6-6:連なり異国交流【Ⅲ】
”ミステル”に停泊中の”ナスタチウム”艦内。
暗い部屋の中で小柄な少女が膝を抱えていた。
シャッテンだ。
西国を出てから、しばらく部屋に閉じこもったまま、数日を過ごしている。
食事もろくに摂らず、部屋の電気もつけずに過ごしている。
周囲には数日間で脱ぎ散らかされた服や下着の他やおびただしい数の暗器が転がっていた。
誰も入れていない。
”ナスタチウム”やリヒルが何度か通信してきているが、完全無視。
「ユズカ、おねえちゃん…」
呟く。
自分が強くなろうと思ったのは、ユズカのためになると思ったからだ。
なのに、
……何も、出来なかった…助けてあげられなかった…
気がつけば、大切な人は傷ついていた。
後悔だけがその胸の内にあって、自分を責めていた。
教えてくれる人は、どこにいるのか。
シャッテンは迷い続けていた。
自分はなんのために、ここにいるのか分からなくなっていた。
視線は、ずっと壁に向かったまま。
シーツを頭からかぶり、外からの全てを拒否する意思だけがあった。
その時、ふと通信が入った。
『―――え~、シャッテンさん。ナスタチウムでごわす。お話を聞いて欲しいでごわす』
艦のAIが再び変な語尾つきで話しかけてきた。
シャッテンの安否を確かめる意味もあるのだろうが、そこまで思考をまわす余裕は今のシャッテンにはない。
ただ、うるさい、と感じるだけ。
しかし、返答はせずとも、ナスタチウムは続けた。
『どうか、扉を開いてほしいでごわす。お話したい、という方がいましてです』
誰だろうか、と感じながらもやはり返答はしない。
すると、扉の外から小さく話し声が聞こえた。
1人はリヒルだ。
そして、もう1人誰かがいる。
だが、関係ない。
部屋の扉は内側からしかロックの解除ができないのだから。
しかし、
「―――入るぞ」
「…え?」
その声が聞こえた直後、扉近くの電子ロック画面が解除を示すグリーンに変わる。
そして、すぐに扉は開け放たれた。
外からの光を、強く感じ、目を細める。
そこには、リヒルの他にもう1人いた。
「……エクス」
シャッテンは見る。
光を背にしているエクスの左目が紅い燐光を灯らせている。
「テンちゃん…!」
そう言って、背後のリヒルが飛び出してきて、
「あ…」
抱きつかれていた。
「よかった…。テンちゃん…、大丈夫だったんだね…」
そう言って、強く抱きしめてくるリヒルの声が、とても懐かしく感じた。
リヒルがそっと、髪をなでてくる。
そこで、ようやく自分がすごく回りに心配をかけていたのだと気づく。
全身から力が抜けた。
そして、
「ごめん、なさい…。リヒル…ごめん…。ごめんね……、ユズカさん、守れなくて…ごめん…」
ただ謝ることしか浮かばなかった。
謝る言葉だけを、ただ伝えたかった。
涙が頬を伝う。
「―――シャッテン」
呼びかけてくる声があった。
エクスは、入り口に背を預けたまま、背を向けて告げてくる。
「ユズカを守れなかった俺が、憎いか…?」
その問いに、シャッテンはリヒルの胸に顔をうずめたまま首を横に振る。
「…違う…。そうじゃないの…。そうじゃ、ない…」
言葉が繋がらない。
だけど、これだけは分かっていた。
……エクスは、ユズカさんを救いに来てくれたんだ…
許せなかったのは自分だけ。
誰も悪くなんてない。
だから、嗚咽混じりに、シャッテンは伝える。
泣き腫らした目で、ユズカから多くを託された男を見て、
「…ユズカさん、を……助けて、くれて…あり、がとう…」
えぐつく声を必死に抑えて、それだけを、確かに伝えることができた。
エクスは、その言葉に目を閉じる。
そして、こちらに背を向け、
「……ユズカのところに行ってくる。何かあったら、すぐに伝える」
そう言って、
「…感謝するのは俺の方だ」
その場を立ち去った。
扉は、開けられたまま、外の光を招き入れている。
「行こ。テンちゃん。何か食べに、ね?」
「…うん」
●
団子屋の前で新たにクレアが加わり、かなりの人数になった一行。
お団子お待ちでーす、と店員の女の子も愛想よく団子をくれる。
そして、
「―――なんだぃ。お前らも休憩かぃ」
クレアに続き、遅れて現れたのは、ふさふさの白髪頭にキセルの似合う体格の良い西雀の老当主。
シェブングだ。
「ん? そこにいるのは、最速の―――ってぇ!?」
話の途中で、シェブングの後頭部から、ゴッツ、と鈍い音がした。
「ク、クレア! おめぇ、なんでトンカチで後頭部を闇打ちしてんだぁ!?」
「おじい様。機密保持のためです。口を封じます」
「段階すっ飛ばしすぎだ! もう少しいい方法考えつかねぇのか、おめぇは!」
シェブングは、文句を言いながら後頭部をさする。
外傷一切なし。
わりかし思いっきり入った一撃だったが、
「さすがおじい様。頑丈でクレア嬉しい。試しに手加減しなくて正解でした」
「手加減から入れぃ!」
そんなやり取りを見ていて、
「シ、シェブングさん! 大丈夫ですか!?」
「ま、シェブングさんなら平気よね」
「頑丈ッスね。やっぱ、”歳の鋼”っていう言葉は本当だったんスね」
「地獄の死神も返り討ちにしそうなじじいだからな」
「ケントンに鍛え方を教えてやってほしいの。なぁ、フライパン」
「その呼び方は忘れてください!」
なんとも失礼な面々だが、当のシェブングはため息をついただけでキレたりはしない。
「まったく…、近頃の若いのはどうにもわけが分からん」
「それ、おじい様にも言えるとクレアは思います」
シェブングはスルーし、視線が最速騎士に向けられる。
「おうよ。お前さんの愛機。良い造りをしてるなぁ」
「…やはり調べていたんですね」
それほど驚きもせず、リファルドは応じる。
東国に入ったアンジェ達は、本来機密がなんだと要求できる立場ではない。
それにも関わらず、拘留なしにここにいれるのは、”東”の完全な善意だ。
「作り手は生きてるか…?」
「いえ。私の機体となった時には、開発者はすでに他界していましたので、直接は会ったことがありません。たしか名前は―――」
「ジェルズ・ステイマン。今の”魔女”から先代の技術者で”魔法使い”だろぅ?」
「ご存知なのですか…!」
「ああ、目の敵でな。そうか、もういねぇのかい…。あんないい機体に、お前さんみたいのが乗ってるなら、あいつも満足だろうさ」
「…恐れいります」
「装甲が少しやられてたから補修してやったぞ。武装は”東”じゃ互換性が利かん。補充はできとらんでなぁ。それ以外は、特に手はつけてねぇから安心しろぃ」
その言葉に、アンジェもリファルドも驚きを隠せない。
無償で装甲の修繕まで行われていたばかりか、リノセロスの内部機密に手を出されなかった理由が分からないからだ。
「どうして、そこまで…」
「だってよぉ、不公平だろが。そっちの技術ばかりをいただいちゃなぁ。第一、ワシの造った”武双”は最強だ。西の怪鳥なんぞに負けるはずはねぇ」
シェブングは、楽しそうに笑う。
かつて、争い高めあった好敵手に誇るかのようだった
「だろうが、ムソウの坊主」
「ん? ま、乗り手しだいだがな。強いんじゃね? な、スズ殿よ」
「ふん。その内見てなさいよ」
ムソウの皮肉にもスズは動じず腕を組み、微笑を浮かべる。
すると、
「―――あれ、みなさん揃ってお祭りですか…?」
新たな声が聞こえる。
全員が目をやる。
アンジェと同じ金色ながら、波打つ毛並みをした少女がいた。
その傍らには、少しだけ元気のない子猫のような小柄なオカッパ少女をつれている。
リヒルとシャッテンだ。
「あ」「あ」
と、ウィルとリヒルの視線が合った。




