6-11:命運の話し手達【Ⅲ】
会議場に放たれたその言葉に、全員が目を丸くした。
「世界が滅ぶ…って、なんの冗談よ?」
「どういうことじゃ? ドッキリはお断りじゃぞ」
当然の反応が来た。
ヴァールハイトは淡々と告げていく。
「あえて結論から話させてもらった。そして、改めて順を追って話すことにしよう。キーワードは”朽ち果ての戦役”、”狂神者”、”東雲・イスズ”、”アルカイド=シャーロット”だ」
「父上の、こと…?」
「……」
スズは、思わず声を漏らし、アンジェは表情を鋭く言葉を待つ。
「順に触れよう。全ての始まり、…いや全てが仕組まれたと言えるかもしれないことだ。まず疑問に思わないだろうか? なぜ”朽ち果ての戦役”が起こったのか。その発端がどのようなものであったのか、統一したい」
ヴァールハイトの言葉に、空気が静かに緊迫する。
”朽ち果ての戦役”の発端に触れるということは、すなわち”どちらが先に戦いを仕掛けたのか”を明らかにすること。
結果として、ここに今後の有利不利が生まれることは必然。
しかし、
「必要なこと、というのは私個人の考えに過ぎない。だが、改めて言おう。これは必要なことだと」
ヴァールハイトの言葉に、”西”も”東”も押し黙る。
発言そのものが不利を生みかねないこの状況。
まともに動けるはずもない。
「……」
沈黙がただ続く。
しかし1分が過ぎようとした時、音が生まれた。
「―――守銭奴。尋ねたい」
アンジェだ。
腕を組み、ひとしきり思考にふけっていた彼女が最初に口を開いた。
「よろしい。答えよう。私の知る限りであるなら」
「……おぬしは、アルカイド=シャーロットと東雲・イスズに会ったことがあるか?」
「ある。私の親代わりであった、先代の”代表”と共に」
「どうじゃった? それぞれが、戦いを望む者に見えたか?」
「…いや、彼らは共に和平の道を目指していた。長きにわたる戦いの歴史。それに終止符を打つために」
「……そうか。知っているのじゃな」
●
アンジェは、父のことを思い返す。
あの日、つまり最後に父と交わした言葉を。
”アンジェ。歴史など、ただの文字の羅列。忘れるな。今、この瞬間を生きているのだということを”
父は、歴史に囚われはしなかった。
新たな道を。
暗く、先の見えない闇に打ちのめされず、光を探す勇猛さを持っていた。
真の敵とは、積み上げられてきた”過去”。
そうあるべきと強制してくる巨大な時間そのものだと。
……父よ。私は、賭けようと思う。最も”王”にあるまじき行為を行おうとしている…
アンジェは、後ろを見る。
そこには、強く微笑むリファルドがいた。
リファルドは頷き、静かに言う。
「いきましょう。先へ」
アンジェは、頷く。
自分には、ずっと傍にいてくれる人がいる。
2人でなら、大丈夫だから。
●
アンジェは意を決したかのように正面を向く。
そして、目を閉じ、言葉を放つ。
「”西”の言葉としてこれを言おう」
アンジェは思う。
友達を失くすかもしれんな、と。
「”朽ち果ての戦役”の発端は、―――”東”からの一方的な宣戦布告と戦闘行為の開始。それが”西”の認識であり、総意じゃ」
言葉が行きかう。
誰の耳にも伝わる。
それは確かにあり、一切の修正もできない発言だった。
「そんなことあるわけないっ!」
机に強く拳を打ち付ける音。
そして、胸の内から放たれたスズの叫びがあった。
「”東”から戦いを始めるなんて、ありえないっ!」
普段から声をあげがちなスズだが、このときは明らかに普段と違った。
自らの信じるものが揺るがされるかもしれないという、恐怖と激昂の叫びだ。
「落ち着きな! チビ姫!」
「スズさん!?」
フォティア、ランケアが静止をかけるが、スズは収まりを見せない。
「落ち着いてられないわよ! 父上は、無用な争いを一番になくすべきだって、考えていたはずよ…。だから、そんなの、ありえない…! 絶対に、そんなの…!」
拳を力いっぱい握り締めているスズは、軽い興奮状態だった。
それほどに父であるイスズを尊敬し、信頼していたからだ。
すると、
「―――おい、”西”の王様よ」
静かに声を放つ者がいた。
いつの間にか、スズの隣にあったムソウだ。
普段の飄々とした風体でなく、どこか悟るような雰囲気があった。
「そいつはどこからの情報だ?」
「記録が残っている」
「だが、”東”のどの部隊なのかは曖昧なんじゃねぇのか? どうだよ、おい」
その言葉に、アンジェは沈黙のまま肯定を示す。
「スズ。”東”ではどうだったかね。ちょい教えてやれよ」
「ムソウ…!」
「いいじゃねぇか。先に言ったのはあちらさんだ。それによ、知りたいだろ? 進めようぜ。この先にある話によ」
ムソウの声音は、優しくもあり、鋭くもあった。
彼もまた知りたいことがあるのかもしれない、とそう感じた。
全てを知っているのはムソウだと思っていた。
だが、違うのだ。
ここにいる者達全てが互いに知っていて、しかし知らないことがある。
この話し合いは、それを開示するために開かれたのだと、改めて考え直す。
「……少し待ってくれる」
●
言って、スズは、深く息を吸い、長く吐く。
思考する。
……父上のことを知りたい…。
スズは、父のことを深く知らない。
母とムソウが共に過ごした時間ほどの思い出もない。
だけど、
……だからこそ、知りたい。
父の思いがどこにあったのか。
不要な争いを望まぬ父が、何を思って戦い、何を残してくれたのか。
「失礼したわ…、再開しましょう」
数度繰り返した後、落ち着きのある表情を取り戻す。
冷静にあろうと、思いなおしたのだ。
でなければ進めない。
ここでつまずいているわけにはいかないのだ。
●
スズからその言葉は放たれる。
アンジェと同じく、修正の利かない言葉だった。
「”朽ち果ての戦役”における発端は、―――”西”の軍勢による、当時設置されていた防衛拠点への急襲。そして、…近隣の村人の殺傷よ」
静かに告げられたその言葉。
揺るがしようのない発言。
だが、今度は場が荒れることはない。
出揃った。
互いが15年間知りえなかった、両国の見解の狂いが。
「やはり…そうか」
「”最速騎士”として、補助をさせていただきます。改めて述べます。”西国”には、東によって与えられたとする被害の記録が残っています」
「こっちは、”北錠家”として補佐するよ。”東”にはあるんだよ。被害に関する詳細が。それも機体の情報つきで、だ」
不可解、そうとしか言えなかった。
発端が諸説あったとはいえ、ここまでハッキリと互いが敵とするような情報が定着していたことが不自然に感じられて仕方なかった。
「やはり、って何か心当たりがあるのかしら。”西”の”王”」
「待て。勝手に発言して場を混乱させたくない。守銭奴、まずは最初の開示が終了した。先に進めるのじゃ」
うむ、とヴァールハイトが頷く。
「両国の勇気にまずは感謝を述べよう。これにより、最初のキーワード”朽ち果て”の戦役は明らかになった。このことから明らかになったのは、互いが自らを”正義”とし、相手を”悪”とする構図を作られていたということ。そして、新たな疑問が生じることに気づいてもらえただろう。先代”王”、アルカイド=シャーロット。そして、東の”長”、東雲・イスズ。この両者は敵対関係でなく、むしろ和平に向けた動きを見せていた、と」
開示して、初めて分かったことだ。
一体、どこに争いの起こる要素があったのか、誰もが疑問に思う。
「どうして、戦いが起こったのでしょう…。あ、すいません。南部家当主、南武・ランケアです」
「それを明かすために、次のキーワードが関係してくる」
「”狂神者”ということかしら」
「そう。この世界にある歴史。それを、意図的に動かそうとするものがいる。それを明らかにする」
ヴァールハイトの言葉に、スズとアンジェが頷き、同意する。