7-4:”稲妻”VS”槍撃”【Ⅲ】 ●
『――私の勝ち寄りで引き分け、ということにしよう。どう?』
『――それは私の美学に反する。決闘の先にあるのは、勝利か敗北。それを成さずに行くというのか! 南武・フォルサ!』
”エーデルグレイス”が、残る最後の1本のブレードを眼前の相手へと突きつける。
対する南武・フォルサは、頭部を人間のするそれのように人差し指で掻く動作をする。
『白黒つけときたいのは、山々なんだけど…。ウチにも別の用事入っちゃって…』
『この決闘以上に優先することなどあるはずあるまい!』
『とはいっても、そっちの”えーでるなんちゃら”?』
『”エーデルグレイス”だ。私の妻の名を与えている。誇りを込めてな!』
『うらやましいね~。ウチ、旦那いないから。子供はいるんだけど』
『離婚暦ありとは…!』
『ちがーう。孤児だった子を育ててんの。…あ、これ言っちゃだめだったんだ』
『よくわからんが、決闘は続けてもらう!』
『あんたもまだお子様でしょ。無理しない。…もう機体の腕が上がらないでしょ』
見切られているか、とリッターは汗を一筋流す。
南武・フォルサの駆る”槍塵”は、突撃に特化した機体だ。
彼女の単機突撃に対して、近くにいた自分の”地の稲妻”が対応することになった。
結果として、”槍塵”の右脚部に損傷を与え、突貫力を削ぎ落とすことができた。
しかし、それを得るために、”エーデルグレイス”は左腕部を肩ごと砕かれ、右腕部もほぼ半壊状態。他、各部の装甲にも細かいが、多くの無視できない損傷がある。
機能不全にならないのは、”エーデル”が通常よりも遥かに良質な機体であるからに過ぎない。
敗北した、と見られても仕方ないこの現状。
しかし、南武・フォルサは、言う。
『ウチの突撃さ。止められたの初めてなんで驚いたよ。白兵で本気で戦わせてもらったのは、久しぶりだったね。そして、…戦略上、この勝負は”西”の、いや君の勝ちだ』
勝ち、というのは確かだ。
”西”にとって、本陣に突き進む凶悪な主戦力の一角を食い止めたこと。
それは、この戦いにおいて大きな戦果に違いない。
だが、
『私自身の力では、あなたに及ばなかった…というのか』
相手の言葉にリッターは納得できなかった。
すると、フォルサが言う。
『…相手を倒すこと。力を知らしめることが勝利だというの? なら、1つの勝ちを得るために、仲間や他の全てを犠牲にしてもいい。そう考えてる?』
『それは…!』
違う。
目の前の相手を倒せずして、強くあらずしては、何も守れないと思うからだ。
『言葉に詰まったなら、君は、きっと正しい人間だ。大切な人を守るために、斬られることを恐れない、誇り高い人間だ。だから、今は引き分けにしたい。いずれ、さらに強くなった君と戦い、その時こそ雌雄を決したい』
大槍”夜影”を、1回転し肩にかけ、その場に背を向ける。
『待て!』
『ん?』
『情けをかえる、というのか!』
その言葉に”槍塵”が一度振り返る。
後頭にある髪のような放熱フィン・ケーブルが動きに遅れて、なびき、熱のある朱の粒子を散らせる。
機体熱が高まっている証拠だった。
『情けじゃない――、希望だよ。いずれ、正しく、強くなった君にランケアと一緒に会いたいからさ。決着はその時でもね。…そんじゃ!』
地を蹴り、槍を携えた戦神が、跳び去って行く。
リッターが、彼女の姿を見たのはそれが最後だった。
”朽ち果ての戦役”は、その数十分後に、東雲・イスズの宣言を響かせ、休戦される。
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リッターの思考は、今へと返る。
……南武・フォルサよ。美しき、槍の戦神よ。僅かばかりだが、命の借りを返そう。
過去から今に至るまでを思い、醒める。
周囲に倒れ伏した”東”の機体は全て駆動系を潰している。
しかし、操縦者は生きている。
『――リッター殿。遅くなりました』
”エーデルグレイス”が振り返ると、降下を終えた”地の稲妻”の隊員機10機が整列している。
いずれも、特務仕様の”アルフェンバイン”であり、近接戦闘を行う”エーデルグレイス”のアシストを行うための銃火器を装備している。
その先頭に立つ機体に副官が搭乗していた。
「来たか。副官よ。――これより、”地の稲妻”は、”東”本陣へと突破をかける。美しき我に続けっ! よいか!」
『――了解!』
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『”地の稲妻”が、左翼を突破してきます! 展開中の部隊による遅滞攻撃をかけていますが、無力化されています!』
『”西”の第2陣営が、その後に続いてきている! ”地の稲妻”だけでも分断しろ! 後ろを塞ぐだけでいい! 噛み付くなよ! 逆に食われるぞ!』
指示が飛び交う中、スズは戦域の状況を見つめる。
左翼を突破してきている”地の稲妻”の後方を味方部隊が塞ぐ。
しかし、突破戦力に対しては、ほぼ素通りを許している状況だ。
部隊が完全に集結したことで、まるで一個の巨大な生き物のように突き進んでくる。
「正念場…ね」
”地の稲妻”による奇襲を成功させてしまっている。
おそらく、”西”側の士気は高まっているだろう。
ここで、この突破戦力をどうにかできるかで勝敗への一手が決まる。
「ランケア…」
”地の稲妻”を示す点滅したマーカーに対して、こちらの青い点滅マーカーの一団が迫っていくのが分かる。
激突場所は、岩や崖など、起伏の激しい隆起地帯だ。
そして、
「お願い…!」
赤と青の点滅マーカーが重なる。