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7-1:”全軍集結”

 ”西”からの開戦の通告から、1週間が経った。

 

「――我輩の生きている間に、再びここに立つことになるとは思わなかったであるな」


 航空旗艦のブリッジでそう独り言を呟き、ウィズダムは嘆息する。

 見渡す。

 荒れ果てた荒野。

 東西国境線だ。

 かつて、”東”と”西”が雌雄を決しようと、死力を尽くした”朽ち果ての戦役”が繰り広げられた死地。

 多くの魂が眠る場所。


 ……アルカイドよ。そなたもまた眠るのであるな。


 感慨にふけり、前を見据える。

 その視線の先に、巨大な隊列が見える。

 ”東”の先鋒が、隊列を組み、開戦の時を待っているようだ。

 開戦の通告に対して”東”からの返答はシンプルであった。

 

 ”受けて立つ”。


 一切の話し合いもなく、その一言で全ては始まろうとしている。


 ……東雲・イスズをはじめとした、主戦力を失っている”東”が、今、ああも強気に出れる理由は定かではないが…


 不安要素はある。

 体勢が欠けているのは”西”も同じだ。

 兵の意思を統合し、精神の支えとなる”王”。

 数々の武勲を誇る戦場の華”最速騎士”。

 技術を用い、戦力強化の一旦を担う”魔女”。

 この1ヶ月で情勢が動きすぎて対応が追いついていない。

 加えて痛手であったのは、


 ……”知の猟犬シヤン・ドゥ・シャッス”の離反である。


 ”西”の情報網を担う部隊の消失で、あらゆる情報が遮断されている。

 ウィズダムは、噂レベルの断片的な情報しか得られない状態にあった。

 

 ……しかし、”西”の矜持を守るは我が使命である。


 ”西”は揺らいでいる。

 多くの不安を抱える中、戦いでのみでしか意思を統率できないことは実に苦々しい。

 

「――”知将軍”へ報告いたします。全軍の配置が完了しました」


 後方から、兵の声が聞こえ、頷きを返す。


「”地の稲妻(ソル・ライフェン)”の準備は?」

「”機体の輝きに納得がいかない。もう少し磨くので出撃が遅れるでしょう”とのこと」

「さっさと準備せんか、と伝えておくように」

「は!」

 

 ため息をつき、ウィズダムは別に空間ウインドウを開く。

 通信速度優先で、音声のみで繋ぐ。


『――こちら”S1”。なにか?』


 相手は、”Sコード小隊”。

 その隊長たる”アイン・ヴェルフェクト”だ。


「アインよ。分かっているであるな」

『……私の実力は、”最速騎士”に未だに届きません』

「しかし、必要である。”王”が国の象徴であるのなら、”最速騎士”は戦士の象徴。そして、そなたは多くを積み重ね、その地位にいる。かつての権力と金にものを言わせたバカ共とは違い、それは誇り高きもの。リファルドもそうである」

『あの人は、いずれ戻るでしょう。それまで、私は、代理を成す程度はしたいと思っています』

「よろしい。間もなく開戦となる。部隊にも気を引き締めさせるのである」

了解ヒア


 通信が終わる。

 さて、とウィズダムは全軍への通信を繋ぐ。


「――”西”の兵達よ。心静かに聴くのである。これは”知将軍”の言葉であり、”王”がかつて私に述べた言葉でもある」


 通信越しにざわついていた声が、静まりを見せた。


「15年の時を経て、ここに”朽ち果ての戦役”は再開される。この戦場にはあらゆる感情を持つ者がいるだろう。喪失の感情は何にも変えがたい苦痛であることを理解している」


 しかし、と言葉が続く。


「憎しみだけで戦場に立つことは、してはならぬ。憎しみとは限りなく広がり、もはや個人のものでは済まず、諸君らの知らぬ先の世代。すなわち、子供達へともたらされる負の遺産となろう。では、我らはこれより何をすべきか?」


 兵達は、聞いている。

 この戦いの意味。

 それは、


「繋ぎ、語り継ぐ結果を残すことである。それは単なる勝利ではないことではないことを、各々が理解せよ。後の世代へと意思を示す上で、これは歴史上、最も困難な戦闘となる」


 後の世代に示されるべきは、遺恨なく繫栄できる世界。

 憎しみではない力の可能性を示された未来。


「曖昧であった”朽ち果ての戦役”に、真の決着がつく時が来た。覚悟を持って戦いに望む諸君に、”王”に代わり、敬意を評する」


 ウィズダムは一度目を伏せ、右手を振り上げた。


「―――進軍を開始せよっ!」

了解ヒア!』


 眼下のライド・ギア達が、おおおおお!、と叫び、前進を開始する。

 最前線の武装は、機体の背丈と同等の固定式大型ブレード。

 刺突体勢の横隊列が、徐々に同等の速度で加速していく。


「ライド・ギア部隊に続いて、砲艦の前進も開始である! 射程に到達しだい、主砲を1発ずつ時間差で敵の防衛線に叩き込め!」



 ”東”の軍勢の中央に浮かぶ強襲型戦闘艦”カヤリグサ”の甲板には巨大な影があった。

 東雲の守護戦機”武双”が、甲板に固定された砲断刀の柄尻に両の手を乗せ、不動の構えを見せている。

 スズは、戦闘用の正装で、開放されたままの”武双”のコックピットに立っていた。


「―――全員、準備はいいわね?」

 

 通信を送る先は、各当主。

 

『―――はい。”槍塵”は、いつでも出られます』


 ランケアの声から、緊張が抜けきっていないのが分かる。

 すると、槍撃隊の面々から次々と通信が入る。


『若。我らもおります。気負われぬよう』

『そうです。若は全力で戦ってください』

『そのために俺らはいるんですぜ』

『この戦いが終わったら、女装した若と街にいきたいなぁ』

『リボンは白で』

『若のために、新たな着物を頼んでますので無事に帰りましょう!』

『若ぁ! 愛してるぅ!』

『昨日フラれたばかりなんでぇ…、若に”頑張って”って言ってもらいた~い』

『何、お前決戦前にフラれたの? よかったな。死ぬ確率下がったぞ。ぎゃはは!』

『若…、この戦いが終わったら、伝えたいことが…』

『おい待て! 俺が先だ!』


 軽くカオスになりかけていた。


「相変わらず、だいたい変態しかいないわね」

『もう諦めましたぁ…』


 ランケアが、涙目にため息をついている。

 だが、幾分か気の張り詰めは解けたようだ。


『――いつまでやってるんだい。向こうが動きそうだよ』

 

 フォティアが、そう言ってくる。


「わかってる。ゾンブルは、独自で動いてるし、クレアとシェブングさんは、ギリギリまで機体調整してる」

『スズさん。ムソウさんは…?』

「あいつは、別の方面から私達の助けになってくれるわ。それに――」


 スズは、表情を鋭く微笑する。


「――任されたのよ。だから、応えるの。私達自身の力で」

『そうですね。行きましょう…!』


 スズは、頷き、通信対象を”東”の軍勢へと広げる。


「――この場に集った兵達よ。これを、”東”の長の言葉として聞いて欲しい。」


 集結した”東”の軍勢に、スズの声が響く。


「憎しみを持って、戦うな」


 響く声は、幼さを残している。

 しかし、そこには力強さと気高さがあった。


「15年前の戦いを身をもって知る者も、そうでない者もそれを心得てもらいたい。憎しみで人を斬れば、斬られた者を大切に思っていた者から、刃は返ってくる。しかしそれは、自らでないかもしれない。ならば、誰に返るのか?」


 それは、


「私達が、想いを託す、次の世代の子らだ。人の想いは世代を越えて受け継がれていく。負のあらゆるもの全てを、まだ見ぬ子らに背負わせていいものか」


 イスズは、平和を目指し、志半ばで倒れた。

 しかし、願っていた。

 ”西”と”東”が長きの隔たりを越え、手を取り合える未来を。

 

「今、この戦場に立つ者全て、かつての戦いで、傷つきながら、覚悟をもっている。私達は、写し身である彼らを可能な限り生かす。喪失が喪失へと繋がるこの連鎖を断ち切ることが、此度の最大の戦果となる!」


 別の通信が開く。

 敵前線を監視していた”央間”の従者だ。


『スズ様、敵の前線が行動を開始しました』

 

 ついに始まりの時が来た。

 スズは、最期の言葉を継げる。


「私達は、勝利のためではなく、救うために戦う! 誇り高き、”東”のつわもの達よ! 返答なさい!」

『――御命のままにっ!』


 眼下の戦機達が各々の武器を天高く掲げ、おおおおおっ!、と雄たけびをあげる。

 前線に立つ”機羅童子”部隊は、機体前面を覆えるほどに巨大な防盾を構える。

 

「進軍開始! 同時に迎撃体勢に移行!」

『こちら北錠・フォティア。勘だが、あの髭将軍は開幕から主砲を噴かしてくる。対応に入るよ!』

『南武・ランケアです! いつでも出撃できます! 合図を待ちます!』

『はろーはろー西雀・クレアは、帰還する機体の修繕体勢を万全にしています。心置きなく、生きて帰ってきてください』


 始まる。

 かつてのすれ違いに決着をつける戦いが。

 

『”東”防盾部隊、”西”の先端と衝突まであと、30秒!』

『報告! 敵、砲艦前線部隊に合わせて、前進してきます!』

『来るよ! お前ら! 構えな!』


 フォティアの声が飛び、スズが指示を放つ。


「対砲撃防御!」


 同時、かすかに見えた”西”の戦艦の主砲が一瞬の光を放つ。

 閃光が来た。

 巨大なプラズマ砲弾だ。 

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