6-4:”王蹴姫斬”【Ⅲ】
アンジェの蹴りの打ちこみに対して選択する。
腕を交差させ、受け止めることを。
「く、あ…っ!」
威力を受け止めきることはできなかった。
予想はしていいたが強力な一撃。
腕の骨まで軋みがくる。
しかし、踏みとどまっていた。
そして、
「―――痛いわねっ!!!」
スズは、大声で叫んだ。
真正面から受けた痛みに悪態をつき、思い切りアンジェの脚を弾き返していた。
そして、終わらず次の動作に入る。
相手の懐に瞬時に飛び込み、反撃不可能な間合いで、
「アンタもくらえっ!」
全体重を乗せた掌底をぶちこんだ。
「が、はぁっ!?」
胸に命中した一撃がアンジェの脚を地面から引き剥がす。
空中を1メートルほど吹っ飛んだアンジェは、そのまま1メートル背後にあった観賞用の池の中にたたきこまれた。
水しぶきがあがり、逆立ちしているかのように水面から生えていたアンジェの脚が勢いよく倒れる。
「はぁ…はぁ…」
スズは、肩で荒く息をする。
数秒後には落ち着き、しかしキッと目つきを鋭くし、
「さっさと立ちなさい…。それぐらい、たいしたことないでしょ…」
言うと、池の水が再びはねた。
頭に水草を乗せ、ずぶ濡れ状態のアンジェが出現する。
彼女は笑みを浮かべていた。
「くくく…。もちろんじゃとも。おぬしとは胸部の防御力が違う。見よこの胸のクッション性! ない奴にはわかるまい!」
「誰が貧乳だ! こらぁっ!」
スズが叫び、突進する。
木刀など持っていない。
「素手がお望みなら、お望みどおり思う存分使ってやるわ!」
「よし! そらぁっ!」
池から飛び出したアンジェが衝突する。
スズの繰り出した拳を避け、反撃の回し蹴りを見舞おうとする。
しかし、スズは小柄であることを活かして、しゃがみ回避すると同時に、
「だらぁっ!」
掌底を打ち込みにいく。
だが、
「こ、のっ!」
「だっ…!?」
ゴツッ、と鈍い音がしてスズの体が地面に打ちつけられる。
ヘッドバットだ。
アンジェが咄嗟に頭を振り下ろし、ヘッドバットを叩き込んだのだ。
当然、アンジェもバランスを崩して一緒に倒れる。
だが、両者すぐに立ち上がり、
「いった…! 痣とか、痕がのこったらどうするのよ!」
「なんじゃ、嫁入りの心配しとるのか!」
「当たり前でしょう」
が!、という声と同時にスズが、跳ぶ。
予備動作なしの前方への瞬間的な跳躍を見せたかと思うと、脚を使ってアンジェの首元に絡みつく。
「な、がっ!?」
「これで脚は使えないわね!」
スズが体をひねる。
同時に首にかかる圧力を強め、アンジェの体全体がそれにしたがって強制的に回転させられ、
「く、お、させるかぁっ!」
叩きつけられると思い、とっさにスズの服の腰部分を掴む。
「わ! バ―――」
カ、という前に、バランスを崩したアンジェに巻き込まれ、ヨタヨタと数歩たたらを踏むと、
「いっ!?」
「どあぁっ!?」
2人とも池の中に倒れこむ羽目になった。
●
「刀の扱いが苦手…?」
その事実を聞いたリファルドが、やや唖然としていた。
「あの、ムソウ殿…、スズ殿は刀使いなのでは…」
「あん? いや別に。あいつガキの頃から妙に素手のケンカが強かったんだよ。正直言うと刀使うのが性にあってないのかもな。バリバリの肉弾戦主義だ」
さも当然のように言うムソウはキセルに火をつける。
「東雲の”長”ってのはよ歴代通して刀使いだから、あいつもそれに則って身につけたんだろうが…、歴代当主の中でぶっちぎりで才能ないらしくてよ」
「それが知れるというのは、どうなのですか?」
「まあ、かっこつかねぇよ…って、思ってるのは本人だけなんだけどな。実はみんな知ってるよ」
カッカと笑いながら、酒を少し飲む。
「はっきり言うとよ。あいつ、俺と似てんだよな」
「似ている…?」
「ああ、気が短いし、負けず嫌いだ。そして、なにより拳派だ」
「では、蹴り派のアンジェとは相性がよい、と?」
そして、ムソウが半目の笑みで言う。
「そう思うね。”西”とか”東”とかの前に、あいつら自身が互いに決定的な溝もってるわけじゃねぇんだからよ。まずは国とか関係なく個人として仲良くしろって言いたいわけよ。俺様、大人じゃね? おい、どう思う?」
「そうですね。その通りなのかもしれません…」
●
庭先でドタバタ暴れまわる2人を見ていたアリアは、ふふふ、と微笑む。
見る先、池から飛び出した2人が、庭の木で大車輪したり、屋根の上まで飛び移りながら戦い、…というよりケンカしてるようにしか見えないバトルを繰り広げ始めていた。
「あらまぁ、スズちゃんたら、あんなに無邪気にケンカしちゃって」
しかし2人ともずぶ濡れなので、タオルや代えの服を持ってこなければ、とアリアがその場を立とうとする。
すると、
「―――失礼。東雲の奥方」
屋敷の縁側を歩いてくる人影に気づく。
礼服に身を包んだ男だ。
「あら~、お久しぶり。大きくなったのね」
アリアは驚きながら、しかし懐かしくも感じる。
「3年ぶりね。今日はなんの御用かしら?」
「積もる話があります。その前に―――あの2人はなぜ高いレベルの格闘戦をしながら、低レベルな口喧嘩をしているのかを教えていただきたい」
「ケンカよ。”ばとるたいむ”なの。若いっていいわね~。勝ったら、負けた相手が言うこと聞くの」
「なるほど。金銭問題のなくていい」
そういうと、その人物は金の装飾の施された上着を脱ぎ、やや自身を身軽にする。
同時に、彼の背後に別の小柄な人影がやってくるのが見えた。
「ちょっと! 歩幅が違うんだからね! そんなにドカドカ先行かないでよ!」
「悪いな。来たついでにこれを預かっておいてくれ」
男は、脱いだ上着をやってきた小柄な女性に投げ渡すと、庭に下りて、バトル中の2人の元へ歩いていく。
後から来た小柄な女性は、進んでいく男の背中を目で追いつつ、アリアの元に歩み寄ってくる。
そして、受け取った上着に変なしわをつけないよう腕の中で整え、
「どうも、アリアさん。いつも”カナリス”の輸送サービスをご利用いただきありがとうございます」
●
「いい加減に…負けなさいよ! この金髪デカ尻!」
「ここまで来てそうはいくかい! 久しぶりに暴れられるのじゃからな! 喧嘩大好きのお姫様!」
言いながら、互いの腕と脚の動きは止まっていない。
拳と蹴り打ち込みは加速し、常人には何がどう動いているのか目で追えないレベルにまでなっている。
しかし、両者には共通している部分があった。
笑っていた。
思い切り心の底からだ。
もちろん打ち合うことによる痛みはある。
しかし、後先考えずがむしゃらにぶつかり合うことなど子供の頃以来だろうか。
もう自分たちは子供ではない。
国を背負って行かなければならない者同士。
幼さも、無邪気さも、無鉄砲さも封じ込めてきた。
だが、今はどうだ。
こんなにも、思い切り暴れているではないか。
互いに望み、そして得た時間だ。
殺しあうのではなく、ぶつかり、互いを認めようとしている。
そして、終わりの時は来る。
「これで…!」
「とどめ…!」
スズが掌底を放ち、アンジェが蹴りで迎え撃つ。
互いに渾身をこめた力比べだ。
その衝突が起ころうとした時、
「…っ!?」「なに…!?」
2人の間に男が割り込んだのだ。
スズも、アンジェも同様に目を見開く。
スズの掌底には、右の掌底を同威力の打ち合いで相殺。
アンジェの蹴りに対しては、左腕で受けると同時に勢いを背後へと受け流している。
男は、攻撃のぶつかる間に入り、掌底と蹴撃の衝突を同時に、しかも完璧に止めて見せたのだ。
「あんたは…」
「…守銭奴。なんでここにおるのじゃ」
驚きと、嫌そうな表情をそれぞれ浮かべた2人に対して男は言う。
「全てを引き分けとさせてもらおう。これより、中立地帯も平等な立場として介入させていただく」
動きが止まった場所で、中立地帯代表者―――ヴァールハイトはそう宣言した。