蕾”…」
了解、という声で大盾を持った2機が”槍塵”の正面に構え、他の隊員機が4機ずつ左右に散る。
「行きます…!」
●
「撃て! 華麗にな!」
リッターの号令で、背後の”地の稲妻”部隊が、”エーデルグレイス”を取り囲み、円形に布陣する。
周囲を囲もうとする”槍撃隊”に対しての迎撃体勢をとり、射撃を開始する。
対する槍撃隊は、射撃に当たるまいと機敏に立ち回る。
「正面だ! 撃て!」
リッターの指示と同時に、大型ライフルを持つ隊員機が、突進してくる大盾の壁に向けて発砲する。
大口径の強力な弾丸が、”槍塵”の突進を補助する鋼鉄の防御を撃ち崩さんとする。
命中する度に、盾の表面がへこみを見せる。
だが、相手の突進速度は落ちない。それはおろかひるみすら見せない。
対衝撃機構を備えていると、リッターは看破し、
「射撃を続けよ。私の踏み込みと共に、散りて討て」
『了解!』
乱れなき応答。
”地の稲妻”の隊員全てが、リッターの意図を察する。
彼を疑う者はいない。
勝利を確信する。
●
来た、と防御の後ろにあるランケアは思った。
白銀の機体が、身を沈め高々と跳躍するのを見て、
「みなさん…、ありがとうございます…」
槍撃隊に礼を言う。
『若、ぶっ飛ばしてきてください』
誰かがそう言った。
「はい…!」
”エーデルグレイス”が大盾の上を軽々と飛び越えて来た。
槍撃隊の誰もが振り向くことはない。
”エーデルグレイス”を見据えるのは、ランケアのみ。
槍を引き、そして思い切り振りぬく。
元の3倍まで伸ばした槍の殴打に対して、”エーデルグレイス”はそれを弾き、降下の剣撃を叩き込んでくる。
『一騎討ちを望めよ! 南武の戦士! さあ、美しく踊ろうか!』
「望みます…! ボクが守るもののために!」
”槍塵”が、弾かれた槍を引き戻し、後方に大きく跳ぶ。
●
『各自、3、3,4の密集体勢をとれ。槍撃隊を迅速に撃破せよ』
『了解』
リッターに代わり、副官が指示を代行する。
『愚かなことだな。南武の者達よ。リッター殿の前に、己が隊長を差し出すとは』
副官が、あえて声を外に流し、相手に揺さぶりと本音を叩きつける。
リッターの実力は、この場において最も優れている。
南武・ランケアに実戦経験が少ないことは初撃への対応から理解できていた。
部隊運営の錬度においても、”地の稲妻”が圧倒的に優れている。
故に、リッターの一騎討ちの選択は確実な勝利の手段だと感じた。
頭が潰れれば、もはや槍撃隊を討ち取ったも同然の結果が得られるだろう。
だが、
『――へ、わかってねぇな。うかつな判断したのはそっちだぜ』
槍撃隊から、声が来る。
なに?、と副官が内心で思う。
『ほう、リッター殿に”西”で並ぶものなどいない。かつて、南武・フォルサの突撃すら食い止めて見せた御仁だ。そのフォルサに実力も経験も至らぬ若輩が、リッター殿に立ち向かえる理屈などないことが分からぬか』
副官が持つのは、リッターに対する全幅の信頼だ。
自らの主を誇ることになんの疑いもない。
だが、
『分かってねぇのはそっちだろうよ』
『若は、確かにいろいろな経験が足りねぇよ。これからだ。何もかもが。戦場にはいろんな情報があり過ぎんだからよ。いきなり慣れるなら、そりゃ天才以外のなにものでもねぇ!』
『だからこそ、我らはランケア殿のためにこの状況を作り出したのだ』
なにを、と思う間にも、”地の稲妻”と槍撃隊が応戦を続けている。
互いが互いの隊長を援護せず、互いの足止めに徹しているように見える。
『一騎討ちがお望みかよ。だがな、それはこっちも同じだ』
槍撃隊が、新型を機敏に操り、射撃と回避を行う。
『ランケア殿が、この場で誰よりも勝っているものがあると俺達は自信を持って言えるんだよ』
なに?、と副官が大型ライフルでの対応射撃を行い、敵機の肩部装甲を砕く。
『ちっ、やるじゃねぇか、副官さんよ!』
『聞かせるがいい。南武・ランケアがリッター殿に勝るものというものを』
へっ、と敵が得意げに言い放つ。
『今にわかるさ。若はな、相手1人に集中したとき、半端なく強くなる』
『お前らは、若の戦いにとって、雑音ってことさ!』
『故に、ここで釘付けにさせてもらおう!』
●
大きく後退する”槍塵”を追う内に部隊から引き放されていると感じる。
……一騎討ちを誘われていたか。
と、思い、リッターが見る先には槍による刺突をかけてくる”槍塵”が地を蹴り、跳躍する。
巨大な機械が飛ぶ反動を受けたというのに、地には僅かな崩れしか起きていない。
”槍塵”が軽いのもあるだろう。
だが、それ以上に感じられる南武・ランケアの技量。
……自らの操る機体の性能を最大限に活用し、無駄すらもないか…!
繊細な動きだ、と感じ、剣を構える。
2人だけとなった戦場に荒野に槍と剣の激突音が響く。