6-13:時を越えた友【Ⅱ】
「”ブレイハイド・弐”。この機体をあなたに」
クレアの視線を追い、ウィルが見上げるのは、上半身に装甲を纏う機体だ。
こちらに、クレアの元に到着した時点で大破に近い中破であり、装甲をほぼ新造しているため、頭部以外は完全に別の機体にも見える。
「この機体は、二重構造になっていました」
「二重構造?」
「機体の装甲と、内部機構が完全に別物です。装甲の破損の有無を問わず、フルスペックを発揮できる。装甲はあくまで仮のもので、実際に重要な機能は全て内側に集約され、逆に外からは決して触れられないように調整されてしました。西雀、というかクレアの解析をもってしても、これは開けられるものではなく。しょうがないので、外装だけ新造を………寝てませんか?」
「は…! いえいえ!」
結構、とクレアが息をつく。
「機体上部に取り付けたのは、倉庫で埃をかぶってた余り物装甲です」
「あ、余り物…ッスか」
「クレアが10歳の時にノリで造ったやつです。防御力は申し分ないのですが、重量がありすぎて”機羅童子”や”槍塵”にはつけられず、”武双”もおじいちゃんが、却下!、って言って譲らなかったので、取り付けられる機体がなかったのです。ですが、この”ブレイハイド”の出力なら充分に取り回せると考えます」
「どれぐらいの強度があるんスか?」
「そうですね。戦艦の砲撃食らっても、軽くへこむくらいまでなら試しました」
「つよっ!?」
「とはいっても、装甲強度だけなので実際食らうと、内側の機体が衝撃で相当揺れるか吹っ飛ぶかはあると思います。最悪、装甲に伝わった衝撃のせいで、内側の機体がつぶれるとかアリアリ」
「こ、怖ぇっ!」
「それだけこの機体の内側は脆いんです。元の外装甲が破損している時点で、本来なら廃棄すべきにも思えました。しかし―――」
ウィルは、クレアの視線が向けられていることに気づく。
「―――この機体から、どうしてか、温かいものを感じました。金属の集合体でしかないのに」
「温かいもの…」
「製作者の意思か、乗り手の思いか、いずれにせよクレアを動かしてくれる何かがありました。…気のせいだったかもしれませんが」
言われ、ウィルは思い返す。
”ブレイハイド”に金閃が奔る時、それは確かな温かさを自分に感じさせてくれた。
それは、”シア”の地下で、アウニールが自分を包んでくれた時と同じもの。
「…きっと、気のせいなんかじゃないッスよ」
「心当たりでも?」
「”ブレイハイド”もきっと、戦いたかったんだって。…それじゃ、だめッスかね?」
「…九十九神、というものでしょうか」
「なんスかそれ?」
「強い思いの込められた物には意思が宿る、という迷信です。物つくりを生業としている以上、やはりそういう話にはよく出会うんです」
「意思が宿る…」
ウィルは、”ブレイハイド・弐”を見上げる。
唯一残った頭部の外装甲は、細かな傷が残されていた。
クリーニングはされているようだが、一緒に刻んできた時間は確かに残っている。
……俺は、アウニールとあの人に、会って話がしたい。だから、もう一度、俺の力になってほしい。
思えば、この機体に初めて乗ったときから自分の世界は開かれたのかもしれない。
”カナリス”にいてもずっと、自分の中で晴れなかった思いが。
アウニールと”ブレイハイド”に出会った瞬間をきっかけに始まったのだと。
「…あなたは、戦いに行くわけではないのですね」
クレアの言葉に、ウィルは我に返る。
「どうして…」
「その顔を見ていれば分かります。戦う者は、機体の強さを知りたいと思い、しかし、そうでない者は―――機体と共になにができるかと、そう思うのです」
「…俺には、会いたい人達がいる。会って、話すために”ブレイハイド”の力がいる」
「その人達がこの機体を?」
「それは、実は分からないんス。だけど、この”ブレイハイド”と確かに繋がってる」
「なら、会わせてはもらえませんか」
「会わせる…?」
「この戦機に関わった者について、クレアは知りたいと思うのです。だから、あなたの目的の先に、その人達がいるのなら」
「…わかったッス。必ず」
ウィルとクレアが互いを見合わせて頷きあう。
その時、音が聞こえた。
扉を開く音だ。
「…?」
クレアが、扉の方向を見る。
この場所には専用のパスワードを持った人間しか入れない。
クレアとウィル以外に、この場所をに入れる権利を持つのは、現状シェブングのみ。
だから、
「おじ…」
シェブングだと思い、しかし、
「…っ!」
違う、とクレアは目を見開く。
●
若い男だ。
それも知ってる顔。
西の”王”が初めてこの”東”に来た夜の宴会に顔を見せていたあのオッドアイの男だ。
……どうして…
クレアが驚くのは、セキリュティに一切かからずどうしてこの場所に現れたのか、ということ。
入り口だけでなく、この格納庫はセキリュティの塊だ。
対人迎撃機構も大量に配置されている。
「…ウィル。ここにいたのか」
クレアが、手動で迎撃機構を作動させようとする。
端末のウインドウに”起動”が一度表示されるも、男が目を細め、その左目が発光すると、表示された文字が砕けるように散った。
当然、迎撃機構も沈黙したまま。
……なにを、された…?
”東”でも最高峰とされる迎撃セキリュティを、理解できない何かで突破された。
「…敵意はない。ウィル=シュタルクと話がしたいだけだ」
男はそう言って、歩を止めない。
クレアが、得体の知れない相手の言葉をそう鵜呑みにできるはずもない。
しかし、自分に対抗する手段が無効化された以上、何ができるはずもない。
内心に焦りを浮かべていると、
「大丈夫ッス」
隣のウィルが、こちらの肩に手を置き、頷いていた。
「この人は、敵じゃないから」