6-13:時を越えた友
多くが起こり、それぞれが動き出してすでに3日が経過していた。
昼夜問わず、準備に追われる人々。
それらが一時的に、静けさを取り戻す安息の時間。
深夜だ。
時刻は、午前0時を少し過ぎたあたり。
野良犬や野良猫が、遠吠えと鳴き声を人の気配のない”東”の地に響かせる。
「―――えっと、この先を曲がって…」
街灯の明かりだけがある道を進む影があった。
ウィルだ。
「お、ここッスね」
小型ウインドウの案内図を頼りに、辿りついたのは巨大な倉庫の前。
表には”極秘倉庫”という文字が達筆ででかでかと書かれていた。
……なんでか。”極秘”の気配を微塵も感じられないッスね。
一応、ステルスと特殊セキリュティが施された倉庫とのこと。
”隠れてなんか作る”時には、よく使ってるらしい
扉の前にある端末に近づいていく。
クレアから渡されたコードを、端末経由で送り、ロックを解除する。
”あなたの決意に幸運を”
コードを渡された時、クレアから言われた言葉がある。
たぶん、クレアはずっと前から、自分が”ブレイハイド”の乗り手であることを想定していたのだ。
模擬戦が行われるたびに、データを取りに来ていたのもそのためだったことが、今なら分かる。
「”ブレイハイド”…、もう一度、力を貸してほしい…。俺は、アウニールに会いたい。そして、もう1人助けたい人がいるから…」
扉が静かに開く。
その先は暗く、明かりのない闇。
それは、ウィルが踏み込もうとしている場所を暗示しているようだった。
だが、
「もう、俺は迷ったりしない…!」
決意を胸に、ウィルはかつて傷つき倒れた愛機の元へと足を進める。
●
「―――あそこか」
ウィルの後を追うものがいる。
暗がりの中に紅い光を漂わせる男だ。
男は、見据える。
ウィルの入った倉庫の入り口を。
●
「遅いじゃないですか。2時間待たされて、クレアは寝るとこでした」
「あ、いや…申し訳ないッス」
僅かな明かりだけがあるハンガーの中に、クレアが待っていた。
「あんなかっこいいセリフくれて、別れたから、まさか待ってるとは思わなかったッス…」
「クレアは整備のプロです。特機の整備後は、持ち主と直接会って渡すのがポリシーです」
「あ、それは、ありがとうございます」
右手を頭に当て、ウィルがペコペコとお辞儀する。
わかればいいのです、と腕を組んだクレアが頷き、いよいよと視線を上げた。
ウィルも続いて、視線を上げる。
見る先には、ハンガーに固定された巨大な躯体がある。
しかし、そのシルエットは、ウィルの知るブレイハイドから大きく変化していた。
「なんというか…、ゴテゴテしてるッスね」
「素敵でしょう」
「え?」
「す・て・きですよね?」
「そ、その通り!」
とはいえ、ウィルはデザインに驚いたわけではない。
違和感を感じたのは、以前のブレイハイドの形状を見慣れていて、その変化に一瞬とまどったためだ。
むしろ、全体的にバランスがよく、造形美が感じられる。
そして、最も感じたのは、
……すごく、俺が欲しい感じになってる…!
”ブレイハイド”の上半身が装甲に包まれている。
「機体の説明をする前に聞きたいことがあります」
「なんスか?」
「この機体、なんという名前ですか?」
「”ブレイハイド”ッス」
ウィルの言葉を聞き、クレアが同じ名前を呟き、
「クレアは、”無骨武者エックス”と改名したいのですが、いいですか?」
「できればお断りの方向で…!」
クレアは、ちっ、と舌打ちした。
「…では、すごく不本意ですが”ブレイハイド・弐”と呼称します。…つまんねー。帰りたい」
「テ、テンションアップお願いします! ほ、ほら、すごく強そうッスね! どんな機体かぜひ教えてもらいたいッス!」
ウィルが、手を上下に振りながら必死にクレアをなだめた。
「…しかたないですね。そこまで言うならご説明します。クレアはプロですから、途中で仕事を投げ出したりはしません」
「お、お願いするッス…」
では、とクレアは機体を見上げた。
●
「―――しまった、寝ていた…」
そう呟いて、リファルドは月明かりに気づく。
満月から部屋の中へと差し込む光だ。
「よお、よくお眠りになられていたな。おい」
「!?」
声の来た方向へ、慌てて視線を向ける。
「ムソウ殿…!」
「んだよ。そんなに驚くこたねぇだろ? それに、よ」
ムソウが首を振って示すのは、リファルドに寄りかかって寝息を立てるアンジェ。
月の光を反射し、金糸のように光を帯びた彼女は、無邪気な表情を浮かべていた。
下手に動いて、起こしてしまうのはどことなく良くない気がした。
「たしか、最期の段取りをしている時に…」
「俺様が席を外して、それで仲良くおねんねってわけだよ」
「失礼しました」
「いや、いいって。もう5度くらい確認したろ。充分だっての」
へっ、とムソウはキセルをくわえる。
「アンジェを、寝かせてきてもいいでしょうか?」
「お前も休んで来いよ。明日にゃ、決戦の地へむかわねぇとならん身の上なんだからよ」
「しかし…」
「番は俺様がしてるっての。それとも信用できねぇか?」
「いえ、そういうわけでは…」
「リファルドよ。お前さんはホントにお人よしだな。”朽ち果ての戦役”で戦った時よ、ただの親の七光りのごく潰し貴族程度にしか見てなかったんだがよ。実際会って、刃を交えて、あの悪質貴族共の溢れた国では珍しく真っ直ぐな野郎だって感心したもんだ」
「当時は、そういった者達も多くいましたが、あの戦役でほとんどが果てたようです」
「安全だとか思ってたんだろうな。後方で油断してやがったからよ、まとめて斬り飛ばしやすかったぜ」
「…あなただったんですか」
「ああ。俺様だよ。それ以外に誰かいるか?」
「そうですね。奇襲をかけたのは、私も同じでした。北錠の戦力が減少させたのは私です」
「”バクレッカ”の艦隊20隻を相手に、大立ち回りを演じたそうじゃねぇか。そのどれもが、エンジン部か、武装の大破を狙われてたってな。マジで落としにかかれば、全滅させられてもおかしくなかったてのによ」
「確かにお人よしすぎましたね…。私を待っている者のことを考えることを忘れていました」
”朽ち果ての戦役”で、”騎士”と”武者”は戦った。
互いに守るものがあった。
友情。
勝利。
繫栄。
正義。
大儀。
誇り。
それは数え切れず、各々が持ち、そして、
「後に続く者達のために、と」
今を生き、時間を経て、人は歴史を文字と想いへと変え、それを受け継いでいく。
すると、ムソウが尋ねた。
「リファルド。お前、血の繋がった家族とかいるか?」
「いえ、私は物心ついたときから孤児院にいました」
「なんだ。貴族じゃねぇの? よく成りあがれたもんだな」
「私が”最速騎士”になれたのは先代の”王”が機会を与えてくださったからです。ムソウ殿は…」
「俺様も、覚えてるのは山賊の頭領に育てられた時からだ」
「賊だったんですか?」
「まぁ、そうなんだがよ。俺様を育てた頭領は、1匹狼だったんだよ。それがなんでか、赤ん坊拾って育ててたわけだ。そんで、徹底的に生きる方法を叩きこまれた」
「その方は、今、この国にいるのですか?」
「いんや。いろいろあって、死んじまったよ。それから、数年山で、他の山賊共の獲物を横取りしながら生きてたら、イスズの野郎に誘われて、なんの因果か”東国武神”ってわけだ」
ムソウが、懐かしむように空を見上げる。
「ホント”東雲”ってのは、変なとこさ。うるさいガキがいて、なんか包容力のある奥様がいて、何より当主のキャラが強烈すぎてよ。張り合い甲斐があったぜ」
「…楽しかったのですね」
「ああ。最高だった。気がつけば、それが楽しくて温かいもんだって思えた。だから―――」
隻腕の侍は、寄り添いあう2人へと視線を向ける。
想いを通じ合わせた者へ、言葉を贈った。
「――手放すんじゃねぇぞ。生きて帰れ。それが、お前達が互いにしなくちゃいけねぇことだ」
「心得ました」