6-11:命運の話し手達【Ⅶ】
「間に合わなかった…ということなんですか…!」
ランケアの声に対して、周囲も沈黙ながら同じ思考の中にいた。
「”西”内部に”狂神者”が根付いている。それも”知の猟犬”がその手中に落ちているとなれば、情報操作も容易だろう」
「ワシが”西”に戻れば…!」
「危険です。”狂神者”の脅威がある以上、アンジェが狙われる危険が高い」
「動きが早過ぎる…。こっちは完全に後手に回ってるじゃないか」
「おそらく、ウィズダム殿も情報に混乱しているはずです。この1ヶ月で多くが動きすぎている。対応が間に合っていない。いや、この迅速な動きによる混乱こそ”狂神者”の狙いだとしたら…」
「リファルド=エアフラムの言うことはおそらく正しい。”狂神者”の計画は、すでに最終段階に入っている。情報の少なさ、意思統率までに要したの時間、と周到に練られた計画を潰すには、こちらには不利な要素が多すぎる」
”朽ち果ての戦役”再開の阻止。
”狂神者”への対応。
古代兵器”インフェリアル”の起動阻止。
その全てを行うには、時間が足りない。
その上で、敵は全てを果たそうとしている。
有効な手段も浮かばぬまま、沈黙が場を支配していた。
ようやく行き違いは正され、本当のことが見え、取り掛かるべきことが分かろうとしていたのに、それすら許されないのか、と。
だが、数分が経過した時、
「―――やってやろうじゃない…!」
声が生まれた。
どこにでもなく鋭い視線を向けて、
「受けて立つわ。”朽ち果ての戦役”…その決着をつけようじゃない」
スズだ。
「スズさん! 本気ですか!?」
「私は本気よ、ランケア。避ける必要はないわ。挑んでくるのなら”東”は受けて立つ。そう言ったのよ」
再開を容認する、とスズは宣言した。
正気とはいえない選択だ。
「それじゃ、”狂神者”の思惑通りに―――」
そこまで、言ってランケアはふと気づく。
スズの表情は、落ち着いていた。
先を見据え、思考しているのだ。
「何か考えがあるのじゃな」
「”東”の”長”よ。案があれば聞かせていただきたい」
そうね、とスズが席から立つ。
中央に表示されたままになっている”狂神者”の行動予測図。
端末を操作し、その隣に新たな図を表示すると、指でうち、新たな点を作り出す。
「―――この方法は、”東”のとって最も難しい方法よ。でも、成功したなら、”朽ち果ての戦役”に決着をつけて、”狂神者”に対応し、後の世に遺恨を残さずに終わらせられる」
”朽ち果ての戦役”の戦役が再開されたと予測して、戦力図が展開されていく。
「アンジェ。”西”の布陣、教えてくれる?」
スズは問う。
”東”が”西”の戦術を知ろうとしている。
本来あり得ない光景だ。
だが、
「ああ…!」
迷いなどない。
互いに国を思う者。
だが、もはや両者にとって、大切なのは自国の民だけではないのだ。
「”西”の布陣を分析して、”東”は独自の対応戦術を構築するわ」
「つまり、防衛主体の布陣を…?」
「言ったでしょう? 受けてたつって。攻める必要はないのよ」
「出来レースを作る、と?」
「そういうこと」
”西”の布陣を理解したうえで、消耗戦を仕掛ける。
そして疲弊したところで、終戦をもちかける。
それがスズの狙いだった。
「”西”の布陣は、攻めに主体を置いている。対して、”東”は防衛が主体よ。堪えることにかけては、自信があるわ」
アンジェが”西”から投入されるであろう戦力を表示していく。
その中で、最も注意が必要な戦力があった。
「”地の稲妻”…か」
前”朽ち果ての戦役”において、多大な戦果をあげ、部隊の1人も欠けることもなく生還した部隊。
”西”の変人、リッター=アドルフを隊長とする精鋭部隊だ。
「まだおるぞ」
”Sコード小隊”。
3人1組で構成される、エリート部隊。
単機での戦力もさることながら、連携、統率、錬度と”西”ではも抜き出たレベルのエリート部隊。
「アイン…」
片隅でリヒルが、両手を胸にあてる。
「主力部隊も前回の戦役を生き残った猛者ばかりじゃ。”西”では、現状少数精鋭を主体にした戦力を構築しておる」
「対して、”東”は…」
前戦役での”東”の被害は相当なものだ。
主力であった”南武・フォルサ”を失っている。
ランケアも、まだ実戦経験がない。
戦術的な意味を持つ機体”武双”も、乗り手であるスズがまだ充分に使いこなせているわけではない。 ムソウも、自分を十分な戦力とは思っていないはずだ。
北錠の戦術大型戦艦”バクレッカ”で構成された艦隊も、その数を3分の1にまで減らしている。
「”矛迅”の配備はどうだい」
「まだ試作型が少数配備されただけですから、充分な戦力とは…」
攻め手に対して、万全を期すには不足している要素が多い。
こちらの中核戦力である”南武槍撃隊”に古参はいるにはいるが、それでも頼りきりになれば、
「もっと、負担を減らすには…」
『―――クレアが意見します』
場に、!?、的な空気が奔った。
「え? 今の声どこから!?」
『ここです。こ、こ』
スピーカー越しのこもった音声。
それが聞こえたのは、
「スズの着物の下だ…!」
「へ?」
スズが見下ろすと、そこには、多脚型のなんかカサカサした灰色の小型機械。
『なんですか。今日も”黒”ですか』
スピーカー音を発して、機械の上部についたフレキシブルに動くカメラが機械音をたてる。
「きゃあああっ!」
『おっと』
スズが、反射的に抜刀し、叩きつける。
しかし、灰色の小型機械は、脚を素早く動かして回避した。
『危ないですね。結構時間かかったんです。壊されたらクレア泣いちゃいます』
「泣かしてやるからじっとしてろー!」
抜刀したスズを初め、その他の面子も小型機械に視線を向ける。
その中で、ヴァールハイトが言う。
「西雀・クレア氏。我々が今知りたいのは、”長”の下着の色ではないのだが?」
『そうですね。クレアうっかり』
「じゃあ言うな!」
スズの憤りをなだめるべく、フォティアやランケアが、まあまあ、と肩をたたく。
『クレアは、はっきり言いましょう。臆病すぎです』
「臆病って…」
『私は”西雀”の技術者です。私には、戦うことはできません。その分戦う者達のために、私たちが出来うること全てを果たします。機体も、武器も足りなければ造ります。眠らず、この身体を死ぬほど動かしてでも、できる限りのことを。皆、そうではないのですか?』
フレキシブルカメラが、傾く。
『クレアも、”東雲・イスズ”を知っています。あの親バカが本当に残したかったのは、心意気。仲間を、家族を、友を信じることだったと、そう思っています』
恐れ。
それは、人の足を止める。
確実なものなどない。
でも、
「みんなに、負担がかかりすぎる…」
『じゃあ、他の人に尋ねてみてください。負担がお嫌いな方、手を上げてください』
クレアの問いに、周囲は笑みを浮かべていた。
無論、手をあげるものなどいない。
「ボクは、守るための力を持てと母から教わりました。それは、今このときのためだったんです」
「アタシもそうさ。”北錠”は代々、”東”の入り口を守ってきた。それは変わらないさ」
「”長”となる者。それは、皆に認められた者。スズよ。そなたは優しく強くある。なればこそ我らの命を預けるに値するのだ」
”東雲”、”西雀”、”南武”、”北錠”、”央間”。
当主の意思はすでに同じくある。
スズは、一瞬目を閉じ、
「ありがとう…みんな」
呟く。
そして、宣言する。
「挑むわよ。”西”に…! その命と意思、”長”に預けなさい!」
「「「御命のままに…!」」」