6-8:温泉宿”ホウヨウ”へようこそ【Ⅲ】
瓦礫と土煙の向こうから、男共の声が聞こえた。
「―――よっしゃぁっ! 見たか! 俺様の技っ!」
「―――土煙が凄くて前が見えないッス!?」
「―――ボ、ボク知りませんよ!?」
「―――これほどの威力とは…!」
覗きとは言いがたかった。
覗きとは、こっそり行うもので、こうも堂々と乗り込んでくるとさすがに言葉に詰まった。
「あの防護壁をぶち壊してくるとはね…」
「ちょっと、あのバカ侍! 本当に壁をぶっ壊したの!?」
フォティアがため息をつき、タオルを翻し、身体の周囲で華麗に一回転させてまきつける。
湯船から上がり、仁王立ちで土煙の向こうを見据えて笑みを浮かべ、目を細める。
挑戦を受ける者の目だ。
「アタシは積極的な男は嫌いじゃない。度胸は認めてやる。普通の風呂なら多少は許す。だがね、ここはその度胸が裏目に出る場所だと教えてやるよ! ―――クレア、準備はできてるね!」
フォティアが、笑みを浮かべ右手を横に振り、合図を送る。
「よかった。覗きにきてくれないと用意した意味がなかったですから」
そう言って、クレアが空間ウインドウを展開。
その表面で指を滑らせ、セーフティ解除のパスを音声入力。
「”これが私のジョーカーだ!”」
叫び、コンソールが赤く発光する。
そして、
「え?」「お?」「あら~」「およ」
スズ達の後方。
巨大な湯船の中から何かがせりあがってくる。
お湯を下からかき分け、その姿を現したのは、
「ちょっと! なんでこんなところに”戦機”があるのよ!」
サイズは通常の5分の1で3メートルほど。
しかし、全身を鋼で構成されたそれは間違いなく東の人型兵器だ。
「北錠より依頼をうけまして密かに配備していた観光業戦機バリエーション温泉特化型”湯煙三郎”が目覚める日がようやくきました」
「ちょっと、何よこれ!?」
「だから”湯煙三郎”ですよ。聞こえてなかったんですか?」
「そういう意味じゃない!」
「うわお! ということは”湯煙一郎”君と”湯煙次郎”君もいるのね?」
「なんかこう、”サブロー”というより”マックス”の名が似合う外観ではないかの?」
「そこじゃないわ!」
「アッハッハ! 相変わらずの変態技術だわ~。やっぱ”東”は楽しいな~」
言う間に、”湯煙三郎”が駆動し、スズ達の頭上をまたごうとして、
「こら、お客様の上をまたぐ奴があるかい!」
『スミマセン。女将サン』
「えぇっ! こいつ喋るの!?」
「簡易的な人工知能乗せてますから。繊細な手つきで背中も流してくれます。一家1台どうぞ」
「いらんわ!」
スズ達の側面を回るように湯から出た”湯煙三郎”は、内部のタービンを回しながら、フォティアの背後に構える。
『オカミサン。オ仕事ハ?』
「覗きの殲滅だ。手加減するんじゃないよ」
『リョーカイ』
機械音を発した”湯煙三郎”。
その右肘に折りたたまれていた砲身がロックを解除。
展開しされたそれは、機体の全長に匹敵する長大な砲と化す。
「―――なんだこの音?」
「―――機体の駆動音じゃないスか?」
「―――おいおい、こんなところにそんなのあるわけねぇだろうが。ダハハ!」
未だ晴れない土煙の向こうから、状況がわかってないバカ共の声が聞こえた。
「発射!」
●
そんな光景とは別に、放れた位置で身体を洗い合ってる2人がいる。
リヒルとシャッテンだ。
「…テンちゃん、背中弱かったよね。くすぐったくない?」
「…リヒル、ん…っ! が、してくれるから、ひゃっ!? へ、平気、へい、んあ…っ!?」
「全然平気そうに見えないけど?」
風呂場にいるからだろうか、それとも敏感な背中を触られているからだろうか。
触れて、こする度に、顔を赤くしたシャッテンが背筋を伸ばし、脚を閉じてピクリと震える。
んっ、あっ、と必死に身をよじるのを我慢しているのが分かる。
……あ、なんかもっといじめたくなる動き…!
そんな感情を抱きつつ、リヒルはシャッテンに尋ねたいことがあった。
「テンちゃん、…後悔してない? ここまでついてきたこと」
シャッテンは、一緒に孤児院で育った幼馴染だ。
生まれも知らない自分が初めて出会い、一緒に遊んで、ケンカもしながら家族になれた。
元々すばしっこくて、追いかけっこでは追いかける役だと数分で10人を捕まえ、逆に逃げる側ではけっして捕まらなかった。
だから、ユズカの力になろうと決めたとき、シャッテンが一緒に来てくれて、自分にできないことをしてくれたのがとても心強かった。
だが同時に、不安もあった。
自分は、いいようにシャッテンを利用してしまっているのではないか、と。
彼女の意思は本当は別にあるのではないか、と。
ずっと不安だった。
だが、
「…してないよ」
シャッテンがそう言った。
「…ユズカさんや、リヒルの力になれて、凄く嬉しいから。だから、一緒に行けて嬉しいの」
心からの言葉。
本心からの笑顔。
素直なシャッテンの姿が、リヒルの決意を後押しする。
「…ありがとう。もう少し、手伝ってくれる?」
「…うん! ずっと手伝う!」
”両翼”は、”魔女”の意思を継ぎ、役目を果たすことを誓い合う。
”ヘヴン・ライクス”と”ヘル・ライクス”
ユズカから、その未来の力を与えられた者として。
「…ところでリヒル、何か変なのがいる」
シャッテンがチラリと視線を送る。
いつの間にか出現していた小型のライド・ギアが、砕けた壁の方へ砲撃して、叫び声やらなんやら巻き起こっている。
「―――だああ!? マジかっ!? てめぇら、いつの間にそんなもん配備して、っと、あっぶねぇ!?」
「―――お湯の砲撃だー! うお! 直撃した岩が粉々になったッス!?」
「―――これが”東”の温泉の本領ですか! 奥深い! どうあぁっ!?」
「―――ああっ! リファルドさんが吹っ飛びましたぁ!?」
「―――っち、”三郎”!しっかり狙いな! 角度右に3.25修正だ!」
『―――リョーカイ』
「―――フォティア! なんか湯船のお湯減ってるんだけど!?」
なかなかにカオスな光景だったが、
「ああ、気にしなくていいよ。ほら、それより今度は髪洗ってあげる」
「…うん。お願い」
賑やかのはいい、と2人は思った。