6-6:連なり異国交流【Ⅴ】
北条・フォティアが現れた。
「あんたまで来るなんてね。艦の整備はよかったの?」
「近頃砲撃戦もないからね。基礎整備だけだからさっさと終わらせてぶらついてたんだよ。そしたら、男女のうんぬんかんぬんが聞こえるじゃないか」
フォティアが、ニヤケる。
対してスズは、半目でフォティアへと視線を送る。
この北条当主は、男女の関係に関しての教育者責任者でもある。
スズとランケアも彼女からいろいろと習ったものだが、
……教育者というより趣味とかの延長線上の塊かなにかだわ…
「あんた、こういう話題好きよね…」
「当然さ。人間の営みってのを実感できるからね。男は女が好きで、女は男が好きになる。当然だろ? なあ、皆の衆さ!」
「「「おうよ!」」」
皆の衆がノリで応じる。
「一致団結すんな!」
はぁ、とため息をつきつつ、スズが話を戻す。
「じゃあ、改めて問うけど、赤髪の男と”魔女”が男女の仲ってどういうことよ」
「分からないのかい、チビ姫。男女の仲ってのは、つまり恋仲。それしかないだろ」
「…兄妹とかあるかも」
「なるほど生き別れの兄と妹、もしくはその逆、ってのもあるかね。その場合は…、おしい!」
「何がおしいのよ。何が」
「でも、ユズカさん1人っ子って聞いてますけど?」
「じゃ、恋仲で決まりさ!」
「決めていいんですか!?」
そうだ、とフォティアは言う。
「大事な人がいるってのは、それだけで力になる。自分を守るだけよりも、はるかに強い力を得られる。これ以上に正しい力はないってことだね」
そう言って、フォティアは笑う。
彼女の言葉に誰もが思う。
ここにいる皆が、過去にあった者達の歩みの結果としてある。
父と母があり、想いと願いを込められ、生まれ出で、今を繋ぐのが自分達。
そして、
「―――思い出した…」
そんな呟きが聞こえた。
ウィルだ。
●
ウィルの脳裏に、蘇るものがあった。
ずっと思いだせずにいた、記憶。
幼い頃、ふと見ていたそれは―――笑顔と眼差しだ。
……父さんと、母さんの、顔…
泥だらけになって生きるために走り回っていた時は、何も思い出せなかった。
自分の母と父がどのような人達であったのか。
自分は置き去りにされたのか。
愛されていなかったのか。
生まれてきてよかったのか。
そう、考える日もあった。
だけど、
……抱き上げて、抱きしめてくれて…
思い出した。
日あたりの良い草原で、母に抱きしめられその胸の内で安らいだ頃の感覚があったことを。
父がその傍にいて、自分を優しい眼差しで見てくれていたことを。
……俺は、愛されていたんだ。
父と母は、自分にどんな願いを込めてくれたのだろうか。
「―――ウィル、何かいいこと思い出した?」
そう言ってくる人がいた。
隣にエンティがいた。
前かがみに両の膝に置いた腕の頬杖に顎を乗せて、ただそこにいてくれた。
姉として隣で見てくれていた人だ。
周囲を見渡せば、男と女がいて、髪の色も、背丈も、何もかもが違う人達であふれている。
でも、互いに話し、世界を広げていけるじゃないか。
「エンティさん。俺…、生きててよかったッス」
「ほー、なんか詩人だね」
「だって―――こんなにも、たくさんの人達に出会えて良かったと思うから」
それは、ここまで来てようやく辿りついて、得た自分の感情。
辛いと思っていた過去も、また今に繋がっていくもの。
自分の歩んできた道。
決して真っ直ぐでなかった道。
だが、それでよかった。
「俺、ここにまた来たいと思う。今度はアウニールも連れて」
「ならそうしなよ。そのために、できることを精一杯ね」
「はい!」
ウィルが想いを新たにしていると、
「―――あらま、みんな揃ってどうしたの? 凄く楽しそう! お母上も混ぜてくださいな」
和む声が来た。
●
「母上…!」
「あら、スズちゃんどうしたの? まるで鳩が散弾銃くらったような顔して」
即死級だな、と皆が思った。
スズは、気を取り直し、
「母上…、どうしてここに…?」
「お祭りのにおいがしたの。ゆえに母上発進というわけです」
「理由としておかしいですよ!?」
「こんなにも大勢の人が集まるというのは、祭り以外の何があるというのです!」
「いや、力説されても…」
押されっぱなしのスズに対して、アリアが畳み掛ける。
「スズちゃん、あなたの言いたいことは分かっています。”重要な会議を1週間後に控えてるのに、こんなところで集まってる場合ではない”と」
おお、と”東”勢がうなる。
アリアがテンション上がっている状態でまともな会話をしている、と。
「”だから別の場所で集まってわいわいしよう”と!」
否、やっぱ違った。
「全然違います!」
「いえ、違いません。スズちゃん。これは”か~にばる”の時間ということよ。あらまぁ、母上ったら、また自然に外国語を使えたわ。本場のアンジェちゃん、どう!? どう!?」
振られたアンジェがリファルドに視線を向ける。
「リファルド、”か~にばる”ってなんじゃ?」
「昔聞いたことがあります。”東”には”か~に”という珍味がある、と。ほおばるとあわせて、”か~に””ほおばる”で”か~にばる”。つまり、ご馳走してくれるということでは?」
「”か~に”とはうまいのか?」
「私は食べたことがありませんが、噂では”ほっぺが落ちる”とか」
「なんじゃと! ほ、ほっぺがおちるなど、恐ろしい…。恐ろしいが、しかし、それはおそらく生で食した愚か者の発言じゃろう。つまり、"カニ"とは強力な酸を発する生き物ということか…! それを珍味と称し、食べまくる”か~にば~る”…。それに臆さず挑むとは、やはり”東”は強者揃いの都よ…!」
アンジェが戦慄する。
「ムソウさんムソウさん。ボク、間違いを正したくてうずうずしてるんですけど!」
「おいおいランケアちゃん。俺様達、今すごい人扱いされてんだぜ? 気分よくね?」
「そうです。その内、鉄を食うこともできるようになると知らしめましょう。クレアからの提案です」
「メリットが見えませんよ!?」
ムソウ達がそんなことを言っている間にアリアのマイロードは続く。
「それじゃ、みんな行きましょう」
「母上、どこに行くつもりですか?」
「決まってるわ。”東”伝統の作法…。互いを理解し、絆を深める熱き場所…!」
「まさか…!」
「みんなでお風呂に入って背中の流しあいっこよー!」
「なんでそうなるんです!?」
「あら、どうしたのスズちゃん? 反対なの?」
「当然です!」
「そうね。ですが、民主主義の伝統”多数決”発動! 賛成の人は手をあげて~」
「「「乗ったぁっ!」」」
ほぼ全員である。
「ええい! あんた達、ノリで決めるな! 私は行かないわよ!」
「ムソウ! スズちゃん確保!」
「おっしゃ! まかせろ!」
「え…、ちょ、わ…!」
スズの身体が、背後からひょいとムソウにさらわれ、肩に担がれる。
放せーっ!、という声があるが、ノリの良い一向は構わずその場から立ち上がっていく。
「アリア嬢。酒は出るのかぃ?」
「あら、シェブングおじ様。昼間からお酒を?」
「風呂には酒がないとなぁ」
「鍛錬の後だからお風呂入りたかったッスね」
「そうですね。なんか強引ですけど、ちょうどいいかもしれません」
「フォティアちゃん。いつも場所、使わせてもらえる?」
「いいよ。ちょうど湯も満たされているとこだろうね」
「砲撃女は、どこにご案内してくれるのでしょうか? まあ、クレアは検討ついてますが」
「なんだい察しがいいね。そうだよ。アタシが経営してる温泉宿だよ」
「フォティア殿がそのような経営をされていたとは…」
「どういうところじゃ?」
問いに対してフォティアが、やや得意げに応じる。
「お楽しみさ」