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6-9:”願い”と”誓い”の手をとって

「まったく、情けない奴じゃの。アレぐらいで気絶とは…」


 ぶつくさ言いながら、アンジェは廊下をゆっくりと歩いていた。

 彼女1人ではない。

 肩を貸しながら、半ば担ぐような形で男を1人運んでいる。

 リファルドだ。

 温泉内での破壊活動は”湯煙三郎”へのお湯の供給が止まった時点で終了、とはいかなかった。

 

 ―――終わりだと思ったかい! ”三郎”! 桶を装填しな!

 ―――リョーカイ。


 お湯の次は、桶での銃撃戦が始まった。

 男勢は、まともな武器をもってるのがムソウぐらいだったので必然的に刀VS桶弾の珍妙な光景があったりしたのだが、 


 ―――おらおら! 俺様を止めたければ砲弾でも持ってきな!

 ―――お、いいのかい。じゃ遠慮なく。

 ―――あんのかよ! 風呂の中になんで砲筒隠して、どああ!?

 ―――ムソウさーん!


 てな具合に収拾がつきそうになかったので、こっそりリファルドだけ適当に服を着せて回収してきたのだ。

 フロントの係員には、まさか”お湯の砲弾に吹っ飛ばされて気絶してる”とは言えず、逆上のぼせたとそれっぽい理由をつけて部屋の鍵をもらった。

 その最中にも浴場から轟音が聞こえてきたが、係員は、


 ―――あ、フォティア様のご招待ですね。ごゆっくりどうぞ。


 と、スマイル接客であった。


 ……なんというか、場慣れしてる感があったの…   


 改めて”東”の住人のスルー力はすごいと思う。


「さて、ここじゃな…」


 鍵についた番号と、ドアに記載された番号を見比べ、頷く。

 鍵をドアのセンサーにかざすと自然と扉が開いた。

 ドアノブをまわすのもめんどくさかったところなので、これは嬉しい配慮と思いつつ中に歩を進める。

 1人用の畳部屋。

 ”西”にはない独特の香りだ。

 若葉というか、どこか緑を感じさせる。

 部屋の隅に大き目の布団があった。

 アンジェの部屋のベッドより少し小さいが、スズの家のやつより贅沢感がある。


「これが”フトン”か。噂では、使うと吹っ飛ぶとか聞くが…」


 リファルドを畳に降ろし、恐る恐るフトンの裏をめくったり、軽く叩いたりしてみる。


「うむ、吹っ飛ぶ要素ゼロじゃな…!」


 安全を確認して、フトンを広げる。

 幅広く、1人用の部屋のものにしては2,3人寝れそうな広さがあった。

 よくよく考えると、こういう動きをしたのは初めてかもしれない。

 ”西”では部屋に戻ると侍女達が掃除をしてくれていて、ベッドメイキングも終わっている。

 自分で寝る場所を整えて、こうしてゆっくりするまでに時間がかかるのは、アンジェ個人にも新鮮な体験だった。


 ……帰ったら侍女達には礼を言うかの、


 と思いつつ、布団を敷き終わり、再びリファルドを運ぶために身体を寄せる。


 ……やはり重、い…!


 彼の身体は、足先まで、無駄な肉はない。

 アンジェと比べても2倍近く腕が太く、並んでみると体格もまるで違う。

 柔で白い自分の肌と、日に焼けひきしまった強靭さを持つリファルドの肌。

 日ごろの鍛錬が見えてくる。

 半分引きずるように布団に連れて行き、できるだけそっと降ろす。

 そして、乱れた髪と着崩れた浴衣を直し、腰帯を締める。

 大きく息を落とし、首を回したり、肩を回したり、あ~、と言って見たり。

 そして改めて、リファルドをみつめた。


「なんというか、初めてじゃな…」


 リファルドの寝顔がある。

 寝てるというより気絶中なのだが、まあそれは些細なことだろう。

 どこか子供のような穏やかな表情をしていた。

 珍しいのでもう少し近くで見ようと、腰を落として見る。


「いつも傍にいてくれたのに、の…」


 リファルドの胸部が呼吸に合わせて上下する。

 思えば、いつも苦労をかけていた。

 自分が宮殿を抜け出せば、一番に探しにきてくれた。

 友達がいなかった幼い頃は、一番に友達になりましょうと言ってくれた。

 自分が危ないとき、必ず一番に助けにきてくれた。

 アンジェにとって、リファルドが一番でないことの方が少なかった。

 

 ……どうして、お前はそこまで強くなろうと…


 ”最速騎士”としてある今のリファルド=エアフラム。

 彼は自分と出会う前、何を思い、どのような日々を過ごしてきたのか。

 リファルドはアンジェを知っている。

 しかしアンジェは、リファルドのことを知らない。


 ―――あんたは、知ってるかい? 本当の、1人の男としての”リファルド=エアフラム”をさ。


 フォティアの言葉を思い出す。


 ―――知りにいくことだよ。本当にアイツのことを想ってるなら、ね。


 リファルドが好きだ。

 何にも替えられないくらい、好きで、傍にいてほしい。

 

「……リファルド、そなたの中に入り込む資格が、あるのだろうか…」


 アンジェは、身体をゆっくりと倒し、リファルドの表情と向かい合う。

 髪が散らばることも構わず、大切な男の頬に自分の手を添える。

 愛おしく思い、しかしこれ以上の手を伸ばすことをためらう自分がいる。


「そなたが欲しいと、そう思うのは…」


 部屋は静かだ。

 ここで動いているのは、アンジェの思考だけ。

 しかし、それも静かになる。

 リファルドの寝息に寄り添うように、アンジェもまたまどろみの中に落ちていった。



 ―――リファルド=エアフラム。起きたまえ。


 声をかけられ、ぼやける視界を広げる。

 そこには立派な髭の男が立って、自分を見下ろしていた。

 そこで思い出す。

 自分がどうしても庭で遊びたいというアンジェの根気に負けて、庭に連れ出してしまっていたこと。

 そして、その最中、自分が陽気にあてられて寝息をたててしまっていたことを。


 ―――アルカイド王! 申し訳ありません! ア、アンジェリヌス様は…!


 どこかに行ったのかと慌てるが、しかし、逆にアルカイドの方が慌てた。


 ―――おっと、静かに…、娘が起きてしまうよ。


 その声にリファルドは冷静さをとり戻し、ふと自分の脚にかかる軽い重さに気づく。

 そこには、リファルドの膝を枕にして身体を丸め、健やかな寝息を立てている幼子がいた。

 アンジェだ。

 リファルドは、安堵の息をつき、しかしそれを眠っているアンジェに伝わらないように動きに気を使う。


 ―――うむ、よく懐いているな。

 ―――申し訳ありません…。私が連れ出しました。処罰はなんなりと。

 ―――こらこら。眠っているとはいえ、幼子の前で物騒な話はなしじゃ。

 ―――しかし、私は命令に背きました。

 ―――そうだな。確かに命令違反。厳罰ものだ。

 

 しかし、とアルカイドは続けた。


 ―――アンジェの寝顔を、この父に見せてくれた。それでチャラにしてやろう。

 ―――しかし、それでは…。


 自分は罰せられるべきだと言いたい。

 だが、アルカイドは言う。


 ―――リファルドよ、そなた家族は?

 ―――おりません。私は、物心ついた時から孤児院におりました。

 ―――では、どうして騎士になろうと思う?

 ―――”西”を守るため…

 ―――違うな。もっと単純な理由が知りたいのじゃよ。

 ―――単純な。理由…?

 ―――そなたは今、1人の幼子を守りながら、その可能性を広げて見せた。そういうことではないのか?

 ―――可能性を…?

 ―――今までアンジェの付き添いとしてワシは多くの者をつけてきた。しかし、それらは、アンジェを部屋の中という籠におしこめることしかして来なかった。

 ―――それが、”王”の御意思では…、あ、いえ…意見をして申し訳ありません…。

 ―――構わぬ。確かにそう告げてきた。しかしどうじゃ? 人に言われるがままのことしかできん奴にこの笑顔を見ることができたとは思えん。


 アルカイドの視線がアンジェに向けられる。

 少年の温もりに抱かれ、寝息を立てる無垢な娘へ。

 

 ―――ワシは”王”であるがゆえに、この国の理に縛られておる。ウィズダムと協力して甘えたバカな貴族共の相手も毎日しなければならん身でもある。そんなこんなで、どうにも最近疲れていたのじゃが、今それも吹き飛んだ。娘の健やかさを感じることができたのだから。

 ―――アルカイド王…。

 ―――リファルドよ。できることならアンジェをこれからも見てやってほしい。そなたには、優しく強い意志がある。甘く流されるでもなく、残酷で正直でもない。最も難しいのが優しく強くある、ということじゃ。それはこの先、示されなければならない。

 ―――私はそのような…。

 ―――今はそれでいい。…アンジェを頼むぞ。


 かつて交わした”王”との言葉。

 今、それを夢に見たのはなぜだろうか。

 その答えもなく、リファルドの意識は、覚醒する。

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