6-4:”王蹴姫拳”【Ⅱ】
スズとアンジェが地を蹴るのは同時。
戦闘の始まりから、数手の攻防が起こった。
スズが木刀を右から勢いよく振りぬく。
胴体を狙う一撃だ。
速度は常人の目に捉えることは難しい。
避けるか、退くか。
武器を持たない相手に防ぐ術なし、と考えて、
「!?」
それは覆された。
ふんッ!、という気合とともに、アンジェが木刀を左足の底面で受け止めたのだ。
木刀の一撃の勢いを利用し、金を残光引いて、彼女の体は真横に跳ぶ。
跳ぶ先にあるのは、東雲邸の壁面。
そこに吸い付くように両足で垂直に着地し、1度膝を大きく屈曲させ、
「せいあッ!」
バネのような跳ね返りで、蹴りを飛ばしてきた。
スズは、相手の身のこなしの軽さに驚き、しかし、回避は反射的に行っている。
左へと跳ぶ足捌きで、直線的な飛び蹴りの軌道から身を外す。
回避されたアンジェの蹴りは、そのまま延長線上にあった庭の飾り石を蹴り砕いた。
「な…!」
かなり年季の入った飾り石で、材質も脆い方だったが、それでもああまでしっかり砕けると、その威力がわかる。
「言ったじゃろう。これがワシの最善じゃと」
ゆらりと立ち上がるアンジェは不適な笑みを浮かべていた。
「ワシはどうにも剣がしっくり来ない。振り回すぐらいはできるが、どうにも才能がなくての。か弱い女の子だから拳も弱い。だから蹴りにいくことにした」
それは、余裕を感じさせるもので、
「東雲・スズ。おぬしはどうじゃ。剣を基本どおり振ることを極めているなら、それも良い。しかし―――ワシに勝てるかの?」
いうなり、アンジェが身を低くして一気に加速してきた。
スズは、木刀を正面に構えなおし、迎撃の体勢をとる。
先の一撃から、攻撃力はアンジェの方が上と見る。
だが、
……奇襲が通じるのは1回だけよ!
狙うのは、相手の軸足。
蹴りの性質上、威力を生むために必要なのはエネルギーと視点となる”踏み込み”。
どの戦いにも共通ではあるが、アンジェのスタイルでは特にそれが顕著と見る。
受けるよりも、受け流す。
強引な力比べに付き合わない。
スズにとっては、得意分野だ。
そして見る先で相手が跳ぶ。
「また飛び蹴りかしら!」
そう叫び、木刀ごと身を低くし、前へと駆ける。
回避と同時に、相手の脚のどちらかに打撃を打ち込みを狙う。
しかし、
「違うわ!」
叫び、アンジェの動きが変化した。
……蹴りの体勢を崩した…!?
気づくスズだったが、身体の対応は追いつかない。
アンジェが身をひねり、足を開く。
開いた間に木刀が誘い込まれ、次には一瞬で閉じている。
黒い布に包まれた脚が木刀をはさみ、巻きつくように動く。
組みつかれたかと思うと、木刀がミシリと歪む感覚を得て、
……しま―――
「でぇあッ!」
女らしからぬ気合の一声が放たれ、アンジェがさらに身を大きくひねる。
木刀の柄がアンジェと共に回転。
柄はもはや手の中でおとなしくしてはくれない。
力任せに抑えつければ、こちらの手首を傷める。
「く…!」
スズは反射的に木刀を手放していた。
追撃を警戒し、1度後方に大きく跳び、間合いを開ける。
対するアンジェは、木刀を脚に挟んだまま地に両手をつき、跳ねて体勢を瞬時に直立に戻している。
「ふふ、どうじゃ。武器をとられるとは思ってたかの」
「…く!」
アンジェが、こちらから奪った木刀を拾い、肩にかける。
……初めから、武器狙いだったわけ…
武器を持っている相手に対して、そうでない人間が勝つには3倍以上の力量が必要とされる。
そう考えると、武器をなくし同等の条件に持ち込みにくるのは当然でもあった。
「それが”西”の戦い方、ということかしら」
「まさか。これはワシの戦い方じゃ。”王”でなく、”自分”としてのな」
「自分の、戦い方…」
呟き、スズはふと思う。
…自分の、戦い方…
刀を使いこなすこと。
歴代の東雲の当主、そして東の戦い方。
それを極めるべきと考えて、鍛錬を続けてきた。
それは正しいはずだ。
「いずれ東雲の”長”となる者よ。おぬしは正しい。”長”として、その気位を充分に感じた。それは幼き日、”王”になると誓ったワシ以上じゃ。しかし―――」
アンジェが言葉を放つ。
「おぬし自身は、ワシと本気で向かい合う気があるのかの?」
その言葉に、スズは答えようとする。
自分は本気だ。
東雲として、東の”長”として。
一切手は抜いていない。
「何が…言いたいの?」
そう言うとアンジェは、笑みを浮かべ、
「おぬしがどんな人間か見たい。”長”ではない、本当の東雲・スズという人間をじゃ」
スズの足元へ、木刀を投げてよこした。
軽い音を立てた木刀が、1,2回はねて転がり、止まる。
「なんの、つもり…?」
「見ての通りじゃ。おぬしが自分の姿をそれだけに写しているのなら必要じゃろ」
スズは、木刀を拾おうとして、不意にその手を止める。
……自分を、写す…
木刀とは刀。
しかし、それは自分か。
……違う。
刀に写るのは、”東”そのもの。
”長”の姿。
なら、東雲・スズとはなんだ。
そして、不意にアンジェが告げてきた。
「遠慮するでない」
「…え…?」
「そなた自身を見せてくれ」
言葉の意図を量ろうとして、内心身構える。
すると、縁側に座っていたアリアが静かに尋ねる。
「スズちゃん。アンジェちゃんがそう言ってるけど、あなたはどう?」
「どう、って…」
「さあ、腕比べといこうかの!」
アンジェが地を蹴った。
まだスズの手の中に木刀はない。
拾えばすぐに迎撃に移れる。
今度は奪い取られるような油断もしない。
なのに、拾うかどうかを迷っている。
「スズちゃん、思いっきりやりなさいな。”審判ハナニモミテマセーン”」
「母上…。―――ッ!」
スズが、意を決し、動く。