7-4:”稲妻”VS”槍撃”【Ⅱ】
降下する”エーデルグレイス”が右腰にマウントされていたサーベル型のブレードを抜刀する。
見る先には、こちらに向く銃口があり、それらが一斉に光を放つ。
「かくも美しき、アドルフの血筋…」
リッターは、落下に等しい降下の勢いに乗り、1人呟きを放つ。
「それに新たに融けあうは、グレイスの純潔…!」
サーベルを、後方へと反らし、
「今、我らは戦場の華とならん!」
槍のごとく投擲した。
敵は回避し、剣は地に突き刺さる、が、
「華ひらけぇっ!」
突き立ちの勢いのままに、地を穿った力は、周囲に巨大なひび割れを引き起こした。
●
「なに!?」
迎撃体勢をとっていた”矛迅”の乗り手が、目を見開く。
ただの剣の投擲と思っていた以上の状況を作り出された。
理由は、一瞬で理解できる。
……断層の亀裂を狙ったのか…!
大地を崩落させる、見えない”ひび”。
それは本来、見ようとして見れるものではない。
しかし、
……それ以外にない…!
空から降ってきた存在は、それをやってのけた。
周囲の隊員が乗る”機羅童子”も残らず転倒している。
そこに、稲妻のごとき衝撃が奔った。
全ての機体が直立に戻っていく中、再び対衝撃体勢をとる。
土煙が舞い、それはすぐに吹いた横殴りの突風によって吹き飛び、彼方へと流れていく。
そして、見た。
「――戦場への歓迎、まことに喜ばしい限りだ。隊列の整った、華麗なる迎撃。そなたらも美しき戦士であると認めよう…」
ただ1機の戦機が、地に入ったひび割れの中央に直立し、腰に手をあてて言葉を放っていた。
繊細な構造と金色の装飾を施されながらも、どこか強靭な存在感を放つ、白銀の機体。
荒れ果てた地に降り立つ、銀の彫像ともいえる芸術性を持ったそれは、戦場にあるにはもったいないともいえる神々しさを感じさせた。
「見とれているな。それも当然。我が名はリッター=アドルフ。駆る機体の名は、伴侶の写し身たる”エーデルグレイス”」
”矛迅”と”機羅童子”が直立し、銃撃の構えをとる。
たった1機の戦機は、包囲のど真ん中に立っている。格好の的だ。
だが、
「お見せしよう。美しき”愛”の力っ!」
銀の彫像が、一瞬身を低くし、戦場に銀の残像を奔らせた。
「撃てぇっ!」
隊長機の指示が飛び、全機の銃口が光る。
●
「――無事着地したのであるな」
「は。現在、敵の部隊と接触、単機で戦闘に突入しています」
「後続の隊員は?」
「あと1分後に、着陸予定」
うむ、とウィズダムは頷き、かつての戦いを思い出す。
「前”戦役”でリッターと相対したのは、”東”で最も白兵に秀でた当主であったな」
「”東国武神”ではないのですか?」
「そう”東”の最大戦力は確かに”東国武神”。だが、その影に隠れたもう1人の”無双”を誇る者がいたのだ」
「それは…」
「南武・フォルサ。当時、”東”における最強の白兵戦士。彼女の単機突撃を止めるためだけに、特殊部隊も編成されたこともあったが、結局それを止められたのはリッターの率いる”地の稲妻”のみであった」
槍を持った怪物。
ウィズダムは、そう認識している。
「リッター殿って、かなり凄い人なんですね」
「ま、そうなるであるな」
だが、南武・フォルサは前戦役で失われた。
「報告! 敵本陣より新たな部隊の出撃を確認!」
南武槍撃隊だ。
「見せてみよ。かの怪物を継ぐに満たぬ者に、”地の稲妻”は止められぬぞ…!」
●
……なんだ、この機体は…!
”矛迅”で銃撃をかける部隊長は、白銀の機体の挙動に目を見開く。
残像を残す、ということが見間違いではない。
こちらの銃撃に対して、相手はただ駆け抜けているだけ。
……銃口の補正が、落ち着かない速度だと…!?
全ての機体がたった1機をロックし、銃撃を浴びせている。
ロックしている表示が正常を示しているのに、そこに相手がおさまっていない。
『速いぞ…!』
隊長が声を飛ばす間に、味方機が1機両腕を落とされている。
近くの隊員が追いすがろうとするが、
『な…!?』
”エーデルグレイス”は、瞬時に懐に入り、身をかがめ、バネのごとく跳ね、銃身を斬り飛ばす。
そのまま、”機羅童子”の背を越えるほどの跳躍を見せた。
『飛び越える…だと!?』
常識離れした跳躍力で、背後をとり着地に合わせて剣が振るわれる。
脚部を一閃され、2機目が沈む。
通常の構造ではまず実現できない。
しかし、それだけではない。
パイロットの能力も、自分達の手に負えるレベルではない。
どうする、と隊長は思考する。
その時、
『――聞こえますか!』
通信が来た。
司令部のオペレーターだ。
『そちらの隊で交戦しているのは”地の稲妻”の隊長です! 退却してください!』
そういうことか、と隊長は納得を得る。
かつて、南武家の当主と渡り合ったとされる”西”の剣将。
……不利はいたし方なし、か!
考える間に、銃を捨て抜刀する。
『そちらにランケア様の率いる”槍撃隊”が向かっています! 早く撤退を…』
「できん」
隊長は、3機目の味方に襲い掛かる”エーデルグレイス”へと斬りかかる。
「ランケア殿だけに、この強大な将を押し付けるつもりはない…!」
”エーデルグレイス”が3機目の腕を斬り飛ばす。
銃を落とし、もう片方の腕を落とそうとしている。
完全に背後を取っている。
襲われている味方機も、隊長の動きに気づきそれを悟らせまいと、銀の機体を引きつけている。
数秒しかない。
だが、
……それで充分…!
”矛迅”が近接間合いに入る。
横薙ぎに刀を一閃する。
『――銃撃の音が減ったか』
声がした。
「っ!?」
隊長が、己の刀を止められたことに気づく。
相手は振り向いていない。
剣を背後に回すほどの時間も隙もなかった。
その状況下で刀を止めたのは、
「鞘…か!」
サーベルを抜き放った後の空となった鞘。
それを跳ね上げ、防御に使用している。
『一度、この剣が抜かれた以上、戦いの終わりまで納められることはない。ゆえに…!』
鞘が、切り離される。
その際の慣性による回転が、”矛迅”の手から刀を払い落とし、バランスを崩される。
『最初に私に立ち向かった諸君らに敬意を評し、我が半身の一部をこの場にくれてやる! そして…!』
”エーデルグレイス”が正面の3機目の脚部を薙いだ勢いで旋回し、宙にある刀を左手に掴む。
『認めよう! 美しき戦利品であると!』
剣と刀。
2本を持って放たれる”エーデルグレイス”の2本の刺突。
隊長は”矛迅”の装備する2本目の抜刀にかかる。
しかし、速度でかなうはずもない。
『遅いっ!』
時間差で来た刺突に対し、隊長は受ける。
一撃目の剣に、右腕を捉えられ、斬り飛ばされる。
だが、二撃目の刀に対して、
「く、おおおおっ!」
左腕の肘で刀身の横腹を打ち、強引に軌道を反らした。
『む…!』
懐に入る。
振りぬいた後、がら空きとなった胴体にこちらからの一閃を奔らせる。
その捨て身の一撃は、
『見事…!』
回避されていた。
”エーデルグレイス”は、機体を横に反らし、刀を手放す。
その手を、”矛迅”の肩に置き、宙に浮いた。
まるで人間がするそれのように、機体での宙返りを易々と行ってみせる。
……ランケア殿、この者は別格すぎる…!
思考の奔り。
その直後、”矛迅”は背後から脚部を斬り飛ばされる。