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6-9:”願い”と”誓い”の手をとって【Ⅱ】

「アンジェ…」


 目を開けると、そこには幼い頃から共にあった少女の顔があった。

 疲れていたのか、その目は閉じて、呼吸は規則正しく寝息をたてている。

 リファルドは1人、思う。 


 ……私は、なぜ戦えるのだろうか…


 答えは分かっている。

 アンジェが受け入れてくれたからだ。

 ”西”を守るため、と身につけた多くの力。

 いつしか弟子がいて、尊敬してくれる部下に恵まれ、騎士としてその模範となった。

 しかし、


 ……全て、あなたがいてくれたから。


 金色の髪にそっと触れる。

 天井からの光を映し、どこか煌くままにある少女に。

 触れていいのか、と迷いはする。

 彼女の父を守れなかった自分が、彼女に寄り添う資格があるのか、と。

 すると、声が聞こえた。 


「―――リファルド…」

「アンジェ…。すみません、起こしてしまいましたか…」


 謝る。

 しかし、アンジェは開ききらない目で微笑み、返してくる。

 

「謝るのは、私の方…、ごめん…。迷惑かけて…、でも―――」


 アンジェの両手がそっと動く。

 リファルドの頬を両側から包むように。

 

「―――好きだよ。リファルド…。”最速騎士”で、私を守ってくれるからではない。傍にいてくれる、そなたがずっと昔から好きだった…」

「アンジェ…、私は…」

「分かってる。許せないのだろう、自分が。それならそれでいい。決着は、そなたにしか成せないのだから」


 そう言って、アンジェの身体がリファルドに寄り添う。

 理由がある。

 ずっと、望んでいたことのためだ。

 だから、それでも、と、

 

「私は、そなたを受け入れるよ。今、ここにいて、そして、共に未来を歩んでほしいそなたの全てを、理解したい…」

「ア―――」


 リファルドの言葉が遮られる。

 口づけだ。

 頬にあてた手で強引にリファルドの顔が引き寄せられ、そのまま互いの唇が重なる。

 数秒。

 それは長く、どこまでも長くあり、一瞬でもあった。

 互いの温もりが、身体に伝わる。

 名残惜しそうに、アンジェが自ら唇を放す。 

 頬を赤くしながらも、確かな決意を写した、相応の表情がある。


「こちらからするのはここまでじゃ。後は、そなたにまかせる…」


 そう言って、アンジェは身体から力を抜くのが分かった。

 全てを委ねると、そう告げていた。

 

「あなたは、強いのですね…。”王”としてではなく、それはあなた自身の…」


 リファルドが、身を起こしアンジェの肩に手を沿え、上体を抱き起こす。 

 そして、


「答えを示しましょう。アンジェ。私の、行くべき道、そしてあなたに対する私の答えを―――」


 再び、口づけを交わす。 

 そして、


「あ…」


 アンジェの身体が、そっと布団の上に寝かされる。

 


 破壊された温泉。

 浴場だった場所で”湯煙三郎”が、黙々と瓦礫の撤去を行っている。

 フォティアは、それを監督しつつ一升瓶を片手に晩酌していた。

 すると、背後から声がした。


「―――よぉ、仕事熱心だな。おい」


 ムソウだ。


「なんだい、覗き魔。反省して手伝いにきたのかい」

「なわけねぇだろ」

「だろうね。他のはどうした?」

「家に帰ったり、そこらをうろついてたりいろいろだ」

「…あんたのせいで明日の浴場利用はどっか別のところに頼むしかなくなったよ。大損だ」

「”三郎”のせいだろ」

「あんたが壁壊さなきゃよかったろうが」


 いくらでもそんな会話が続きそうだったので、ムソウから話題を切る。


「ま、でもよ。久しぶりだったよな。こういうバカ騒ぎもよ」

「ごまかすんじゃないよ」

「ごまかされろよ。ちょいと昔、こんなことがあったからよ懐かしくなってよ」

「……ま、そうだね」


 ムソウの言わんとすることは、フォティアにも分かった。

 アリアとイスズ。

 2人が公認の夫婦となる前夜、先代達もこうして騒いでいたことがあったのを聞かされたことがある。

 

「確か、あの時はシェブングのじいさんが”温泉Z号”とかいう戦機を暴れさせたそうだけどね」

「そうだよ。俺様もリファルドのように吹っ飛ばされて気を失ったって」

「ああ、それで確か、アタシの親父が携帯大砲で応戦したんだってよ」

「お前そっくりじゃねぇか」

「そりゃ娘だからね。似ていてわるいかい?」

「いんや、別に」


 そう言って、ムソウはフォティアの隣に腰を降ろす。


「…この傷、覚えてるかい」


 フォティアが唐突に問う。

 彼女が指差すのは、鼻先に走る一文字の古傷。


「ん? ああ、悪いな」

「軽く謝るね」

「土下座するか?」

「土下座しても許す気はないよ」

「なら軽くても関係ねぇな」


 ムソウは元々、”東”で名のある山賊の頭。

 そのムソウと、対決の結果、フォティアはこの傷を負った。


「なんだよ。俺様をネチネチと苛めたいのか? 受けて立つぜ」

「そういうのじゃない。アタシはそんなに小さな器じゃないからね」

「おお、さすがは北錠の当主さんだ」


 カッカと笑うムソウ。

 フォティアは、思う。

 ”朽ち果ての戦役”から彼は何を持ち帰ったのか。

 イスズから何を託され、ここに留まっているのか。


「フォティア」

「なんだい」

「ありがとよ」

「気持ち悪いね」

「そう言うなって。感謝してんだぜ。俺様が”東”に不在の5年間、いろいろとよ」

「別にアンタがいようがいまいが、アタシは変わらないさ。なんなら、今からでもどっか行っちまいな」

「心強いお言葉なこった」


 また笑い、そして空を見上げる。



 明かりのある中に2人が寄り添いあう。

 すでに互いの身体を覆う布の面積は減っている。

 アンジェが一糸纏わず白い肌の全身をさらし、リファルドは上半身のシャツだけがきれいさっぱりない。


「ずるいぞリファルド…、なぜこっちだけ服を全部脱いでるのじゃ…!」

「アンジェが自分で脱いだんですよ?」

「細かいこと、ん…っ」


 言う間に、身体は動いている。

 どれだけ時間が経ったかは意識の外だが、アンジェがリファルドを受け入れて、そのまましばらく経っていた。


「…アンジェは、意外と受身派ですね」

「そういうお前は、意外と攻める派か。…いっつ…!」


 言いながら、アンジェの表情が一瞬、険しくなり身体を仰け反らせる。


「大丈夫ですか…? 痛いなら…」

「平気じゃ、これぐらい。だが、そうじゃな。どちらかといえば…嬉しい痛みじゃよ」


 少し荒めの息をたてながら、アンジェは自身の腹をそっとさする。

 赤い表情に、泣きそうな笑みを浮かべて、


「やっと、受け入れることを許してくれた、と…、それが感じられて、すごく…嬉しい…」


 大切な者を受け入れるとはこういうことだと、初めて分かる。

 身体の内にある、痛みがそれを確かなものとして教えてくれた。


「この痛みを、忘れたくない…。ずっと、ずっと…」

「私も、忘れません。あなたに初めての痛みを与えた、この瞬間のことを…」


 リファルドの腕が、アンジェを起こし、抱きしめる。

 上気した表情に、汗を浮かべアンジェは、やっと手にした温もりに身を委ねる。

 慣れないことをして、震えている手をリファルドが握ってくれている。

 手の指を絡めて、しっかりと支えてくれている。

 

「頼む。リファルド…放さないでくれ。お願いだから…」

「応えましょう。私の命ある限り…」

「ん…」


 乱れた髪をそっと拭われ、声が漏れる。

 痛みはある。

 だが、それ以上に幸せだった。

 涙が出そうになって、リファルドがそっと拭ってくれる。

 

「ありがとう。リファルド…、本当に、傍にいてくれて…」

「私を救ってくれたあなたに…、強く、私を導いてくれたあなたに…。感謝を…」


 何度目かは忘れてしまった。

 しかし、忘れたくない口づけが再び交わされる。

 白い肌に、太い指が沿う度にビクリと震える。

 身体の隅々までをさらけ出していく感覚がある。

 

「私は、きれいか…。リファルド…?」

「ええ、とても美しい…」

「全て、そなたのものじゃ。好きにしていい、ぞ」

「光栄です…」


 2人は身を重ねることをやめない。

 互いを放したくない。

 今、この時にある想いを忘れたくない。

 そう思い、強く、身体と心を繋ぎあっていく。



 ―――アンジェ。

 

 それは母の記憶。

 幼き日で止まってしまった、最期の。


 ―――きっと、会えるわ。


 自分にはその時は、意味が分からなかった言葉。

 欠片程度にしか思い出せない、記憶の断片。


 ―――お父さんとお母さん以上に、あなたを愛してくれる人が必ずいるから。


 会えたよ。

 お母さん。

 ずっと、ずっと近くにいて、やっと繋がることができたよ。


 ―――幸せになりなさい。かわいい、アンジェ。 



 部屋の隅に白い花がある。

 

 ”アムメリア”


 花は意味を与える。

 かつて、東雲を支えし者達を迎えた時のように。


 ”2人は永久に共にある”


 その言葉を。

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