7-2:裏側を走る者達
戦場の外れに、巨大な影2つある。
1つは、空中にある。
”東”でも大型の部類に入る輸送艦。側面には”西雀”の刻印がある。
そしてもう1つの影は、地上にあった。
”最速騎士”の愛機”リノセロス”。
地上で翼を休めるがごとく鎮座する機械の怪鳥の周囲には、多くの整備員が走り回っていた。
「最終調整までしていただき、感謝いたします。シェブング殿」
「ん? なんだかんだで、面倒見ちまったぃ。技術者の気質って奴だから、気にすんなってぇ」
キセルをふかして、シェブングはそう告げた。
「良かった。ワシは、なんか変なオプションつけられるのではないかと心配じゃったぞ」
「ホントにな。この妖怪じじいが全盛期なら、預けた次の日には羽の生えた人型鎧武者にされててもおかしくなかったぜ」
アンジェとムソウがぼやく。
「残念だがよぉ、こいつはもう完成した機体だ。芸術品を傷つけるような無理な改造は本意じゃねぇしよぉ」
「”東”の最たる技術者にそこまで言って頂けるとは、光栄です…!」
「いい機体とその乗り手に会えた。長生きはするもんだなぁ」
「珍しくじじいくせぇこと言いやがって」
「ムソウの坊主も長生きせんかぃ。いろいろ楽しいぞ」
「はいよ。ご老人の助言、ありがたくいただいとくわ」
ムソウとシェブングは、ヘッ、と互いに口の端を吊り上げる。
「整備は大詰めだ。数十分もあれば終わる。備えとけよぉ。若造共」
「はい」
「ああ」
「おうさ」
”リノセロス”に搭乗するのは、3人。
アンジェとリファルドはもちろん、ムソウも同乗する。
”東国武神”が共にいることで、”東”との融和へのきっかけと、”狂神者”による仕組まれた戦いであることをウィズダムと、”西”の全軍に理解させるのだ。
「…全てがうまくいけば、皆が手を取り合える世界を創っていけるじゃろうか」
「おそらく、すぐには無理でしょう。しかし、交えるものが刃ではなく、言葉となるよう全力を尽くしましょう」
「言葉か…。そうしたいの。また、みんなでバカ騒ぎをしたいからの。一緒に戦ってくれ、リファルド」
「言われるまでもなく。あなたが無茶を言い、私も同じくそれを望むなら、応えましょう。強気でないとアンジェらしくないですよ?」
「む。ワシも年頃の乙女なのじゃ。しおらしく、儚げに、王子様に手を引いてもらいたいとか、思ってるんじゃ!」
アンジェが、顔を赤くして両手を上下にブンブン振る。
「一人称が”ワシ”なんていう乙女いねぇだろ」
ムソウが、半目で笑みを浮かべながらぼやく。
「ふん。そんな固定概念知ったことか。ワシふが”わたし”とか言ったら、あれじゃ!」
「なんです?」
「キャラ薄くなるじゃろうが!」
キャラ付けかよ、とムソウはぼやいた。
●
ナスタチウムの格納庫にウィルの姿はあった。
すでに艦は上空にあり、”ジャバルベルク”に向けて航行を開始している。
やけにテンションの高いAIやら、宙を舞う光る小型機械やら、珍しいものもあったが、今のウィルが見据えているのは、ハンガーに固定された機体。
”ブレイハイド・弐”。
「アウニールと初めて出会った時、壁を砕いて自分で歩いてきたんスよね…」
陥没都市”シア”。
深い最下層で、命を吹き返したウィルの前にブレイハイドは現れた。
アウニールの意思に応え、力を振るう存在。
一個の機械でありながら、その内に語らぬ何かを宿したその機体。
彼女の半身とも言っていいのだろうか。
……ブレイハイド…、俺、アウニールのこと、もっと知りたいと思う…。
何が知りたい、という答えは明確には持てていない。
だが、思い出す。
黒い機体の乗り手がいった言葉を。
”貴様は、いつもの日常に戻れ”
こちらを気遣った言葉。
何を巻き込むこともすまいという、本心。
しかし、
……自分が望むことと、結果が結びつかないことなんて、たくさんある。
古代兵器”インフェリアル”の起動。
それがどのような結果をもたらすのか、未だ予測できない。
他者に平穏を望みながら、しかしその結果に加担する行動は矛盾している。
……きっと、あの人は別の何かに囚われている。周囲が見えなくなるくらいの何かに。
考えていると、
「――ここにいたんですね」
「…見つけた」
2つの声が来た。
振り返ると、
「リヒル、とシャッテンさん?」
「はい」
そこには、普段と違い、タイトなスカートを着た金色のウェーブ髪の少女が少し神妙な面持ちでいた。
隣には、前と変わらぬ服装で、少し伸びた髪を後頭で結わえた少女もいる。
「どうしたんスか? なんか、悩み事ッスか?」
「…はぁ」
「え? なんでため息?」
そういうと、リヒルは半目で上目遣いにウィルを見た。
「ウィルさんは、どうしてそうお人よしなんですか?」
「ん~、性分?」
「性分で命賭けられる人はあまりいません」
「そんなもんスか?」
「そんなもんなんです」
言われ、ウィルは腕を組んで考える。
命を賭ける、ということにあんまり重圧を感じていないのはどうしてだろう。
死にかけたことはたくさんあったが、こうもリラックスしているのは、
「きっと、エクスやリヒル達が一緒に戦ってくれるからご安心って奴ッスね」
「そんなに私達を信頼していいんですか?」
「もちろん」
迷いなくウィルは、頷いて見せた。
「……私達が初めて出会った時のこと、覚えてますか?」
「確か、シアの武器を扱ってる店で…」
「私達は、あの時、あなたのことを知っていたんです」
「俺のこと…?」
「全て知っていて、黙っていました。あなたが、こうして戦いに行くことをユズカさんは、望んでいたんです。そして、それを私達は助長している」
「……ごめん」
「う~む。そうだったんスか」
腕を組み、納得顔のウィルに、リヒルが怪訝な表情を浮かべる。
「どうして、そんな平然としてられるんですか! 私達は、あなたを利用した、ととられてもおかしくないことをしたんですよ!」
「でも、俺はそれでよかったと思ってるんス。だって―――」
ウィルは、顔を上げる。
そこには、見る人を安心させる、純粋で力強い笑みがあった。
「―――あのとき、リヒル達が助けてくれなかったら、もしかしたら、俺はアウニールと一緒にいられなかったかもしれないから」
え?、と目を丸くするリヒル。
「でも、その結果が…」
「わかってる。”シュテルンヒルト”で、襲ってきたのにも何か理由があったんスよね。ユズカさんにも考えがあって、それを実行したってことなんじゃないんスか? その結果、俺はこうしてアウニールを探して、戦いの場に出ようとしてる」
それに、とウィルは続けた。
「いい人か、悪い人か。なんとなくわかるんス。いい人の顔した悪人だっているし、目つきが悪くて無愛想だけど大切な人のために命を賭けることそ知っているいい人だっている」
ウィルが気を失う瞬間、ユズカはとても悲しそうな表情をしていた。
あれは、何か、辛いことをこちらに押しつけてしまっているような罪悪感を宿した目だった。
それができるのは、
「俺にはわかる。リヒル達はいい人達だって、だからもう気にしないでほしいッス。そして―――俺に力を貸して欲しい」
何も話せない苦悩を、ウィルは理解している。
「アウニールは、苦しんでた。思い出したくなくて、泣きたくなるほどの何かを抱えているのに、俺はまだ何も彼女のことを知らない。だから、知りに行きたいんス」
「理解できていますか? あなたは、そのためだけに強大な相手に挑もうとしているんですよ」
「そのためだけ、なんて思わない」
そうだ。
「そのためだからこそ、力を尽くせる」
●
エクスは、”ソウルロウガ・R”のコックピット内で、ペンダントを掲げ、眺めていた。
格納庫の光を反射する、金の装飾のペンダント。
開くと、種が10粒ほど入っていた。
光る花”イルネア”の種だ。
暗く、人が見向きもしない闇の底で咲く光る花。
……焼かれない場所、か。
エクスは、”東”を出るとき、最後にユズカの眠っている部屋を訪れたことを思い出す。
血を分けた同い年の娘は、いまだに眠り続けていた。
最期の出撃前に、もしかしたら言葉を交わせないかとも思ったが、それは叶わなかった。
彼女の額に触れると、確かな温かさがあった。
血の通いを示す鼓動があった。
これからを思い、ただ一言を告げてきた。
”行ってくる”
ペンダントを閉じる。
機体の操縦桿に触れる。
ライネと、ユズカの意思を託された。
「俺は、あいつらが生きられる未来をつくる…」
誰にも焼かれない世界。
滅びを外れた、未知数の未来。
それをエクス自身も望み、出撃の時を待つ。