6-11:命運の話し手達【Ⅳ】
「”狂神者”という存在がいつ頃から存在していたのかは不明だ。彼らの発端もなにもかも、情報が少なすぎるといえる」
「待ちなさい。そもそも、狂神者ってどういう存在なのよ」
スズが言う。
急に浮上したキーワードに首をかしげる者がいるのも無理はない。
「”朽ち果ての戦役”の被害者同盟とでも言うべきかの…」
呟くように言うのはアンジェだった。
何かを思い出し、顔を伏せるその様子に、スズはなにかがあったのだと感じ取る。
「被害者同盟って…」
スズに対し、リファルドが返答する。
「”朽ち果て戦役”で多くの被害が生じた。その中で多くの悲しみを生んだのが人的な損害です。想い人か、家族か、いずれにしても受け入れきれず、耐えられなくなった者達もいた。それによって結成された集団、と我々は見ています」
激しい人の感情は、理性を凌駕する。
それが分からないわけではない。
「でも、それだとおかしいじゃない。”狂神者”が”朽ち果ての戦役”の被害者だって言うなら、自分達であの戦争を情報操作で煽ったってこと? 辻褄が合わないわよ」
自らが悲しむ争いを、自らが起こす。
それでは、矛盾を通り越してただの道化だ。
するとヴァールハイトが発言する。
「これは私の仮説だが、”狂神者”には発足者がいると考えている。その者は、”朽ち果ての戦役”以前から暗躍していた。そして、戦役後、人の感情を利用し、人員を増やした。しかし、おそらくそれすらも自らの隠れ蓑とするためにだろう」
「つまり…、親玉がいると…?」
「根本にいるのは、たった1人の人物だ。そしてその人物はおそらくだが、”西”にいる、と考える」
なんじゃと…、とアンジェが驚く様子を見せたが、一瞬思考し、
「いや、そうかもしれんの。”東”に来てから、”狂神者”に繋がること一切がなかった。なら、”狂神者”は”西国”内だけに存在していることになる…のじゃな」
「それも、”王””最速騎士””知将軍”を欺くほどの者とは…。いや、待ってください。ユズカ殿はどうだったのですか…?」
リファルドが思い当たる節を探り当てる。
ユズカ。
西国の”魔女”。
彼女は、西国内における不信な活動に対して、常に目を向けていた。
となれば、
「ユズカは、おそらく”狂神者”の存在に気づいていたことになるの」
「では、ユズカ殿に傷を負わせたのも…」
「その手の者かと考えられる。私が仮説を立てたのもそれが理由だと納得してもらえたようだ」
話を進めよう、とヴァールハイトが傍らのエンティに目配せし、はいはい、と応じる動作がある。
会議場の中央に展開されたのは巨大な空間ウインドウ。
青い半透明のデータに表示されているものに、真っ先に反応したのは、
「こいつは、あの時の機兵ではないか…!」
スリット型のセンサーに、鋼で構成された躯体。
丁寧にローブあり、と、なしの姿までデータがある。
各陣営の手元にはすでにデータが転送されていた。
それを見て、スズが目を見開く。
「何よ、この技術…」
構成される精度や、使用されるパーツの内容、出力係数、搭載センサーの種類など。
あらん限り詰め込まれたその技術内容。
その全てのの評価は、6割近くが”解析不能”で表示されていた。
「どういうことよ…。こんな小型の躯体に、これだけ詰め込める技術なんて”西雀”でもまだないわ」
「”西”も同じじゃ。技術部は数多あり、似た技術を研究していた場所もあったが、全て頓挫しておるよ」
うむ、とヴァールハイトが頷く。
「このデータは、私がとある場所を訪れたときに入手したものと、”協力者”からの情報提供がありようやく構築できたものに過ぎない」
「”協力者”…?」
「理由があり、今は明かせない。それが協力の条件であるからだ」
「待ちなさい。あなたに情報を提供したその”協力者”が”狂神者”でないという確証はあるの?」
「では逆に問おう。私が最終的に金にならないとわかっていて、そんな愚か者からの情報提供を受けると思うかね?」
「「「ああ、それはないか」」」
両陣営から、そんな納得の声があがった。
「よかったね社長。これも日ごろの行いのおかげですな~」
「全くだ。日ごろの行いが功をそうしたと言える」
「喜んでいいんですか。この信頼の在り方…」
話を戻そう、とヴァールハイトが続ける。
「”朽ち果ての戦役”に関わった、”狂神者”。その主戦力は、おそらくこの機兵と見ている。人間以上に忠実に動き、一切の感情なく命令を遂行する。これ以上に優秀な構成員もいまい」
「―――ってことは、こいつらが、イスズを殺った奴ってわけかよ。おい」
”東”陣営から声がした。
ムソウだ。
怒気を抑えつつも、やや興奮を見せる武者の隻眼に鋭さが宿るのが見えた。
「父上を…、どういうことよ…!」
「おい、社長さんよ。こいつの主武装はなんだ?」
「ムソウ!」
スズの問いを聞かず、ムソウは尋ねる。
「…外観と構成から察するに、目的や用途に合わせていくつかの型があるのだと思われる。その中には、徒手を武装とした暗殺型があってもおかしくはない」
「イスズの奴の下に駆けつけた時、あいつは虫の息だった…。身体にあった傷は、こいつの手刀の痕だってなら頷けるぜ…!」
「では、先代”王”も…!」
「同様の手段で暗殺された、と見るべきだろう。仮説だが、有力ではある。暗殺後は、艦のどこかに隠れ、自らも墜落に巻き込まれる形で証拠も消し去れる」
そんな…、という呟きは誰のものか。
自分達が敵と思っていた者は敵でなく、互いを敵と思いこまされていただけなのだ。
沈黙が再び来る。
15年以上も、欺かれたその事実に、二の句が繋げなくなっていた
「なぜ、東雲・イスズと、アルカイド=シャーロットは、殺されたのかしら…」
静かに声を発したのはスズだった。
うつむき加減に、机の上であわせる両の手に力が入っているのが見て取れる。
「スズちゃん…大丈夫…?」
母、アリアが娘の肩に手を置く、
「大丈夫です…。母上こそ…」
「ええ。母上は大丈夫です。心配はいりません」
言って、アリアはヴァールハイトに視線を向ける。
「社長さん、あの人は何かを掴んでいたのではないでしょうか? ”朽ち果ての戦役”そのものが、東雲の”長”と先代”王”の暗殺のためだけに企てられた、ということは…?」
「あり得るでしょう。我々がこうして議論しているようなことが、東雲・イスズとアルカイド=シャーロットとの間でも行われていた、となれば」
「父上が、”狂神者”の存在に気づいていた…?」
「その事実、君は知っているはずだろう。―――”東国武神”ムソウ」
ヴァールハイトの視線の先、データを見据えて険しい表情ををしたムソウがいる。
しばらくの時間をかけ、ムソウが口を開いた。
「―――ここまで揃ったとなれば、もういいだろうな…」
「ムソウ、知っていたの…?」
「…”狂神者”ってのをイスズの死に際に聞いた。それを告げられると同時に、こうも言われた―――」
”この言葉は、時が来るまで、誰にも明かしてはいけない”
「―――連中…、いや親玉か。そいつにとって、深入りされるのは避けたかったらしい。充分な対抗戦力も揃わないままに、不要に煽りたくなかったんだろうよ。それに、―――言えば、”東”も巻き込まれてただろうよ」
知らなければ、”狂神者”は襲ってこない。
なぜなら、情報に躍らされる人間は多いほうがいいからだ。
消すべき対象が増えれば、その分暗躍の事実は表に出やすく、動きにくくなる。
そして、ムソウもまたイスズの言葉を守っていた。
「知らぬが仏って、言えるようなことでもないがよ。”狂神者”っていう奴の技術は得体が知れねぇ。明かしたとして、どれだけのことが起きるのかだって予測できねぇ」
だから、ムソウは決めたのだ。
自分の中だけに秘密を隠し、自分だけが狙われるだけに留めようと。
「俺様1人の命ぐらいなら、てめぇで守れるからよ。気楽にやれてよかったぜ」
ムソウが、どうして5年近く”東”を離れたのか。
巻き込まないためだ。
秘密を抱えた自分が、”東”にいれば何かしらの被害が起こるのではないかと恐れたのだ。
”東”は、彼の生まれた地であり、仲間のいる場所。
そして、”東雲”は、大切な家族。
失くしたくないと、そう思えるほどに。
「5年かけて、俺様だけで”狂神者”のことを調べて回ったが、結局無駄足だったってわけだ。なんだよ。こんなに知ってる面子いたなら、早く教えてくれよなー。まったくよ」
そう言って、ムソウは笑みを浮かべた。
自らを嘲笑するようだった。
「―――無駄じゃない」
静かな声がした。
スズだ。
「これでようやく見えたわ。”狂神者”、それが討つべき敵ね」
「親玉、か。帰国後の目標は定まったというわけじゃな」
「そうなる。この共通の目的を持つことが、この会議おける最初の課題であったと理解してもらえただろうか?」
ええ、とスズが頷き、ああ、とアンジェも応じる。
15年に渡る行き違いは氷解されたのだ。
まだこの場にいる人々だけに過ぎなくとも、後の世に繋がる大きな一歩であったと言えた。
だが、
「―――会議中に失礼…!」
この場になかった声が、事態の急変を告げることになる。
「ゾンブルさん…?」
現れたのは暗い天井から降って来た忍者だった。
「この場にて、告げることをお許し願いたい」
「何?」
問われ、”東”の諜報の頭が事実だけを口にした。
「東西国境線にて、”東”の駐屯部隊が”西”部隊の襲撃を受けた模様…!」
その言葉に、場の空気が一気に緊張に包まれた。