2-3:”陥没都市”【Ⅱ】
ウィルは店の中を見て回っていた。
別に購入するつもりがあるわけでなく、ウインドウショッピングの類だ。店側からすれば”冷やかし”になるかもしれないが。
しかし、見てまわるうちに、どこか妙な感じがしてきた。
前にもこれと似たような場所にいたような感覚。既視観というやつだが、ウィルはそういう類の単語は知らない。とりあえず”妙な感覚”としかいえなかった。
・・・オレここに来たのは初めてのはずだけど・・・
悩むが思い出せない。そしてすっぱり割り切った。
「・・・思い出せないならたいしたことじゃないか」
出生を初めとした昔の記憶がないことは、実はウィルにとってそれほど気にすることではなかった。
今の生活は大変だけど楽しいし、自分は生きていて、周りには頼れる人達がいる。
エンティさんや社長は、かなり・・・いや若干人使いが荒いが、やさしい時はやさしいし、おじいさんやおばあさん達もいろいろ世話を焼いてくれて助かってる。なにより作ってくれるご飯がおいしい。
「・・・あれ?あと1人誰かいたような―――」
”シュテルン・ヒルト”を運用する中で大事な人を忘れているような・・・
そんな考え事をしながら歩を進めていたせいか、ウィルは先に立っていた人影に気づかなかった。
結果的にその背後にぶつかってしまう。
「うわっと!?」「ひゃぁっ!?」
相手は女性のようだった。首まで隠れるひろい丸襟、広く長い袖口と前下げ式ロングスカートの合わさった独特の服装である。
軽くぶつかっただけだったはずだが、思いのほか引きつった悲鳴をあげられた。
「も、申し訳ないッス!前をみてなくて・・・」
そこまで言いかけてふと止まる。
相手の女性は、背を向けたままへたり込んでいた。両肩を抱いて、うつむいたまま小刻みに震えている。
・・・まさか、泣きそうな雰囲気!?・・・
エンティに前言われたことがある。確か、
『女を泣かす男は死なす。そのつもりで』
・・・やばい!このままでは!なんとか、この人に悪気がなかったこと伝えなければ!・・・
ウィルはすぐに行動に移る。
「あの、おケガは・・・?」
まずは無難に、と思った矢先、相手の女性が姿勢そのままに顔だけ振り向いた。
その顔立ちは幼かった。ウィルと同じか、それより年下かもしれない少女。花の髪飾りのついた前髪ぞろいのセミロングで、このあたりではあまり見ない髪型だ。
少女のは鋭い目つきでウィルを睨み返している。しかも、その目じりには、うっすらと涙が浮かんでいたりする。まるで、”取り返しのつかない辱め”を受けたような感じの。
・・・なんでッスか?!
ぶつかったのは悪いことだと思うが、
「あの・・・その、大丈夫ッスか?」
とりあえずそれだけ告げた。理由は知らないが、女性と言うのはいろいろあるのかもしれない。それこそ男の自分には計り知れない部分とか・・・
すると少女は、目じりの涙を長い袖でぬぐい、呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がった。
ウィルは、それを見守りつつ相手の言葉を待った。
すると、少女は無言で自分の袖口に手を入れ、
「へ?」
自分の背丈と同じくらいの長刀を取り出すと、
「―――死ねぇ!!」
気合一発。ウィルの真上に迷いなき神速で振り下ろした。
「へえええええええっ!?」
ウィルは真剣白刃取りを決めた。
生命としてのとっさの本能がその技を成しえた。
「ちょ、ちょっと!?」
刃物店で刃を振り下ろす少女と、それを真っ向から受け止める少年。拮抗状態のそれを傍目から見ると、非常に猟奇的な場面だ。
「すいません!申し訳なかったッス!どうか落ち着いて!ていうか、どこにそんな長いもの隠せるスペースがあったんスか!?」
いろいろ疑問をぶつけるが、相手は聞いていない。
「ま、まだ、リヒルにも触られたことなかったのにぃッ!この外道!変態!脳天叩き割って床にさらけ出せぇ!」
少女はの顔は真っ赤に染まっていた。けっこうかわいいが、生死の瀬戸際に立たされたウィルにはそんなこと考える余裕はない。
やはり、逆鱗に触れていたのは間違いない。問題は肝心の”逆鱗”部分が不明だ。
思い浮かんだ原因はただ1つ。
「背中っすか!? 背中ッスね!? 背中に触れたことっすね!」
「3回も言うかぁ!?」
正解。
少女の力が倍増。ついでに殺気は5倍増し。振り下ろしの力に重力が味方する。受ける側のウィルは、膝立ちになっており、体勢が悪く、押しも引きもかなわない。
やばい・・・このままでは、自分は”女性の背中に触れて叩き切られた”という、事情を知らない人間から見れば、ただの変質者として死んでしまうだろう。そもそも、自分にもわけがわかっていない。
『女の子の背中に触って切られた? うん、君が悪い、以上。そんなことより仕事してちょーだい』
たぶん、エンティさんはそう言うかも。いや、確実に言うな。
・・・というより、なんで背中にぶつかっただけでこんなことに?
ようやくそんなことに気づき始めた矢先、
「・・・・・ウィル、なにをしてる?」「どうもお邪魔~・・・って、テンちゃん、どしたの?」
買い物を終えて店の奥から戻ってきたエクス。
そして、店の外から入ってきた新たなお客―――ウェーブの入った金のロングヘアーの少女。
それぞれ、互いの連れの現状を見て、首をかしげていた。
●
「・・・貴様の連れか?」
エクスが金髪少女に尋ねる。
「ですです。その子はシャッテンちゃんって子で、ちょっと恥ずかしがりやなんで、こんなことになるかもなーとか思って心配で迎えに来ました~」
「・・・そっちの連れはウィルと言う名だ。バカで、お人よしで、大飯食らいだが、悪いやつではない」
「ウチの名前は、リヒル。なんの変哲もない普通の女の子ですので、よろしくです~」
リヒルと名乗った少女は、終始ニコニコ顔だった。どこか能天気そうな印象を受ける。しかし、それよりも圧倒的に目を引くものは、その背、
・・・なぜロケットランチヤーを背負っている?
「・・・あ、これ作り物ですよ~?」
こちらの視線に気づいてそう返すリヒルは、クルリとスカートを翻して反転し、背中の見た目が物騒な品を見せた。
・・・作り物にしては重量感があるような気もするが・・・そもそも、作り物を背負う意味はあるのか?
いろいろ気になったが、名乗られたので一応名乗り返すことにした。
「・・・エクスだ。忘れてもらってもかまわん」
「いえいえ、こんなところであったのも何かのご縁ですので、覚えときます」
間延びした口調の少女―――リヒルは、礼儀正しく頭を深々と下げた。長髪がふわりと揺れた。
「あのー、話がおわったならこっちを助けてくれないッスか?」