6-10:異変の”予兆”【Ⅱ】 ●
市街地の中に、都市迷彩を施された機影がある。
”東”の量産機”機羅童子”。
2機が、長距離狙撃砲を構えて、照準越しにローブを被っている敵を追う。
「くそ速いな。あんな機動性を持った機体が”西”にあったとはな…」
隊員の1人が呟く。
一瞬の隙すら逃すまいと、意識は常に集中している。
『隊長の”矛迅”もさすがだ。よく動いて、こっちの射線を塞がない立ち回りだな』
別の狙撃地点にいる両機から通信が来る。
「配備されてまだ、数日なんだがな。よくあんなに動かせるもんだな」
『お前、”自分が試乗して安全を確かめるであります!”とか言って、隊長の簡易テント踏み潰しただろ』
「あー、そうだったな。その後、簀巻きにされて機体でブンブン振り回された時はバターになるかと思ったぜ」
軽口を言う間も照準から目を外さない。
「”俺の背中を守れ”か。あの敵の機動性だと”機羅童子”じゃ追いつけねぇな。隊長の負けが、俺たちの負けってこった。これじゃ、どっちが守ってもらってんだか、…よっ!」
引き金を引く。
最大まで防音の施された発砲。
音速を越えた弾丸が、敵の武装を片方砕く。
「おし、命中!」
『バカ。あれはこっちの弾丸だ。お前のは地面に当たったぞ』
「マジかよ」
『だがいい囮にはなった』
「はいはい。次弾は俺がもらうからな」
『狙えよ…!』
長大な銃身から薬莢が排出される。
●
”センチュリオ”と”矛迅”が、市街地前で激突する。
牽制を含め、”センチュリオ”が銃撃を仕掛けようとする。
銃撃で相手の機動性を削ぎ、ブレードの一撃で沈める。
それが本来の”センチュリオ”の戦闘方法だ。
そして相手は近接特化機と言った。
見る限り、武装も刀型が2振りのみ。
銃撃で圧倒できると踏む。
だが、
『―――ちっ…!』
狙撃が飛来する。
”センチュリオ”は不規則な機動を強制される。
『挙動が安定しなければ狙えまい…!』
”矛迅”もまた、機動力を持って斬りかかっていく。
言うとおり、正確とは言いがたい”センチュリオ”の射撃数発を見切り、懐に入る。
右の刃が逆袈裟に斬りあげる。
”センチュリオ”が、身を反らして避け、至近で銃口を向けようとする。
しかし、
『させんっ!』
巨躯を翻し”矛迅”の左刃が、その銃口を打ちはらう。
さらなる追撃を警戒し、半分身を引き、残った片側のブレードを構え防御に入る”センチュリオ”だが、
……違うか…!
”矛迅”は追撃しない。
その身を伏せ、声をあげた。
『撃て!』
その一瞬後に、狙撃が飛来。
”矛迅”の頭上数センチをかすめ、
『くぅ…!』
着弾した。
”センチュリオ”も僅かに動いていたが、それでも判断は遅れている。
弾丸によって、頭部の右側が砕かれ、破片が後方に撒き散らされる。
バイザーに保護されていたセンサー部分が露出する。
『装甲部分のみに損傷を留めたか! …だが!』
間髪いれず”矛迅”が、屈伸から刃を斬り上げる。
”センチュリオ”のセンサーの明滅が見える。
一時的にセンサーが使えないか、それに近い状態なのが分かる。
その証明として、防御に動いた刃の軌道が定まっていない。
ゆえに、
『もらうぞ!』
その刀身の横腹に、”矛迅”の一撃が入った。
”センチュリオ”のブレードが半ばから砕け、切り離された刀身が宙を舞い、遠くへと飛んでいく。
それでもローブをなびかせ、黒い機体は動く。
今度は、至近での銃撃を仕掛けようとする。
だが、
『遅い!』
”矛迅”の刃が、閃く。
銃身が斜めに断ち切られる。
『ちぃ…!』
”センチュリオ”は怯まず、腕部の内臓武装である機関砲を展開する。
『遅いと言っている!』
すでに2本目の切っ先が銃口にあった。
発砲と刺突が同時にあり、
『…く!』
暴発。
”矛迅”の刀の先端が欠け、対する”センチュリオ”は左腕部が砕ける。
一瞬、挙動が止まる。
そして、
『撃てぇっ!』
狙撃が飛来する。
●
コックピット内で、リバーセルが衝撃に耐える。
……今度は、左肩をやられるか…!
アラームが響く。
左腕部が機能不全に陥る。
追撃が止まらない。
”新型”と”機羅童子”の連携で追い詰められていく。
援護は一切ない。
自分が断って、単機で来たからだ。
部下達は、自分の援護をする、と初め言ってきたが、それでも断った。
……これは、俺の戦いだ…。
常に自分に向けている言葉だ。
これは自分が果たすべきこと。
出来るだけ、誰も巻き込まないために。
……イヴ…!
リバーセルの感情が高ぶる。
目を見開かれ、身の内にあるナノマシンが活性化する。
時間の流れが引き伸ばされる感覚があった。
そして、コックピット内の無数のラインに光が流れ、満ちていく。
”新型”の刃が迫る時間すら一瞬の出来事。
リバーセルの感情の高揚が機体のセーフティを解除する。
「俺は、負けられない…!」
機体が生き物のように活性化する感覚を得る。
”サーヴェイション・システム”
解放されたその名を見ることなく、リバーセルは自身でも意図せず叫び、前方の敵へと戦意を叩きつける。
●
”矛迅”が、それを見た。
……なに…?
見た瞬間、自身の刃が消滅していた。
数瞬後に、理解が追いつく。
黒い機体の装甲に金色の光が溢れている。
相手の叫びに呼応するように、その光が全身のラインを埋め尽くしていく。
同時に、敵の失っていた武装が新たな姿を見せていた。
『プラズマ兵装だと…!?』
折れた刃の根元から、無数のスパークを帯びた光の刃が伸びている。
『沈めぇっ!』
敵の声と光の薙ぎ払いが左右から同時に挟み込んでくる。
回避するには懐に飛び込みすぎていた。
”矛迅”の胴に、プラズマの一撃が叩きつけられる。
プラズマ兵器の前に、防御手段も、耐えられる装甲もない。
だが、
『く、おぉっ…!』
止まっていた。
胴に入る直前で、光刃が止まっている。
”矛迅”は踏み込んでいた。
後方に避けられないと判断し、瞬時にとった行動は、
『こちらの根元を押さえるか…!』
敵機の武装の根元。
光刃を発生さている銃身自体を掴み、それ以上の動きを押さえている。
『この”センチュリオ”の出力をなめるな…!』
光が敵機の全身を巡り終え、完全となる。
それと同時に、パワーで押され始める。
死神の鎌のごときプラズマの刃が徐々に閉じられていく。
”矛迅”の手も、放射される熱にさらされ、機能不全を起こし始めている。
耐えられない、と”矛迅”のパイロットが両断を覚悟する。
だが、
『――隊長!』
『――もーちょい耐えてください!』
声が来た。
それも近い位置から。
『なにっ…!?』
敵が視線を反らした。
隙ができた。
『かああっ!』
”矛迅”が、敵の攻撃ベクトルを強引に、上へと逸らし、同時に身をかがめる。
光刃は、”矛迅”の頭頂をかすめ、打ち合わさりスパークと衝撃波を撒き散らす。
両機体が、地を蹴り、それぞれ後方へと退く。
全身を焼かれた”矛迅”が膝をつく。
しかし、敵の追撃はこない。
なぜなら、
『間に合ったってことでしょ!』
『援護に入ります!』
”機羅童子”が、”芝辻”を撃ち、”センチュリオ”に牽制をかけながら、”矛迅”の脇に控える。
市街で狙撃地点にいるのとは別の隊員の機体だ。
『命令違反、だぞ…!』
『言ってる場合じゃないですって!』
言う間にも、2機は”芝辻”の射撃は止めない。
しかし、全身に金閃を帯びた敵機は回避運動を取りつつ、こちらの隙をうかがっている。
ローブの内に隠れた頭部のセンサーが不気味に光り、視線と戦意を向けてくる。
『ありゃなんですか!? ”西”の新技術ですかい!?』
『わからん…、だが、少なくとも…、分が、悪い…』
『隊長、ケガを…!?』
『少し、熱に身体をやられた…』
数発の狙撃が来る。
狙ってはいない。こちらも牽制だ
動き回る敵に命中させるのは至難の業。
しかし、相手に警戒させるには充分。
専用回線で通信が来る。
『――こちら狙撃班”壱”! あと10発で再装填に入る! 30秒間、援護が出来なくなるぞ!』
『――狙撃班”弐”も同様だ』
『マジかよ…』
”矛迅”の脇にいる”機羅童子”2機も交互に牽制しながら、弾装を交換する。
残りは1つ。
狙撃は当たらない。
もうすぐ援護の流れも途切れる。
そうなれば、光刃が襲ってくるのは目に見えている。
『敵さんの狙いが俺らなら、どうするよ…?』
『輪切りだな。いやチーズフォンデュ、かっ!』
『ああ、こんなことになるなら俺、気になるあの子にアタックしてくるべきだったなー』
『あの生脚を見たーい!』
諦めてたり覚悟を決めたりしている隊員達だが、膝をつく”矛迅”が声を発する。
『手は、ある…。狙撃班”弐”っ!』
『どうしたんです!?』
『…対艦用の煙幕弾を、撃て…!』
『しかし、あれは熱に反応します。動く的に当てる代物じゃないですよ』
『動かない熱源なら、ある。この”矛迅”だ…!』
『何言ってるんですか!?』
『原理は、わからん。だが、奴の武装は間違いなく、プラズマ兵装だ。それをまともに浴びたこの機体は、過度の熱を、帯びている。それも、…戦艦並みの、な』
『しかし、戦艦の装甲を穿つ弾丸ですから、”矛迅”の装甲では…!』
『それ以外に、手はない…!』
言う間に、ライフルの弾装が尽きる。
『くそ、急いでたとはいえもうちっと持ってくりゃよかったぜ…!』
”機羅童子”が、腰の刀型の武装を抜く。
『――こちら狙撃”壱”。弾切れだ! 再装填中!』
『――こちら狙撃”弐”。…対艦用煙幕弾、装填…!』
『おい! 待て! 本当に撃つ気かよ!?』
『黙ってろ…! これが全員の助かる方法だ…!』
”矛迅”が声を発する。
『総員、煙幕展開と同時に、撤退ルート”解”を通って、近隣の部隊に通信を取れ…。命令は、以上だ…』
銃撃が止んだのを察知した敵機が、光刃を振り巨躯をかがめる。
阻むものがない、とそう判断した動きだ。
『隊長…』
狙撃班”弐”が、声を発した。
同時に、敵が地を蹴り、加速を見せる。
『すみません…!』
狙撃が放たれる。
超速の弾頭が、突き刺さる。
『命令違反、上等!』
敵機にだ。
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『これは…!』
狙撃が待っていたのは、敵の動きが単調になる瞬間だった。
こちらに直線的に突進していた敵機。
その動作に真正面から、対艦弾頭が叩き込まれ、次の瞬間、すさまじい範囲で白い霧が膨れ上がる。
強力な煙幕で、数メートル先すら視界を閉ざされる。
『こちら狙撃”弐”。命令違反完了だ。”矛迅”を放棄して、隊長を回収しろ。急げ!』
『お前、これ狙ってたのかよ…!』
『巨大な熱量を持つのは敵も同じだからな。それに言ったはずだ。これが全員の助かる方法だ、と』
巨大な煙幕はセンサー類に機能不全を起こさせる微粒子の集まりだ。
風に流れず、数十分は視界を完全に塞ぐ。
『すまない…、助かった…』
僚機の”機羅童子”から、隊長の声が聞こえた。
『退きましょう。次に勝つために…!』
東西国境線の一角。
そこで繰り広げられた戦いは、後に、止まっていた”西”と”東”の時を動かすことになる。